企業法務フロンティア
何が問題か? 有価証券報告書虚偽記載罪
~カルロス・ゴーン氏逮捕容疑を題材に~
日比谷パーク法律事務所
弁護士 水 野 信 次
2018年11月19日夕刻、日産自動車代表取締役ゴーン会長(当時)が飛行機で空港に到着した折に逮捕された。その最初の逮捕容疑は、当時の報道によると、ゴーン会長とケリー代表取締役の2人が共謀のうえ、2010年3月期から2014年3月期の五期にわたって有価証券報告書に、ゴーン会長の報酬を実際よりも過少に記載して提出したという有価証券報告書虚偽記載罪の疑いがあるというものだった。
日本を代表する大企業の、しかも、日産自動車を再建し、同社のみならず、その筆頭株主であるルノーや、一昨年、日産自動車が傘下に収めた三菱自動車の三社のトップを務める世界的経営者が逮捕されたというのだから、よほどの重大事件である。
似たような重大事件といえば、東芝の不正会計事件も記憶に新しい。第三者委員会の調査で、東芝は2008年度から2014年度までの七期にわたって、売上過大計上、損失計上先送りなど多様な不正会計処理を行っていたため、過年度の有価証券報告書において税引前利益で総額1518億円もの過大計上が判明し、その訂正の必要性があることが指摘された。
しかし、東芝の事件で誰かが逮捕されたとは聞かない。
報酬の過少記載か、利益の過大記載かで異なるものの、事実と異なることを有価証券報告書に記載したという点で異なることはないのに、日産自動車の場合にはトップの逮捕にまで発展し、東芝ではそうならなかったのはなぜなのか?
本稿では、有価証券報告書虚偽記載罪について解説を試み、その疑問を解く「カギ」がどこにあるのか探ってみたい。
有価証券報告書虚偽記載罪を規定する金融商品取引法197条1項1号は、「有価証券報告書若しくはその訂正報告書であつて、重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者」を処罰すると定める。端的に言いえば、同罪の成立には、次の三つの要件を少なくとも満たすことが必要となる。
- ① 有価証券報告書を「提出」した者
- ② その者が「提出」した書類に「虚偽の記載」があったこと
- ③ 当該「虚偽の記載」が「重要な事項」に関するものであること
日産自動車の2010年3月期から2014年3月期の有価証券報告書の表紙の【代表者の役職氏名】に記載されているのは、「取締役社長カルロス・ゴーン」であった。
他方、東芝でも、第三者委員会の調査では、訂正前の有価証券報告書の表紙の【代表者の役職氏名】に東芝社長として記載されていた人物が、不適切なキャリーオーバー(映像事業及びPC事業において損益対策のために行っていた様々な施策を総称して東芝において用いられていた呼称)により映像事業等における見かけ上の利益のかさ上げがなされていたことについては認識しており、その内容の確認やこれを是正するための促しや指示等少なくとも会計上の適切性の確認を行うべきであったにもかかわらず、何らの対応も行っていなかったと認められている。
従い、上記①の該当性において、有価証券報告書の表紙の【代表者の役職氏名】に記載されているかどうかで異なることはなく、これが「カギ」となるわけではなさそうである。
では、上記②についてはどうか。
東芝では、第三者委員会の調査で、2008年度から2014年度までの七期の有価証券報告書に訂正の必要性があることが指摘され、実際に訂正がなされたのであるから、上記②の該当性について否定することができないであろう。
これに対し、日産自動車の場合はどうか。まだ、その容疑の全容が明らかになっていないので、有価証券報告書に記載すべき役員の「報酬等」が何であるか概観したい。
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