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本件は、窃盗被告事件で有罪とされた申立人が、高裁及び最高裁の各訴訟費用負担の裁判につき、刑訴法502条による裁判の執行に関する異議を申し立てた事案である。本件では、検察官の執行指揮に基づき納付告知及び督促はされていたものの、未だ同法490条1項による徴収命令が出されていなかったため、この時点で異議申立てをすることが許されるかが問題となった。
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まず、訴訟費用負担の裁判の執行に対する刑訴法502条の異議申立ての許否について見ると、同条が、「刑の執行」とせずに、「裁判の執行」としていることからして、訴訟費用負担の裁判の執行についても、同条の異議申立てをすることは許されるというのが多数説である(伊藤栄樹ほか『注釈刑事訴訟法〔新版〕第7巻』(立花書房、2000)391頁[増井清彦]、河上和雄ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法〔第2版〕第10巻』(青林書院、2013)462頁等)。民事の判例であるが、最二小判平成4・7・17民集46巻5号538頁も、検察官が訴訟費用の裁判の執行のため発した徴収命令に対する請求異議の訴えが許されるか問題となった事案において、訴訟費用負担の裁判の執行として検察官がした徴収命令に瑕疵があることを理由にその効力を争うには、刑訴法502条の異議申立て及び同法504条の即時抗告の手続によるべきであり、請求異議の訴えによってその効力を争うことは許されない旨判示している。
このように、訴訟費用負担の裁判の執行に対しても、刑訴法502条の異議申立てをすることは許される、というのが一般的な理解であり、本決定もそのような理解を前提にしているものと思われる。
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問題は、未だ納付告知及び督促がされただけで、刑訴法490条1項による徴収命令が出されていない段階で、異議申立てが許されるのか、という点である。
(1) 訴訟費用を始めとする徴収金の徴収手続の実務は、検察庁において、徴収事務規程(平成25年3月19日法務省刑総訓第4号)に基づき、次のとおり行われているようである。
すなわち、訴訟費用負担等の裁判が確定したとき(訴訟費用負担の裁判については、刑訴法500条の申立期間が経過したとき又はその申立てがあったときはその申立てについての裁判が確定したとき)は、①徴収担当事務官は、裁判書の原本等により、裁判の内容を把握して徴収金指揮印票を作成し、検察官の指揮印を受けるとともに、検察総合情報管理システムにより当該裁判の執行指揮に関する事項を管理する(徴収事務規程10条・11条)、②徴収金を把握・管理した後、検察官は、徴収金を収納するため、速やかに納付期限を定め、徴収担当事務官をして納付義務者に対し納付すべき旨を告知させる(同規程14条)、③徴収金が納付告知書に定められた納付期限までに納付されなかったときは、検察官は、必要に応じて、徴収担当事務官をして納付義務者に対し、督促状その他適宜の方法によりその納付を督促する(同規程15条)、④納付義務者が任意に納付しない場合には、同法490条により強制執行を行う、というのが基本的な流れである。
そして、同条によると、訴訟費用負担の裁判は検察官の命令によってこれを執行する。その具体的な執行手続としては、検察官において、①まず徴収命令書を作成し、②次いで、強制執行手続依頼書に同命令書を添えて法務局の長又は地方法務局の長に対し、その強制執行手続を依頼することとなる(前掲『大コンメンタール刑事訴訟法〔第2版〕第10巻』381~382頁[猪俣=関=森田]、䑓孝一「徴収事務(3)」研修784号42~53頁、同「徴収事務(4)」研修785号45~57頁)。
(2) ところで、裁判の「執行に関し検察官のした処分」とは、検察官が刑訴法の規定に基づいてする裁判の執行に関する処分をいうとされており、刑訴法472条による検察官の執行指揮はこれに当たる。
徴収命令に先立つ納付告知及び督促が「執行に関し検察官のした処分」に当たるかという問題について、これまで下級審の裁判例は否定説と肯定説に分かれていた。例えば、①東京高決昭和53・12・5刑月10巻11=12号1418頁は、訴訟費用負担の裁判の執行に関する異議申立てにおいて、「本件においては未だ検察官の右命令書は作成されておらず、前記検察官の納付告知及び督促は、右命令書の作成に先だって申立人に対しその未納残金の任意の支払を催告したものに過ぎないものであって、これをもって検察官のした右裁判の執行に関する処分とみなすことはできない」と判示し、②大阪高決平成9・6・13判時1623号159頁も、罰金の裁判の執行に関する異議申立てにおいて、「納付告知及び督促は、検察官が罰金の納付義務者に対し、裁判確定により既に履行期が到来している徴収金の任意の支払いを催告するに過ぎないものであって、その期日を4月28日とする旨の告知は、刑訴法502条の『裁判の執行に関し検察官のした処分』には含まれない」と判示し、否定説の立場を明らかにしていた。他方、③福岡高宮崎支決昭和35・3・24判特5巻452頁、④広島地決昭和35・5・2下刑2巻5=6号949頁、⑤札幌地決昭和37・10・23下刑4巻9=10号974頁などは肯定説をとっていた。なお、最高裁においても、訴訟費用負担の裁判について未だ納付告知しかされていない段階の異議申立てを適法なものとして扱った先例(最二小決昭和56・4・17集刑221号461頁)があったが、本論点につき明示的に判示していなかった。
確かに、否定説に立つ裁判例が指摘するとおり、納付告知及び督促は、検察官が、納付に先だって、申立人に対して既に履行期が到来している徴収金の任意の支払を催告するものに過ぎず、新たに申立人に義務を課したり、権利を制限したりするものではない。しかしながら、納付告知書及び督促状は、検察官の執行指揮の内容を告知し納付を催促するため、検察官の検察事務官に対する指示権を根拠に徴収事務を制度化した徴収事務規程に基づき、検察官の命により送付されたものであり、正に検察官による公権力行使と評価することができる。また、納付告知及び督促に応じなければ、その後、徴収命令に基づく強制執行手続等に移行することが予定されている以上、この段階で早期に違法な執行を是正する必要があるといえる。
(3) 本決定は、上記のような事情を踏まえ、検察官の執行指揮に基づく納付告知及び督促は、刑訴法502条の「執行に関し検察官のした処分」に該当するものと解するのが相当であるとし、同法490条1項による徴収命令が出される前であっても、訴訟費用負担の裁判の執行に対する異議の申立てをすることができる、と判示したものと解される。
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本決定により、訴訟費用負担の裁判の執行について、刑訴法490条1項による徴収命令の出される前であっても、同法472条による検察官の執行指揮に基づく納付告知及び督促があったときは、同法502条の異議申立てをすることができることが明確になった。上記のとおり下級審において否定説と肯定説が分かれていた論点に関する最高裁での新規の判断であり、実務的に参考になるものと思われる。