◇SH2755◇英文契約検討のViewpoint 第11回 複雑な英文契約への対応(10)(上) 大胡 誠(2019/09/04)

未分類

英文契約検討のViewpoint

第11回 複雑な英文契約への対応(10)(上)

柳田国際法律事務所

弁護士 大 胡   誠

 

[承前=NBL1150号(2019年7月15日号)53~59頁]

 複雑な英文契約への対応

(8) 主要各国の法律への対処

 ① 各国の私法に関する契約上の留意点

 前回、英米契約法の原則について散見した。英文契約の準拠法はアメリカやイギリス(イングランド)以外の国の法律になることもあり得る。よく知らない国の法律が準拠法となってしまうこと、これは国際契約に伴う法的リスクであり、それぞれの契約当事者はこのリスクを回避すべく、自社が慣れている国の法律を準拠法としようとすることや、容易に自社に都合の良い準拠法の合意には至らないことはすでに述べた(1144号48~51頁)。特に、各国(ことに新興国)の契約法など私法については、思った以上に、関連する情報、場合によっては、法文の取得さえ容易でない場合がある(現地語の法文を取得しても読めない場合もあろう)。具体的な解釈や運用については、結局、当該国の弁護士に確認しなければ得心がいかない場合も少なくないと思われる。 

 しかし、現代において、契約の自由を原則として認めていない国は皆無に近いと思われる(仮にそのような国があったとしても、準拠法として採用される余地はない)。特段の合意のない箇所に準拠法となる国の民商法などの私法の条項が補完的に適用されるのであるから、契約の諸条項を詳細かつ明確に定め、熟知しない法律ができるだけ適用されないようにすることは重要であろう。従って、基本的な対策の一つは、検討対象となっている契約案において、当事者間の権利義務関係について不明確な箇所をできるだけなくすように、詳細な条項を設けることである。 

 もう一つの対策は、当然ながら、主要国、自社がよく取引をする国、あるいは自社の取引で準拠法に採用することが多い国の法制の概要はできうる限り理解する準備(少なくとも)をしておくことである。検討対象となっている契約案に関して想定される準拠法に基づく問題につき、すべて回答できるようになることは至難の業であるが、リスク(ではないか)と思われる点、あるいは日本法とは異なる扱いになるのではと思われる点に気づく(感づく)能力を養っておくことは肝要であろう。 

 本稿では、まず、上記のような各国各分野の法律の概要または原則の理解や外国法検討の端緒となるように、大変大雑把なものであるが、世界の法体系のうち主要な英米法と大陸法につき[252]、2、3の代表的な国の法制史(主に私法について)を一瞥し、その法制の初歩的ないくつかのポイントを概論したい。また、国ではないが、現代の世界経済において大きな役割を果たし、加盟国の法制の統一に大きな役割を果たし、さらには、加盟国の経済危機、難民問題、Brexitなどにより、今後の存亡が注目されるEUの法制についても一瞥したい 。[253]

 ② 英米法国について

 英米法はコモン・ロー(common law)と呼ばれることが多いが、この「コモン・ロー」とは、前述したエクイティ(衡平法)も包含した意味で用いられている。英米法は、Anglo-American Lawとも呼ばれるが、呼称としてはこちらのほうが誤解は少なかろう。以下においては、まず、英米法の母国イギリスやアメリカの法制史に、次いで、イギリス法を継受した国のうち、日本とはビジネス的つながりも深いアジアの2国(シンガポール、マレーシア)の法制史にごくわずか触れる。なお、今日において、英米法系の国としては、これらのほかに、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、パキスタンなどが挙げられる。また、イギリスの旧植民地であったアフリカ(ただし、南アフリカについては[254]を参照)の国々も加えられることがある。

 イギリス(といっても、イングランド、ウェールズ、北アイルランドである[254])は、なぜヨーロッパ大陸諸国とは異なる法系の国になったのか。よく言われる説明は、結局、イギリスは大陸法のもととなったローマ法を継受せずに済んだことに行き着く。11世紀のthe Norman Conquestの後、イギリスでは(ヨーロッパの他の国に比べ比較的早くから)中央集権的な王権が成立し、各地の土地争いなどにつき、国王が裁判権を保有するに至り、王立裁判所の裁判官たちは当初各地の慣習法に従って裁判していたものの、やがてはそうした裁判例をもとに共通の法原則が形成され、これがコモン・ロー(共通の法律、従前は普通法と訳されることも多かった)となった。さらに、14世紀以降、コモン・ローでは対応できない問題については大法官裁判所に持ち込まれ、大法官は衡平の原則に従って処理した。この蓄積が、エクイティとなったと説かれる。その代表的な例は信託(trust)である。19世紀には、イギリス内の裁判所は一本化されたが、この2つの法体系は存続している。イギリスは判例法が主流である。イギリスにおいても、議会が定めた法律は多数あるが、それは判例法を補完するものと理解されている。また、イギリスの法は、中世以来継続的に発展してきていることも大きな特徴である。なお、イギリスの枢密院司法委員会(Judicial Committee of the Privy Council)は、かつては世界中のイギリス領、その後はコモンウェルス(Commonwealth)構成国で行われた裁判の上訴を審理していた。これはアメリカ以外の英米法の統一に大きな役割を果たしたと指摘されている [255]。植民地からの独立後もこうした上訴を認めていた国もあったが、徐々にその数を減じ、現在では主要国(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インドを含む)はこれを認めていない。

 アメリカは上記のようなイギリスの法体系(コモン・ローとエクイティ)を継受した。ただし、イギリスとアメリカとでは歴史的条件も地理的条件も異なり、また植民地時代からのイギリスに対する不満や独立に至る経緯に基づく反英的な傾向もあった[256]。アメリカはイギリス法を選択的に継受したと指摘される所以である。アメリカが独立後、連邦制度と成文の憲法というイギリスと大きく異なる条件の元で自国の法律を発展させてきたことは周知である[257]

 シンガポールはイギリスの植民地であったので、イギリス法の継受は当然のように思えるが、植民地としての地位のあり方、今日に至る独立の経緯などを背景として、その継受はいくつかのマイルストーンともいうべき立法などを経て行われている[258]。シンガポールでは、イギリスの制定法を直接的に自国に適用させる点に大きな特色がある。20世紀後半以来イギリス法からの脱却が徐々に行われているが、基本的構造は変わっていないと指摘されている。今日において、シンガポールとイギリス法との関係を律しているのは、シンガポールにおいて1993年に成立したイギリス法適用法(the Application of the English Law Act(AELA))である[259]。AELAの5条は、「別段の規定のある場合を除き、イギリス制定法はシンガポール法とはならない」旨規定し、同4条に基づく別表がシンガポールに適用されるイギリスの制定法を特定している。また、イギリスの判例法については、AELA3条1項が、同法制定時点(1993年11月)でシンガポール法の一部となっているものは引き続きシンガポール法となる旨定められている。「AELA制定時点でシンガポール法の一部となっているもの」とは具体的には何かに関し議論があるかもしれないが、同条2項が「裁判所は現地の諸事情に基づいてイギリスの判例法を修正し得る」旨規定しているので、実務的には大きな問題とならないのではないかと指摘されている。AELAは、従前必ずしも明確でなかったイギリス法のシンガポールでの適用に関する不確実性を排除するとともに、イギリス法依存から脱却する目的があると指摘されている[260]。なお、シンガポールは、最終的には1994年にイギリスの枢密院司法委員会への上訴を全廃している。しかし、その後においても同国の裁判ではイギリスの判例が引用されることが多いことが指摘されている[261]。同国へのイギリス法の影響の強さを物語るものであろう。

 マレーシアもイギリスの植民地から独立した。隣国のシンガポールと類似しているが異なる経過を経てイギリス法を継受している。マレーシアも1956年民事法(Civil Law Act 1956)によりイギリスの判例法や制定法が直接適用になることとしたが、「期限」(cut-off date)が付されていた。また、現地に成文化された法律があるときにはイギリス法は適用されないとされ、マレーシアでは多くの分野で制定法が作られた(しかも、イギリスではなく他のコモンウェルス諸国法をモデルにしたものが多いと指摘されている)。さらに、現地の諸事情に適合するイギリス法のみが適用となった。近時は、国教であるイスラム教に基づくイスラム法の影響も指摘されている。このため、マレーシアはシンガポールよりイギリス法への依存度が低いと言われている[262]。なお、上述したイギリスの枢密院司法委員会への上訴については、マレーシアでは、シンガポールより早く、刑事事件等については1978年に、民事事件については1985年に停止されるに至っている。ただし、その後においても同国の裁判においてイギリスの判例の引用が少なくない(シンガポールよりは少ないが)。[263]

 前回(1150号53頁以降)、英米契約法の原則に関して述べたような約因(consideration)などは、日本法の発想からは些か距離がある。Pre-existing Dutyの問題と対処については、イギリスとアメリカについて概説したが、同じ問題は、上記のシンガポール法についても生じうる。[264]英米法系の他の国においても留意を要するであろう。

つづく



[252] 英米法と大陸法については、五十嵐清=鈴木賢=曽根裕夫『比較法ハンドブック〔第3版〕』(勁草書房、2019)213頁参照。法系論については、どのような法系を考えるか、そもそも法系論に意義があるかなどについて、比較法学者の間で議論があるように見受けられる。しかし、英米法と大陸法というカテゴリーは一般的に受容されていよう。ただし、ある新興国がどちらに属するかについては議論があろう。旧宗主国が複数あったり、別の国の法律が取り入れられたりしているので、混合法系[254]が意外と多いようにも思われる。

[253] なお、私法に限らず、各国の法制に係るリサーチや情報については、阿部博友・小林成光・高田寛・高橋均・平野温郎編著『世界の法律情報 グローバル・リーガル・リサーチ』(文真堂、2016)や、その他多くの文献(インターネットに公開されたものも含む)がある。ただし、ソースの信頼性と情報の鮮度の確認は不可欠である。また、特定の問題の情報のみが欲しいときでも、その適切な理解のためには、当該国の法制全体の概要についての知識は必要となろう。

[254] なお、スコットランドは大陸法と英米法双方の影響を受けた混合法系であると指摘されている。スコットランドは中世以来イングランドに対して独立を保っていた間にローマ法を継受した。五十嵐=鈴木=曽根・前掲注[252]23頁、213頁(同書によれば、混合法系に分類される国と地域は、南アフリカ、スリランカ、アメリカのルイジアナ州、カナダのケベック州などが挙げられている)。また、スコットランドについては、ピーター・スタイン著(屋敷二郎監訳、関良徳=藤本幸二訳)『ローマ法とヨーロッパ』(ミネルヴァ書房、2003)112~113頁も参照。したがって、準拠法条項でthe laws of the United Kingdomが準拠法である旨の規定は適切ではないこととなる。

[255] 田中英夫『英米法総論 上』(東京大学出版会、1983年)350~352頁参照。また、イギリスの法制史については、同書51~185頁、島田・前掲注[122]1~5頁参照。

[256] 独立直後のアメリカ内の反英的な傾向から、独立を支援してくれたフランスの法律を移植することも考えられたようであるが、結局、独立前からの経緯と言語の問題からイギリス法に頼らざるを得なかったようである。もし、アメリカがフランス法を継受していたならば、今日の世界は大きく異なるものになっていたであろう。

[257] 田中・前掲注[255]195~198頁、253~257頁参照。

[258] 以下の記述は、木原浩之「シンガポールにおけるイギリス法の継受」(亜細亜法学50巻2号(2016))346~318頁(掲載雑誌が縦書のところ、この論文は横書であるため逆綴じになっている)、EUGENE K.B. TAN, GARY KOK YEW CHAN, The Singapore Legal System (2015), Laws of Singapore, Research Collection School of Law, available at: https://ink.library.smu.edu.sg/sol_research/466による。

[259] 同法の条文(本文で述べた直接適用されるイギリスの制定法を列記する別紙を含む)は、https://sso.agc.gov.sg/Act/AELA1993#pr1-参照。

[260] AELAがイギリス法依存からの脱却を図った理由(の一つ)は、イギリスのEC加盟に伴うシンガポール法への影響への懸念があったことが指摘されている。木原・前掲注[258]322頁、326頁参照。EC(EU)につき後述((10)の(下))を参照。

[261] KWAI HANG NG, BRYNNA JACOBSON, How Global is the Common Law? A Comparative Study of Asian Common Law System-Hong Kong, Malaysia, and Singapore, Asian Journal of Comparative Law, 12 (2017), pp 218-226参照。

[262] 以上、木原浩之「マレーシアにおけるイギリス法の継受」亜細亜法学41巻1号(2006)77~103頁、木原・前掲注[258]321~320頁参照。両国の対応の違いは、人口の民族構成の違い(シンガポールは中国系が多数、マレーシアはマレー人が多数派)や宗教(マレーシアはイスラムが国教)による政策の違いに基づくと言われている。マレーシアは、マレー化政策(ブミプトラ(bumiputera)政策)が国政の基本となってきた。

[263] NG, JACOBSON, supra note 261, pp 218-226参照。

[264] FONG WEI LI, Legal System in Asean-Singapore Chapter 5-Business Law (Part 2) Contract Law in Singapore, Asean Law Association (2018) , pp.9-11,https://www.aseanlawassociation.org/papers/ALA-SGP-ch5-BusinessLaw02-ContractLaw.pdf参照。

タイトルとURLをコピーしました