◇SH2312◇弁護士の就職と転職Q&A Q66「インハウスへの転身に『適齢期』はあるのか?」 西田 章(2019/02/04)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q66「インハウスへの転身に『適齢期』はあるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 最近、法律事務所のジュニア・アソシエイトから頻繁に受ける質問のひとつに、「転職エージェントから『インハウスに行くのも年次が上がると難しくなる』と言われたが、本当か?」というものがあります。そのアドバイスを完全に誤りだとは言えませんが、私の肌感覚では、インハウスからの「会社では自分が成長できないので、法律事務所に行きたい」という相談が増えているために、安易に「すぐにインハウスに転身すべきである」とコメントする気持ちにはなれません(業者の助言には「景気が落ち込んで採用枠がなくなる前に押し込みたい」という商売的な誘導意図があるのではないかと疑ってしまいます)。

 

1 問題の所在

 インハウス転身を成功させるには、「希望先企業の採用選考を通過すること」(A)が先決ですが、それだけでは足りません。転職後もキャリアは続くために、「入社後に『自己の中長期的なキャリア形成』に資するポスト又は経験を得ることができるかどうか?」(B)も考えておかなければなりません。

 採用選考の通過可能性(A)について言えば、業者のアドバイス通りに、「年次が上がると難しくなる」という側面は確かにあります。例えば、一流事務所の40歳代のオブカウンセルが、上場企業の法務部長ポストに応募しても、「会社員経験がない人材を、いきなり部門長に迎え入れることはできない」という判断がなされることが通例です。つまり、「役職なし」ポストで移籍できる年次のほうが選考は緩く、年次が上がるほどに、選考基準は厳しくなり、「法律事務所で得られる経験」と「企業が法務部門の管理職に求める経験」との間のギャップが広がっていく、という傾向は存在します(法律事務所のアソシエイトの中には、インハウスの仕事に対して「出世を希望しなければ、窓際的ポストで、ルーチンな事務処理業務を定年まで継続することができる」とイメージしている人も少なくありませんが、そのイメージは改めるべきです)。

 そのため、「早期に転職して、転職先の企業でインハウスとして必要な経験を新たに積むことを重視すべきである」という考え方も生まれますが、入社後のキャリア形成の視点(B)からは、「入社時に下された人事評価・人物印象を劇的に改善することは難しい(特に実績を数字で示すことができない間接部門においては)」という事情もあります。つまり、「入社時に『半人前』と評価されてしまったら、その『負の烙印』を抱えたまま働き続けなければならない」というリスクも存在します。そのため、「インハウス転身前にどこまでの経験を積んでおくべきか?」と「インハウス転身後に学ぶべき経験とは何か?」を見極めることが大切になります。

 

2 対応指針

 法律事務所からインハウスへの転身には、代表的には、(1)大企業の総合職への転身、(2)法務部門の立上げ、(3)法務専門職としての勤務の3類型があります。

 総合職への転身(1)は、大企業に、ポテンシャル採用枠で入社して、ビジネスパーソンとしても一流を目指すルートです。大規模な法務部門(社内に人材教育システムを備えている階層化された人事組織)ならば、その部門長も内部昇進が原則となりますので、できるだけ若く転身することが望ましく、会社からの留学・海外赴任制度を利用できることが望ましいです(部門長を狙うためにも、海外リーガルリスクへの対応力が求められます)。

 法務部門の立上げ(2)は、スタートアップ企業又は外資系企業に「ひとり法務部」的な立場で参画するリスクを取ったキャリア選択です。社内の上司にキャリアモデルを求めずに、事業規模が小さく、法務担当の業務が狭いうちから参加し、その後のビジネスの成長と共に自己の業務範囲も拡大されていく中で、マネジメントスキルも実戦の中で磨いていくことになります。留学帰りで、ディールを自らの判断で回せる年次になってから挑戦すべきポストです。

 法務専門職としての勤務(3)は、会社側のニーズというよりも、本人のプライベートの事情でタイミングが決定されて事例が積み重なってきたポストです。30歳代〜40歳代半ばまでは居心地がよくとも、「年下の上司」に仕えなければならなくなる頃から、自己のポストに不安定さを感じる人が増えてきます。

 

3 解説

(1) 大企業の総合職キャリア

 法律事務所のアソシエイトの中でインハウス志向が強い方は、(面接で志望動機を何と説明するかとは別に)本音ベースでは「ジョブ・セキュリティを求めて会社に入りたい」という思いが伺われます。そのため、「安定した大企業で先輩弁護士も多い先」を希望しがちです。ただ、優秀な法務人材が豊富な企業ほど、「部門長を目指した社内競争」は激しくなります(法律事務所におけるパートナーはフロント部門なので、売上げさえ立てられれば、いくらでも増員できますが、企業における法務部門長はひとりです)。

 年次が上がってからの入社ほど、「専門技能を備えた外人部隊」(意思決定ラインとは別)という位置付けにされてしまうので(後記(3)と同様に、40歳代後半以降のキャリアに難しさを抱えてしまうので)、できるだけ若いうちに転職するほうが「生え抜き」に準じる扱いを受けることが可能です。

 また、事業の成長戦略は、海外展開に描かざるを得ず、かつ、リーガルリスクは海外案件のほうが予測不能で大きくなる可能性が高いことから、「海外経験がない法務部門長」を想定することは事実上、不可能になりつつあります。そのため、会社からの社費留学か海外赴任の機会を得られる年次で転職できるのが理想です。

(2) 法務部門の立上げ

 多人数の法務部門を抱える日本の大企業においては、部門長を外部から招聘することはベストシナリオではありません(不祥事等で組織の再生が求められる場合を除けば)。部門長の役割も他部署との調整がメインとなるために、外部弁護士が(どれだけ法的センスが高くとも)いきなり管理職を務めること(およびその人事に社内的コンセンサスを得ること)は困難です。

 ただ、企業の事業規模が小さく、法務担当の役割が小さいうちであれば、「管理職経験」よりも、「外部弁護士としてのプレイヤー経験」があれば、(マネジメントを未経験であったとしても)「ひとり法務」をワークさせる実現可能性は高まります。そして、事業規模が拡大していく経緯を知り、社内の事業部門のキーパーソンとのコミュニケーションを取りつつ、調整業務を習い、また、アシスタントレベルから、自分の部下を増やしていくことで、段階的に、職務権限と責任を拡大するならば、(別に、マネジメント業務を教えてくれる上司がいなくとも)自己流のマネジメントスタイルを、実戦の中での試行錯誤を繰り返すことで確立していくことも可能です。

 この場合は(マネジメントスキルについては、入社後に磨くだけの時間的猶予が与えられるとしても)弁護士としてのプレイヤースキルを社内の経営陣又は事業部門のキーパーソンから疑われて「使えない奴」という烙印を押されてしまったならば、「実質的な相談抜きに法務部門としての承認だけを求められる」という立場に置かれてしまい、その汚名を返上する機会は与えられません。そのため、「プレイヤーたる弁護士としては一人前」と(多少のブラフを混じえたとしても)言える年次になってから挑戦すべきポストです。

(3) 法務専門職としての勤務

 実際には、上記(1)や(2)のように、「法務の部門長を目指してインハウスに転身する」というのは、インハウス志望者の少数派です。現実には、「大手事務所の激務から逃れたいので、労働法の保護の下で仕事をしたい」とか「中小事務所ではパートナーになれても、その先の将来展望を描けない」という事情から、「健康で文化的な生活」(さらに欲を言えば、通常の会社員よりも、弁護士資格によるプラスアルファの収入)を確保するための策として、インハウス転向が検討されます。

 また、一流の企業法務系事務所でOJTを積んだ弁護士に対しては、企業の側でも、自前で正社員にそこまでの教育を施すことはできないので、「外部弁護士に依頼するような感覚で、専属の業務委託先として内製化できたら、費用対効果に優れている」という判断に傾きがちです(ここでは、採用に際して「いずれは企業の意思決定の本流たる管理職ポストを明け渡さなければならない」というコストを支払う必要がない分だけ安上がりです)。また本人の側でも、転職に際しては、「責任あるポスト」を求めていないため、ニーズは合致します。

 ただ、この蜜月関係は、社内における法務部門の世代交代によって崩れるおそれがあります。採用時の法務部長は、自らが採用した社内弁護士を尊重していても、後任の部長が「新たに自らのカラーを前面に出したチームを作りたい」と考えた場合には、「前任者が雇った専門職」の存在が意に沿わないリスクも存在します。「年上の専門職部下」を扱いにくいと感じられてしまうこともありますし、「より年俸の安い若手弁護士に入れ替えること」に予算管理上のメリットを見出す部長も存在します。そのため、「労働法上、ジョブ・セキュリティがある」という法律上の地位を得たからといって、依頼者(上司たる法務部長)がひとりに固定され、かつ、その上司の交代は、会社人事によって(自分の知らないところで)決定される、というキャリア形成上のリスクから逃れられるわけではないことは認識しておかなければなりません(マネジメント経験を積んでいれば、子会社・関連会社への天下り的な出向も選択肢になりますが、専門職にはそのようなキャリア展開も期待しづらくなります)。

以上

 

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