債権法改正後の民法の未来 63
背信行為による贈与契約の解除(1)
堂島法律事務所
弁護士 奥 津 周
Ⅰ 提案内容
1 法制審議会の民法(債権関係)部会作成の中間試案では、以下のような提案がなされていた。
- 「受贈者に著しい非行があった場合の贈与契約の解除」
- ① 贈与契約の後に、受贈者が贈与者に対して虐待をし、若しくは重大な侮辱を加えたとき、又は受贈者にその他の著しい非行があったときは、贈与者は、贈与契約の解除をすることができるものとする。
- ② 上記①の解除権は、贈与者の一身に専属するものとする。ただし、受贈者が上記①に該当する行為により贈与者を死亡させたときは、この限りでないものとする。
- ③ 上記①の解除があったときは、受贈者は、上記①の解除の原因が生じた時に現に存していた利益の限度で、返還の義務を負うものとする。
- ④ 上記①の解除権は、贈与の履行が終わった時から[10年]を経過したときは、その部分については行使できないものとする。
2 上記の提案は、贈与契約の締結後(履行後も含む)、受贈者に上記①記載のような贈与者に対する背信行為や著しい非行があったときに、贈与者による贈与契約の解除を認めるものである。
上記①の要件は、推定相続人の廃除の要件と同じである。すなわち、民法892条は、遺留分を有する推定相続人が、被相続人の生前に、被相続人に対して虐待をし、若しくは被相続人に重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除(推定相続人の相続権を奪うこと)を請求することができるとしている。上記の提案は、これと同じ要件のもと、贈与者に贈与契約の解除を認めるものである。
Ⅱ 提案の背景等
1 提案の背景
贈与は、当事者間の情愛や信頼関係等を基礎とすることが多い。そのため、その基礎となる人間関係や信頼関係を失わせる背信行為等が行われた場合にまで、贈与の効力を維持する必要はない。また、現行法が遺贈について受遺欠格事由を規定し(民法第965条、第891条)、被相続人に対する背信行為をした者への遺贈の効果を否定していることとの均衡からも、無償で財産を与える点で遺贈と同様の機能を有する贈与についても、受贈者が受遺欠格事由に類する行為等の背信行為や忘恩行為等をした場合に契約の撤回・解除を認めるべきであるという指摘がある[1]。
2 裁判例
裁判例にも受贈者の背信行為や忘恩行為等を理由に贈与の効力を否定することを認めるものが見られるが、現行法に規定がないため、様々な法律構成が取られている。
例えば、①負担付贈与と認定し、負担の不履行による解除を認めたもの(東京高判昭和52年7月13日判時869号53頁(最判昭和53年2月17日判タ360号143頁で維持)、東京地判昭和51年6月29日判時853号74頁、東京高判昭和54年12月20日判タ409号91頁等)、②信義則により処理したもの(新潟地判昭和46年11月12日下民集22巻11=12号1121頁、大阪地判平成元年4月20日判時1326号139頁等)、③受遺欠格に準ずる事由がある場合に贈与を取り消すことができるとしたもの(札幌地判昭和34年8月24日下民集10巻8号1768頁等)、④動機の錯誤論により贈与を無効としたもの(福岡地判昭和46年1月29日判時643号79頁等)というものがある[2]。
3 上記提案は、このような見解や裁判例を背景に、立法化が提案されたものである。