◇SH2170◇空き家問題・放置された土地問題と「所有権の放棄」について(3) 梅谷眞人(2018/11/01)

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空き家問題・放置された土地問題と「所有権の放棄」について(3)

富士ゼロックス株式会社
知的財産部マネジャー

梅 谷 眞 人

 

6. 不動産業者による実務対応

 財産的価値が低い不動産をマイナス価格で買い取り、コストをかけて土地や建物を再利用する事業者が出現している[1]。建物の状態が良ければ、再利用の可能性がある。また、所有権の対象となる有体物が滅失してしまえば所有権も消滅するから、不動産であっても建物の場合、所有権を放棄できなくとも、取り壊してしまえば、固定資産税や管理費用の問題が解決する。残る問題は、取壊し及び廃棄物処理に要する費用の負担である。そのコストをかけてでも、建物をリフォームしたり更地にしたりすれば土地再利用の収益を見込める場合、ビジネスとして成立するであろう。

 

7. ドイツの所有権放棄制度と課題

 ドイツでは、所有者といえどもその土地を合理的理由なくして未利用の状態に放置する自由を有しないし[2]、放棄された方が有効活用できるという考えから、所有者が放棄の意思を土地登記所に表示し、土地登記簿に記載されることによって、放棄することができる。放棄された土地の所有権は、州に帰属する。需要がある良い物件は、売却したり再開発したりすることができる。しかし、多くの物件が無主物として放棄地となって、自治体に管理責任が生じ、管理コストを行政が負担する、つまり税金を投入して管理されることの是非が問われている[3]

 

8. 日本の法制度整備に向けた動き―立法論―

(1) 政府の検討

 内閣官房は、「所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議」を立ち上げ、法務省の研究会は、2018年6月1日、土地の所有権を放棄する制度創設や相続登記の義務化の検討を柱とする中間報告を公表した。所有者の氏名や住所が正確に登記されていない土地について、地籍調査の実施、登記を担う法務局の登記官に所有者を特定する調査権限を与えて、登記、戸籍、マイナンバーなどの情報を連携させ、所有者の情報を調べるシステムを整備するとともに、相続登記の義務化など権利関係を正確に登記に反映する仕組みも作る計画である。2020年までに不動産登記法や民法など関連法の改正などについて検討する[4]。さらに、土地所有権放棄の要件や手続き、放棄された所有権の帰属先(国または地方自治体)について、今後検討されることになる。

 課題はコストである。一定の要件を満たせば、所有者が土地を手放せる法制度が作られたとしても、放棄の要件の厳格性や放棄する所有者の費用負担によっては、活用されない制度になる。他方、管理コストを税金で賄うことについての国民の理解や、放棄された土地の受け皿も課題である[5]

 国土交通省は、所有者が分からない土地の利用円滑化に向けた新たな制度案として、「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法案」を国会に提出し、同法案は6月6日に成立した[6]。放置されている空き地などを利活用するため、地域住民等の福祉・利便の増進に資する事業について、都道府県知事が公益性を確認し、一定期間の公告に付した上で、都道府県知事の裁定で「利用権」を設定し、公園や広場などに活用できる仕組みである。利用権の設定期間は10年を上限とし、所有者が現れ明渡しを求めた場合は、期間終了後に原状回復するが、異議がない場合は延長可能)である。所有者不明の土地は、事実上、半永久的な利用権になるかもしれない。

(2) 法制度の視座

 権利は法律効果の束である。憲法学者や民法学者の議論を待たなければならないが、私有財産制度のもとでの所有権の絶対性(憲法29条)と公共の福祉による制限のバランスを考えるとき、使用、収益、処分、管理の四つの場面を分けて考えても良いと思う。この点、国土交通省の法案が示す土地所有権の問題を所有者からの請求に係らしめて、有効な利活用が見込める土地を公共の利益のために利用することを先行させる発想は、プラグマティックな解決策の一つである。

 では、所有者が管理責任を放棄した不動産(土地および建物)について、国や地方自治体が当該所有者以外の国民が納付した税金を財源として、どの程度関与すべきなのか。不動産の所有者が不要な不動産の所有権を放棄できる法制度を整備するとしたら、その要件、手続きおよび管理や収去に要する費用の負担をどのように定めるべきでろうか[7]



[1] 米山秀隆「『負動産』活用ビジネスの活発化と残る課題」富士通総研HP(2018年3月18日)(http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/column/opinion/2018/2018-3-5.html

[2] 吉原祥子『人口減少時代の土地問題――『所有者不明化』と相続、空き家、制度のゆくえ』(中央公論新社、2017)125頁参照。田山輝明『土地法研究(2)ドイツの土地住宅法制』(成文堂、1991)からの引用である。

[3] 朝日新聞2018年(平成30年)5月29日朝刊3面吉田美智子=大津知義「ドイツ土地放棄できるが・・・」参照。ドイツ民法典(Bürgerliches Gesetzbuch)928条1項は、所有権(Eigentum)放棄について、” Das Eigentum an einem Grundstück kann dadurch aufgegeben werden dass der Eigentümer den Verzicht dem Grundbuchamt gegenüber erklärt und der Verzicht in das Grundbuch eingetragen wird.”と定めている。http://www.gesetze-im-internet.de/bgb/参照。ドイツの所有権は日本法の所有権概念と必ずしも同一でない。同法903条は、法令または第三者の権利に抵触しない限り、意思による処分権や妨害排除請求権を認める(Der Eigentümer einer Sache kann、 soweit nicht das Gesetz oder Rechte Dritter entgegenstehen、)。

[4] 内閣官房HP「所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議 第2回議事次第」(平成30年6月1日)(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shoyushafumei/dai2/gijisidai.html)、 法務省「所有者不明土地問題についての法務省の検討状況」登記制度・土地所有権の在り方等に関する研究会(2018年6月1日)資料1-2(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2018/10/siryou1-2.pdf)、法務省民事局「所有者不明土地問題の解消に向けた取組」国と地方のシステムワーキング・グループ第10回会議(2017年11月28日)資料5-1、(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2018/10/shiryou5-1.pdf)、日本経済新聞電子版「土地所有権の放棄制度検討 政府、相続登記を義務化」2018年6月1日(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31241990R00C18A6MM0000/)参照。

[5] 朝日新聞2018年(平成30年)5月29日朝刊1面大津知義「土地の放棄制度検討」参照。

[6] 国土交通省HP「『所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法案』を閣議決定~『所有者が分からない土地』を、『地域に役立つ土地』に~」(平成30年3月9日)(http://www.mlit.go.jp/report/press/totikensangyo02_hh_000106.html)参照。

[7] 吉田克己「土地所有権の放棄は可能か」土地総合研究25巻2号(2017)98頁以下(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2018/10/2017spring_p098.pdf)参照。

 

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