◇SH1347◇弁護士の就職と転職Q&A Q12「一般民事から企業法務に転向できるのか?」 西田 章(2017/08/21)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q12「一般民事から企業法務に転向できるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 司法試験の合格発表がなされると、中小の法律事務所の採用活動が本格的に始まります(1人しか採用しない事務所は、合否不明の受験生に内定を出すことが難しいからです)。第一志望の企業法務系事務所からは内定を得ることができなかった合格者の中には、次善の策として「一般民事系の事務所にいくべきか?それともインハウスになるべきか?」を悩む者も現れてきます。そこで、今回は、「一般民事系の事務所から、企業法務系の事務所への移籍可能性」をテーマに取り上げてみます。

 

1 問題の所在

 新人弁護士にとっては、1年目に得られる経験は(企業法務系よりも)一般民事系のほうが大きくて、成長も早いかもしれません(ここで、「企業法務系」とは、企業を主たる依頼者として法律業務を行なっている事務所を想定しており、「一般民事系」とは、個人依頼者を幅広く受け入れている事務所を想定しています)。一般民事では、1年も経てば、ひとりで依頼者から相談を受けて、相手方との交渉や訴訟期日にもひとりで出頭することも増えてきます。しかし、若手弁護士の中には、個人依頼者のむき出しの感情を受け止めなければならない役割を演じるのに疲れてしまったり、特定の法分野の専門性を追求したいと願って、企業法務への転向を希望する者が現れてきます。

 ただ、企業法務系の法律事務所の中途採用の公募にアプライしても、その多くは、書類選考の段階で門前払いされてしまいます。残念ながら、これは「自分の手足としては、若い頃の自分のような(似たような経歴を有する)アソシエイトを使いたい」という、パートナーの「度量の狭さ」や「想像力の欠如」に起因しているものである、と私は考えています。

 このように転向希望が叶わないことのほうが多く見られることは確かですが、一部では、一般民事から企業法務への転向も成功しています。それは、どのようなケースでしょうか。

 

2 対応指針

 一般民事から企業法務への転向は、①学歴や司法試験の成績が特に優れていた若手が、第二新卒的にポテンシャル採用される場合、②中央省庁や企業での勤務を間に挟んで、その勤務経験を評価された場合、③委員会活動や訴訟案件等で個人的に自分を知ってくれている先輩に縁故採用してもらう場合、などに成功しています。一般民事で鍛えた「弁護士としての足腰」は、採用選考の場面では評価対象外とされてしまってもやむを得ないかもしれません(「採用されてしまえば、企業法務でも必ず役に立つものである」との思いは心に秘めておいて)。

 

3 解説

(1) 第二新卒的なポテンシャル採用

 企業法務系の事務所においては、「個人依頼者の相談を受ける経験を積んでも、企業依頼者とのコミュニケーションスキルが身に付くわけではない」と考えられています。そのため、一般民事系の事務所において、相談件数や訴訟件数を積み重ねても、企業法務系の事務所の「即戦力」の対象にはなりません。

 他方、「新人と同様に一から育てる対象」であるならば、一般民事系の事務所のアソシエイト又はイソ弁を排除する理由はありません。むしろ、「一般民事系の事務所での経験年数は短いほうが(可塑性があって)いい」と考える傾向も見られます(「なぜ、早期に転職したいのか?」という質問に対して納得できる理由があることが条件となりますが)。

 「伸びしろ」を期待しての採用選考になりますので、ここでは、新卒採用と同様に、学歴・学業成績・司法試験の順位で「地頭の良さ」や「素材としての資質の高さ」が問われることになります。これら学歴や成績等で、特に採用担当パートナーの目を引くものがあれば、「一度会ってみよう」という判断につながります。面接にさえ進むことができれば、一般民事での事件経験を語ることで、本人には、ストレス耐性や人間力があることをアピールする機会が与えられます。

(2) 中央省庁や企業勤務

 中央省庁(例えば、消費者庁等)の任期付き任用や企業では、一般民事系の弁護士業務経験をプラス評価して採用してくれることがあります。

 前述のとおり、「一般民事系事務所→企業法務系事務所」という直接の転向が難しいとしても、「一般民事系事務所→中央省庁/企業」という経歴を得ることができれば、わらしべ長者的に、「中央省庁/企業→企業法務系事務所」という「次の転向」を期待することはできます。

 この「次の転向」が実現するかどうかは、(新卒採用先の一般民事の経験が問われるのではなく)「中央省庁又は企業での勤務において外部弁護士の専門性としても有益な知識や人脈を得ることができたかどうか?」に依存することになります。

 中央省庁でいえば、法律改正等に関与することで、改正法等の解釈指針に関するノウハウを「売り」にして企業法務系の事務所に受け入れてもらうのが典型例です。また、企業であれば、ITやヘルスケア等の専門性が高い業界で、外部弁護士では理解しがたい製品・サービスに関する専門的知識や人脈を得たことを転職活動でプラス評価してもらえることがあります。

(3) 縁故採用

 一般民事系の事件を扱う弁護士が、企業法務系よりも、弁護士としての能力や胆力において劣っているわけではありません。ただ、企業法務系の事務所の採用担当パートナーは「自分とまったく違う経歴を歩んだ後輩弁護士ができるかどうかなんて書面を見てもわからない」ために、一般民事の経験を評価することができません。そのため、公募では、この溝を埋めることができません。

 他方、弁護士会の委員会や派閥の活動等において「書類で見るよりも前に、その働きぶりを自分の目で直接に知っている若手」であれば、企業法務系の事務所のパートナーが、一般民事系の事務所のアソシエイトを高く評価することはありえます。現実にも、委員会活動での「雑巾がけ」的な仕事が先輩弁護士から評価されて、企業法務への転向が実現した事例もあります。また、訴訟案件における仕事振りが、相被告や相手方の代理人を務める先輩弁護士に対して「こいつは仕事ができる」という好印象を与えていることもあります。若手弁護士は、転職を視野に入れたとしても、現職での日々の業務を精一杯にこなすことが、実はもっとも効果的な転職活動であることを認識しておかなければなりません。

以上

 

 

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