◇SH3507◇最一小判 令和2年7月9日 損害賠償請求事件(小池裕裁判長)

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  1. 1  交通事故の被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合に、同逸失利益は定期金による賠償の対象となるか
  2. 2  交通事故に起因する後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たり被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることの要否
  3. 3  交通事故の被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合に、同逸失利益が定期金による賠償の対象となるとされた事例

  1. 1  交通事故の被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となる。
  2. 2  交通事故に起因する後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては、事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しない。
  3. 3  交通事故の被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、同人が事故当時4歳の幼児で、高次脳機能障害という後遺障害のため労働能力を全部喪失し、同逸失利益の現実化が将来の長期間にわたるなど判示の事情の下では、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となる。
  4.    (1、2につき補足意見がある。)

 (1~3につき)民法417条、709条、722条1項、民訴法117条
 (2につき)民法416条

 平成30年(受)第1856号 最高裁令和2年7月9日第一小法廷判決 損害賠償請求事件 上告棄却(民集第74巻4号1204頁)

 原 審:平成29年(ネ)第305号 札幌高裁平成30年6月29日判決
 第1審:平成27年(ワ)第1212号 札幌地裁平成29年6月23日判決

1 事案の概要

 本件は、交通事故の被害者であるXが、加害車両の運転者Y1、保有者Y2及び同人と対人賠償責任保険契約を締結していた保険会社であるY3に対し、不法行為に基づく損害賠償等を請求した事案である。

 

2 事実関係等

 Xは、平成19年2月(当時4歳)、道路を横断中に、Y1が運転する大型貨物自動車に衝突される交通事故に遭い、これにより脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負った。Xは、平成24年12月症状が固定したが、高次脳機能障害の後遺障害が残り、労働能力を全部喪失した。

 Xは、Yらに対して本件訴訟を提起し、損害のうち後遺障害逸失利益について、Xの就労可能期間の始期である18歳になる月の翌月から就労可能期間の終期である67歳になる月までの間の毎月、Xが各月に取得すべき収入相当額(賃金センサスによる平均賃金を基礎収入額とし、これを12分した金額)を定期金として支払うよう求めた。

 

3 1審及び原審の判断の概要

 1審、原審ともに、Xの請求のうち、後遺障害逸失利益を請求した部分について、一部過失相殺をした上で、Xが67歳になる月を終期として、請求金額の一部の定期金の支払を認めるべきものとした。

 

4 本判決の概要

 これに対し、Yらが上告受理申立てをしたところ、第一小法廷は、これを受理した上、判決要旨のとおり判断して、上告を棄却した。

 

5 解説

(1) 判例は、同一の身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償債務は1個であり、その損害は不法行為時に発生するものと解しており、これを踏まえて、実務上は、後遺障害逸失利益については、将来における得べかりし収入額を、中間利息控除をして現在価値に引き直した金額により、一時金として賠償を求めることが一般的である。本件では、上記のとおり、Xが後遺障害逸失利益に係る損害につき定期金を支払う方法による賠償を求めたため、上告審においては、第1に、後遺障害逸失利益が、定期金による賠償の対象となるか否か、第2に、定期金による賠償を命ずるとしても、被害者の就労可能期間の終期より前に被害者が死亡した場合については、その死亡時を定期金による賠償の終期とすべきであるか否か、第3に、本件におけるXの後遺障害逸失利益が、定期金による賠償の対象となるべき場合に当たるか否かが争われた。

(2) 後遺障害逸失利益の定期金賠償に関する判例は見当たらない。最二小判昭和62・2・6集民150号75頁は、損害賠償請求権者が一時金による支払を求める旨の申立てをしていた場合には、定期金による支払を命ずることはできない旨を判示しているが(最三小判昭和51・10・26週刊自動車保険新聞昭和52年5月18日号も同旨)、定期金賠償の申立ての可否やその内容について判断したものではない。 

 下級審で後遺障害逸失利益について定期金による賠償を認めた裁判例は、昭和40年から50年代にかけて3件(名古屋地判昭和47・11・29判タ289号243頁・判時696号205頁、札幌地判昭和48・1・23判タ289号163頁、仙台地判昭和58・2・16判時1116号110頁)あり、いずれも損害賠償請求権者の死亡時を終期の1つとして定期金賠償を命じている。否定例は2件(名古屋高判昭和49・8・30判タ322号167頁・判時769号53頁、千葉地判昭和57・12・24交民15巻6号1692頁)あるが、いずれも損害賠償請求権者からの定期金賠償の申立てがない事案であった。

 後遺障害逸失利益について損害賠償請求権者から定期金賠償の申立てがされた事案で、その後公刊されている下級審裁判例は、本件の1審、原審以外には、東京地判平成18・3・2判時1960号53頁(否定例)のみである。

(3) 後遺障害逸失利益が定期金による賠償の対象となるか否かについての学説は、これを肯定する説と否定する説に分かれる。

 肯定説は、戦前から多数であるが、昭和40年代以降は、将来の毎期の収入減を填補すべき賠償請求権は各期末に発生するはずなのであるから、後遺障害逸失利益の損害の性質から将来給付の訴えとして定期金賠償が導かれるのが自然であるとの法律構成や、定期金賠償の実際上の利点から、これに好意的な見解が支配的であった。また、このような学説の状況や前記下級審の認容裁判例を受けて、平成8年の民訴法改正においては、定期金賠償を命じた判決について著しい事情変更があった場合に確定判決の内容を事後的に修正するための手続規定として民訴法117条が新設されたが、その立案担当者の解説においても、定期金賠償判決の典型例として、人身損害における逸失利益が挙げられていた。

 一方、否定説は、「交通事故の被害者が、その後口頭弁論終結時までに死亡したとしても、特段の事情がない限り同死亡の事実は後遺障害逸失利益の損害額の算定上考慮しない」旨を判示した最一小判平成8・4・25民集50巻5号1221頁及び最二小判平成8・5・31民集50巻6号1323頁(以下、併せて「平成8年最判」という。)後に有力な見解であり、平成8年最判によれば、後遺障害逸失利益は将来継続的に発生すべき損害とはいえないから、そのような損害を対象とし、被害者の死亡により支払が打ち切られるべき方式である定期金賠償の対象とはならないことなどを理由とする。

(4) 上記(3)で肯定説に立つ学説は、定期金賠償を命じる場合の賠償の終期についてはさらに考え方が分かれており、従前は被害者の死亡時を賠償の終期と解する見解(切断説)が支配的であったが、平成8年最判以降は、死亡によっても打ち切りとはならず就労可能期間の終期が支払の終期となると解する見解(継続説)などがあった。 

(5) 以上のような状況の下、本判決は、次のとおり判断した。

 ア 本判決は、第1の点(後遺障害逸失利益の定期金賠償の可否)については、交通事故の被害者が定期金賠償を求めている場合に、「不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるとき」との要件の下で、後遺障害逸失利益が定期金賠償の対象となる旨判示し、肯定説を採ることを明らかにした。

 不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者が被った不利益を補塡して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とし、また、損害の公平な分担を理念とするものである(最大判平成5・3・24民集47巻4号3039頁、最一小判平成4・6・25民集46巻4号400頁等参照)。そして、身体傷害による労働能力喪失により将来取得すべき利益を喪失したという損害の性質を考慮すると、後遺障害逸失利益の補塡は、一時金ではなく、将来において当該利益の喪失が現実化する都度これに対応する時期にその利益に対応する額の金員を支払うという賠償方法によることが、原状回復という観点から相当な場合があると考えられる。また、逸失利益の算定の基礎となる後遺障害の程度や賃金水準等は、相当長期にわたる将来予測等に基づく場合もあるところ、定期金による賠償であれば、将来、これらの事情が著しく変動し、予測した損害額と現実化した損害額との間に大きなかい離が生ずるような場合であっても、民訴法117条によってその是正を図り、実質的な損害の公平な分担を実現することも可能となる。本判決は、以上のような考え方により、前記要件の下で後遺障害逸失利益の定期金賠償が認められると判断したものと解される。

 ところで、学説や従前の下級審の認容例の中には、定期金賠償が、将来発生する損害についての将来給付の訴えとしてのみ認められることを前提とする考え方がみられる。しかし、民訴法117条は、その文言上、「口頭弁論終結前に生じた損害」という既発生の損害につき定期金賠償が命ぜられることを明らかにしており、本判決も、同一の身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害は全て不法行為時に発生するという確立した判例の立場を前提としていることからすれば、定期金賠償は、既発生の損害を対象として認められ得るものであり、一時金賠償とは同一の損害を対象とする異なる損害賠償の方法であるとの理解をするものと考えられる。

 イ 第2の点(定期金賠償を命じる場合の賠償の終期)について、本判決は、「後遺障害逸失利益につき定期金賠償を命ずるに当たっては、特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金賠償の終期とすることを要しない」旨を判示して、継続説を採ることを明らかにした。一時金賠償の場合は、交通事故後の被害者の死亡の事実は原則として後遺障害逸失利益の損害額の算定上考慮されないところ(平成8年最判)、後遺障害逸失利益を対象とする定期金賠償を命ずる場合も、それが一時金賠償と同じ損害を対象とするものであり、その賠償の方法のみが異なるものと解されることからすれば、被害者の死亡の事実については同様に考え、交通事故後の被害者の死亡によっては原則として賠償義務が終了するものではないと解するのが自然である。また、実質的にも、定期金賠償が命ぜられた場合にのみ、被害者がその後に死亡したことにより賠償が打ち切られて、賠償義務者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害の塡補を受けることができなくなることは、衡平の理念に反すると思われる。本判決の判断は、以上の理由によるものと解される。

 ウ 第3の点(本件における定期金賠償の可否)について、本判決は、Xが交通事故当時4歳の幼児であったこと、重度の後遺障害のため労働能力を全部喪失したことなどの事情を総合考慮した上で、Xの後遺障害逸失利益を定期金賠償の対象とすることは「不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められる」として、これを肯定した。「不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当」な場合としてどのような場合があるかは今後の議論に委ねられていると解されるが、事例判断として今後の参考となろう。

(6) なお、本判決には、定期金賠償を命じられた後に被害者が死亡した場合に支払義務者が採り得る方法及び定期金賠償の相当性判断の際の考慮要素について述べた、小池裁判官の補足意見が付されている。

 

6 本判決の意義

 本判決は、学説が大きく分かれており、実務的にも明らかではなかった、後遺障害逸失利益についての定期金賠償の可否並びにこれが認められる場合の要件及び終期という実体法上の法律問題について最高裁が初めて判断を示したものであり、理論的に重要な意義を有し、人身損害賠償の実務にも重大な影響を与えるものと考えられる。

 

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