◇SH2270◇弁護士の就職と転職Q&A Q63「弁護士の潜在力を見分ける鑑識眼はあるのか?」 西田 章(2019/01/07)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q63「弁護士の潜在力を見分ける鑑識眼はあるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 「ヘッドハンター」又は「エグゼクティブサーチ業者」という肩書きでの講演を引き受けると、フロアから最もよく尋ねられる質問に「優秀な候補者を見極めるノウハウは何か?」というものがあります。その都度、自分が平凡な回答しかできないことにバツの悪さを感じて来ました。しかし、2018年末に、長島安治先生をインタビューさせていただく機会を得た時に、そのモヤモヤした思いを解消することができました。日本で初めて真に「ロー・ファーム」の名に相応しい法律事務所を作り上げた長島先生も、法律事務所の新卒採用において、特別なノウハウを持っていたわけではなく、そこで参照されていたのは、「研修所教官の推薦」だった、という事実を知ることができたからです。

 

1 問題の所在

 法律事務所にとって、唯一の経営資源は人である。これは昔から言われて来た格言です。所属弁護士数を増やせば、事務所が成長したかのような外観を作出することはできますが、「ひとりで食える弁護士は独立してしまう」と言われる一方で、「食えない弁護士だけが集まってくる」とも言われる環境下において、「一騎当千の弁護士をいかに集め(続け)られるか?」は、優れた「ロー・ファーム」を作り上げ(維持す)るための最重要の課題です。

 どのような採用指針を採れば、事務所を成長に導ける人材を採用することができるのか? 抽象論としては、「自分たちよりも優秀な後輩を採用する」という基準が紹介されることもありますが、それだけでは、採用担当弁護士の主観に依存せざるを得ません。また、具体的な内定者像に「よく食べる人」を挙げていた事務所もあります。確かに、体力や気力は、弁護士として長く活躍するために重要な要素かもしれませんが、「よく食べること」は、優秀な弁護士としての「十分条件」でないことはもちろん、「必要条件」ですらないような気もします(「食の細いエクセレント・ロイヤー」も存在します)。

 この点、長島先生が、インタビューにおいて「成績が悪い人が、良い弁護士になる、ということは稀だろうと思います。成績が良くても、直ちに良い弁護士になるとも限らないでしょうが」「どれくらいハードワークを厭わないか、というのは、大きいでしょうね。」「司法研修所の教官をしている友達もたくさんいたので、教官からの推薦にはウェイトを置きましたね。」とコメントされていたことには、人材紹介業者として強く納得させられるものがありました。それに背中を押されて、以下、人材紹介業者が、クライアント(採用者)に対して、候補者を推薦する際の手順について述べさせていただきます。

 

2 対応指針

 人材紹介業者が、クライアントから示された求人枠に対して、候補者を推薦するプロセスは、(1)候補者がこれまでに所属していた組織における上司・同僚の評価から適任と思しき人材を探索して、(2)候補者の履歴書に示された経歴の「欠点」「傷」についても本人からの補足説明を受けた上で、(3)複数名の候補者を並べて本ポストへの適性を比べてみる、という3つから構成されています。

 人材紹介業者は、独自に「埋もれた人材」を発掘できるわけではなく、一定のコミュニティにおいて評判が高かった候補者にアプローチするに過ぎません(身近な人にすらまだ評価されていない隠れた人材に価値を見出せるような鑑識眼は持ち合わせていません)。

 ただ、「ピカピカの経歴」を備えた人材だけを対象にしていたら、勧誘の成功率が低いままに終わってしまうので、「能力はあるのに不遇な人」にも対象を広げる努力はしています。

 採用は、理想論ではなく、具体的な課題であるために、候補者を比較検討することにより、「与えられた選択肢の中で誰が現実に最適な候補者か?」を探っていくプロセスになります。

 

3 解説

(1) これまでの所属組織における評判

 捜査官であれば、ヒアリング対象者が意図的に隠そうとする事実を暴くために、まずは周辺事実を尋ねて外堀を埋めてから、本題となる質問をする(矛盾のある回答を理詰めで許さない)とか、回答態度から「嘘を付いている可能性」を見分ける、といった芸当ができるのかもしれません。しかし、人材紹介業者としての候補者との面談には、このような「裏技」は何ひとつありません。候補者が答える言葉通り、素直に「なるほど、それで、こういう進路を歩まれたのですね」「そういうご経験を積まれてきたのですね」と、候補者のキャリアに対する理解を深めていくだけです。

 単発の面接による印象の不安定さを補完してくれるのは、やはり、業務上又は学業上の接点を有してきた関係者(上司、同僚、同級生)からの評判です。こちらからアプローチする場合にはもちろんですが、ご本人からの転職相談を受ける場合にも、紹介元からの「一言紹介コメント」に大きな信頼を置いています。もちろん、それが「同期で図抜けたエースだった」という特筆した評価であれば、ありがたいですが、そうではなく、平凡な評価であったとしても、大いに役立ちます(というのも、通常、採用担当者の懸念は(エースか否かという水準ではなく)「実は問題児と認識されていた過去があるということはないか?」というネガティブチェックさえ済ませることで払拭できるからです)。

(2) 経歴の「欠点」の補足説明

 長島先生インタビューでの「成績が悪い人が、良い弁護士になる、ということは稀だろうと思います。」というコメントには、私も共感しています。そのため、「過去に一度も、ペーパーテストで好成績を収めたことがない」という候補者を推薦する材料を見付けるには困難が伴います。ただ、同時に、「すべてのペーパーテストで好成績を収めること」が必須とまでは思っていません。そのため、候補者との面談では、「失敗したペーパーテストがあれば、その理由を詳しく教えてもらう」ということも意識しています。

 一般に、エリート意識が高い人ほど、過去の失敗を隠したがります。意図的に隠すわけでなくとも、対面での議論で自己の失敗経験をテーマに設定されるのを避けたがる傾向があります。その典型例が「司法試験に落ちた経験」です。しかし、紹介業者としての推薦は、他の候補者と見比べた上でなされますので、「司法浪人組」にとっては、「ストレート合格組」との比較は避けて通れない論点です。

 そこで、候補者の属性を「司法浪人」という抽象的な位置付けに止めてしまうと、「ストレート合格組」よりも劣位に置かれてしまいますが、その背景を詳しく描くことで、その人物像が掘り下げて伝わるエピソードに転化することもあります。例えば、「家計が苦しくてバイトが忙しかった」といった具体的な問題と、「奨学金を獲得して勉強時間を確保できるようになった」といった具体的な解決策についての補足説明を付加することが(現役合格組以上に)ポジティブなイメージを生み出す場合もあります。

(3) 比較検討した順位付け

 人材紹介業者として、どれだけの量の弁護士を知ったとしても、「弁護士ランキング」を作ることはできません。弁護士の仕事のパフォーマンスは、与えられた課題の種類、予算・時間的制約、指揮命令系統等の条件によって異なるために、無条件に普遍的な優劣をつけることができないからです。

 そのため、人材紹介業者としてのクライアントに対する候補者の推薦は、「絶対的基準」というよりも、候補者リスト内における本ポストへの適性の相対的優位に基づいて行なうことになります(3人以上の候補者を挙げてみると、そこには、「じゃんけん」のような関係が成り立つことが多いです。例えば、「当該法分野の専門性では、A弁護士よりもB弁護士が優れている」「英語力では、B弁護士よりもC弁護士が優れている」「アベイラビリティでは、C弁護士よりもA弁護士が優れている」という具合です)。

 選定の適切性は、候補者全員を、実際に、クライアントの面前に連れ出せるほうが納得感を高めることができますが、秘密保持の観点から(例えば、社外役員や第三者委員の候補者探索)、クライアントに面談してもらうのを最有力候補者に限って判断してもらわざるを得ないこともあります(その場合には、他の候補者の評価は、人材紹介業者として収集した情報とそれに基づく私見で補完してもらうことになります)。

以上

 

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