◇SH2184◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(116)雪印乳業㈱グループの事件を組織論的に考察する㉖岩倉秀雄(2018/11/09)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(116)

―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉖―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、雪印乳業(株)の再建に決定的なダメージを与えた、子会社の雪印食品㈱による牛肉偽装事件の概要について述べた。

 事件は、雪印乳業(株)の子会社の雪印食品(株)が、国の狂牛病対策である国産牛肉の買取制度を悪用し、豪州産牛肉を国産と偽って申請、補助金をだまし取ろうとした詐欺事件である。

 取引先の西宮冷蔵の告発により発覚し、他の事業所でも不正が恒常的、組織的に行なわれていたことから、親会社の雪印乳業(株)の経営責任が問われた。

 そのため、再び各地で雪印グループ製品の不買運動が発生し、雪印食品㈱は清算、再建計画は大幅な見直しを余儀なくされた。

 雪印乳業(株)は、全農、伊藤忠商事㈱、農林中金から資本導入し、冷凍食品・育児品・アイスクリーム・医薬品などを事業譲渡するとともに、全農、全酪連と日本ミルクコミュニティ(株)を設立した。

 この事件は、親会社の子会社管理責任、業界の体質、取引先による不正の告発、消費者団体出身者の社外取締役就任等、コンプライアンスに関連する様々の課題を提起した。

 今回は、この事件が発生した背景[1]を考察する。

 

【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する㉖:雪印食品牛肉偽装事件1】

1. 雪印食品(株)の概要

 雪印食品(株)は、1950年、雪印乳業の畜産加工部門を分離して設立された雪印食品工業(株)を前身とし、1970年にアンデスハム(株)と合併、1976年、社名を雪印食品(株)に変更した。

 同社は、雪印乳業の子会社(出資比率65.6%)で、2001年12月時点の資本金は21億7,200万円、従業員は正社員952名、嘱託・パート社員が546名、東証第2部及び札幌証券取引所に上場する公開会社であった。

 事業は、ハム・ソーセージ部門(ハム、ソーセージ、ウィンナー等食肉加工商品の製造・販売)、デリカ部門(やきとり、ピザ等調理済みまたは半調理商品の製造・販売)、食品・海外商品部門(缶詰、ジャム、パン等の食品やペクチン等の輸入、製造・販売)、ミート部門(生の食肉の仕入れ・販売、食肉のスライス等の加工)の4事業で、主力は創業以来ハム・ソーセージ部門(会社収益の8割〜9割)であった。

 事件を発生させたミート部門は、雪印食品がアンデスハムを合併して以来順次拡大された部門だが、収益性が悪く1992年以降は毎年数億円の赤字を計上していた。

2. ミート部門の特殊性

 他の部門が食肉や食品の加工を主とする製造・販売業であるのに対し、ミート部門は食肉の仕入れと販売を主とする販売業であり、他部門に比べ以下の特殊性があった。

 食肉の価格が需給バランスや天候、国際情勢、家畜の伝染病等の諸要因により日々変動する相場により決定されるため、担当者は、相場推移の的確な予測、食肉の品質を見分ける高度の専門知識と長年の経験が必要とされた。

 そのため、ミート部門の担当者は長年ミートを専門的に扱う傾向が強く、他の部門との人事交流が乏しく、職人的気質で独立性が強いこと、また、他部門の商品がいずれも「雪印」のブランドで販売されているのに対して、ミート部門で扱う生肉はブランドが付されずに業者間で売買されていた、等の特性があった。

3.事件の背景

(1) 国内でのBSE発症と牛肉在庫緊急保管対策事業

 BSE(狂牛病)は、1986年にイギリスで初めて発症が確認され、感染した牛の骨や臓器を再利用した飼料(肉骨粉)を通してヨーロッパに拡大(したと言われ)、2000年までに約18万頭の発症が確認された。

 2001年9月10日、農水省は千葉県白井市の酪農家が飼っていた乳牛がBSEに感染した疑いがある(後にBSEと断定)ことを発表し、省内にBSE対策本部を設置した。

 厚生労働省、9月19日30ヵ月齢以上の牛についてBSE検査を行なうことを、10月9日には30ヵ月齢未満を含む全ての牛についてBSE検査(いわゆる全頭検査)を行なうことを公表した。  

 10月12日、東京都中央卸売市場食肉市場でBSEの疑いのある牛1頭が見つかり、都は安全確認の体制が整う18日まで、同市場から枝肉と内臓の出荷を停止した。

 最終判定の結果は陰性であったが、消費者の不安は一気に高まり、農水省は、10月18日以前に解体された国産牛肉が市場に出回るのを防ぐため、牛肉在庫緊急保管対策事業(国産牛肉買取事業)を開始した[2]

(2) 雪印食品(株)の経営状況

 雪印食品(株)の売上高は、雪印乳業の食中毒事件の影響等により、2000年度決算は、売上高が903億円(前年比▲13.5%)、25億3,400万円の経常赤字に加えて、退職給付信託の設定、投資有価証券評価損等の特別損失を計上したことにより、当期損失は36億2,200万円に達した。

 また、2001年9月の中間決算においても、経常損失が12億5,500万円、当期損失が17億1,600万円となった。

 また、ミート事業部門は1992年度以降毎年赤字を計上していたが、BSEに感染したと疑われる国産牛が発見されたことが公表されてから、消費者の牛肉買い控えにより在庫が積み増し、国内牛肉だけでなく、輸入牛肉についても販売量が低下していた。

 特に、輸入牛肉の仕入れは先を見込んで発注していたので、発注後に販売の目途が立たなくなっても仕入れざるを得ず、期末には多額の評価損や販売損の発生が見込まれていた。

 こうした状況下、同社は経営再建策の一環として、2001年11月の初旬に希望退職者を募っており、職員の間には、業績への不安やリストラの不安による動揺が強まっていた。

 次回は、事件の手口と経過を考察する。



[1] 雪印メグミルク編『雪印乳業史 第7巻』(雪印メグミルク、2016年)423頁~427頁

[2] この事業は、全農や日本ハム・ソーセージ工業協同組合などの業界団体を通して、対象牛肉を構成員から買い上げ焼却処分するもので、対象牛肉の限度数量は1万3,000トン以内とされ、農畜産業振興事業団が国からの交付金を財源として、牛肉1キログラム当たり707円の補助金を交付するものとされた。

 

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