◇SH0753◇シンガポール:新SIAC仲裁規則が2016年8月1日から施行に 青木 大(2016/08/03)

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シンガポール:新SIAC仲裁規則が2016年8月1日から施行に

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

 改正SIAC仲裁規則(第6版)が2016年8月1日に施行された。

 本稿は2016年1月18日に公表されていた改正規則のドラフトからの変更点も含めた最終的な改正仲裁規則における主要な改正点の解説を行うものである。以下の条文番号は新SIAC仲裁規則のそれを指す。

 

1. 根拠に欠ける主張の速やかな棄却制度の導入(第29条)

 当事者は、(1)明らかに法的根拠を欠く請求、又は(2)明らかに仲裁廷が管轄を有さない請求については、速やかな棄却を求めることができる。当該請求がなされた場合、仲裁廷は申立後60日以内に判断を下さなければならない。

 かかる手続により根拠に欠ける主張を早期にそぎ落とすことができることになり、手続全体の期間及び費用の効率化が期待できる。他の商事仲裁機関においては類をみない制度である(なお主に投資協定仲裁を扱うICSIDの仲裁規則には類似の規定が存在する。)。

 

2. 緊急仲裁人制度の更なる迅速化等(第30条、Schedule 1)

 緊急仲裁の申立を受けた後、SIACが緊急仲裁人を選任するまでの期間が、従前の1営業日から1日に、緊急仲裁人選任後、審議スケジュールを設定するまでの期間が、従前の2営業日から2日に短縮された。さらに、緊急仲裁人は原則選任後14日以内に判断を下さなければならないこととされた。また、緊急仲裁人費用は一律25,000シンガポール・ドルとなった(従前は請求額に応じた金額)。

 

3. 簡易仲裁制度の対象の拡張等(第5条)

 簡易仲裁制度が対象とする請求額は従前5百万シンガポール・ドル(2016年7月19日時点で約4億円)以下とされていたところ、6百万シンガポール・ドル(約4.8億円)とされ、簡易仲裁制度の対象事件が拡張された。また、簡易仲裁の場合、ヒアリングを開催するかどうかは仲裁廷の裁量によって決められることとなった。

 なお、仲裁合意と簡易仲裁の規定が相反する場合は、簡易仲裁の規定が優先されることが明確化された。従って、仮に仲裁合意が明示的に3人仲裁人を規定していても、簡易仲裁の場合には1人仲裁人となることについて、争いの余地はなくなるはずである。

 

4. デフォルトの仲裁地を仲裁廷の決定に委ねることに(第21条)

 当事者間に仲裁地の合意がない場合、従前はシンガポールが仲裁地となるものとされていたところ、改正規則は仲裁廷が諸般の事情を考慮してこれを定めることとされた。

 モデル仲裁条項の仲裁地も、既に当事者の選択に委ねる形式に変更されている。仲裁地にこだわらず全世界の当事者にSIACの利用を促す狙いとみられる。

 なお、緊急仲裁については、仲裁合意に規定がない場合のデフォルトの仲裁地はシンガポールとされた(Schedule 1 第4項)。

 

5. 複数の契約に関する紛争の併合に関する規定の整備(第6条、第8条)

 複数の契約の紛争については、当事者は単一の仲裁を申し立てることができ、

  1. ⑴ 全当事者が合意した場合、
  2. ⑵ 全ての請求が同一の仲裁合意のもとに申し立てられている場合、又は
  3. ⑶ 仲裁合意が適合的な場合であって、かつ(i)紛争が同一の法律関係から生じた場合、(ii)これらの契約が主従の関係にある場合、又は(iii)紛争が同一の取引又は一連の取引から生じたものである場合

には、SIACは仲裁廷構成前にこれらの手続の併合を認めることができる。

 

6. 第三者の手続参加規定の整備(第7条)

 仲裁廷の構成前において、(1) 同一の仲裁合意の拘束を受けるとみられる当事者又は(2) 第三者及び全当事者が書面で当該第三者の参加に合意している場合には、当事者又は当該第三者の申立てにより、SIACは当該第三者を当該仲裁手続に参加させることができる。

 

7.仲裁人忌避理由の明確化等(第16条)

 SIACによる仲裁人忌避に関する決定については、原則として当事者にその理由を示すこととされた。

 なお、ドラフト段階で提案されていた、①仲裁廷がヒアリング又は最終主張書面の提出後30日以内に仲裁手続の終結宣言を行うことを義務化することや、②仲裁廷構成後において、当事者は仲裁廷の公正や仲裁判断の終局性に影響を及ぼすような代理人の選定を行ってはならないことを規定することは、最終的には見送られたようである(なお、②に関しては代理人の変更を速やかに通知する義務は維持された(第23.2条)。)。見送りの理由をSIACは明らかにはしていないが、①は、仲裁廷がそれでもなお終結宣言を行わない場合に、手続的瑕疵に基づく仲裁判断の取消を回避するため、SIACは結局期限を延長せざるを得ないことになるだろうから、実効性に疑問もあったこと、②は、仲裁機関が当事者の代理人選定の権利にまで介入することに一定の躊躇があったであろうことなどが考えられる。

 

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