◇SH2331◇証明責任規範を導く制定法に関する一考察――立法論を含めて(2) 永島賢也(2019/02/13)

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証明責任規範を導く制定法に関する一考察
―立法論を含めて―

第2回

 

3 法典論争後の民事訴訟法の改正について

  1. (1) では、民事訴訟法の方は、どうなったのであろうか。民事訴訟法修正案については「旧民法証拠編に規定されていた民事訴訟法に規定されなかった証拠法規定が(明治民法においてもはや証拠法規定が定められなかったため)民事訴訟法の中に置かれ、その整備が意図されるようになった」という[1]
     
  2. (2) 確かに、民事訴訟法案(法典調査会第二部起草)の305条には「当事者は自己に利益なる事実を証することを要す」という定めがあり、また、民事訴訟法改正案-旧法典調査会案(明治36年)の311条にも「当事者は自己に利益なる事実上の主張を証すべし」という定めがある[2]。いずれも、証明責任に関わる一般的(包括的)規定であり、訴訟当事者の一方に自己に有利な法律効果の発生を導く法律要件に該当する主張事実につき、その証明を要求している。したがって、有利不利の判断を見誤らない限り、みずから主張した事実が真偽不明に陥れば、当該事実を要件とする法律効果が認められないという不利益をその当事者が負うことになる。これは証明責任規範を導く条項である。
     
  3. (3) ところが、その後、民事訴訟法改正起案会決定案には、かような条項は見当たらなくなっている。この点、旧法典調査会案(明治36年)に対する各地の裁判所、弁護士会の意見等を集録した資料が参考になる。民事訴訟法改正案修正意見類聚である[3]。この中に「(甲府弁)311条を削除すること」というコメントがある[4]。おそらく当時の甲府弁護士会が証明責任規範を定める311条の削除を求めたものと思われる。その理由は記されていない。そして、そのまま1929年に民事訴訟法が施行されたが、証明責任の所在に関する規定は定められていない。
     
  4. (4) このような経過やその結果に鑑み、証明責任規範を導く立法について、現在、それをどのように評価するのがよいのであろうか。

4 証明責任規定の欠缺について

  1. (1) 証明責任規定について、春日偉知郎「証明責任論の一視点」[5]は、石田助教授(当時)の研究に依拠しながら次のように述べる。すなわち、証明責任規定の欠缺を指摘している。
     
  2. (2) 「以上のように、立法者は、民法典の編纂にあたり証明責任を問題とせず、これを全面的に民訴法に委ねた。だが、その後、民訴法中に証明責任規定を組み入れることは遂に実行されなかった。従って、包括的な証明責任規定は存在せず、個別的に証明責任の分配を定めた規定があるにすぎない。多くの場合、証明責任の規定は欠缺している。また、証明責任に関する立法者意思を探ることにより、証明責任論の指針ないしは証明責任分配の規準を得ようとすることも不可能である。これらの点は、石田助教授が指摘されるところである。」「西ドイツにおいては、包括的な証明責任規定は不完全な形をとって存在するが、わが国においては、それすら存在しない。従って、証明責任規定の欠缺が明らかである以上、これを充足する必要がある。」[6]
     
  3. (3) 確かに、証明責任規範に関する規定の欠缺は否めず、かかる欠缺を補充する必要がある。しかしながら、わが国では、長年、このような欠缺がありながら、主張された事実が真偽不明に陥った場合、どうして、実体法の適用も不適用もどちらも判断できないという両すくみになるという事態が避けられて来ているのであろうか。いったい、何が証明責任規範の欠缺を補充しているのかが問題になる。

5 法規不適用の原則について

  1. (1) それは、我が国の民事裁判実務が「法規不適用の原則」を採用してきているからである。この原則は、実体法は、その要件事実の存在が認められたときにはじめて適用されるのであり、要件事実の不存在が認められたときはもちろん、真偽不明のときにも適用されない、とする原則である[7]。証明責任論は我が国では昭和40年代末から大きな論争に入ったが、それまでの証明責任論はドイツのレオ・ローゼンベルク(Leo Rosenberg)教授の学説に支配されており、同教授の説は規範説と呼ばれている。この説の根幹には法規不適用の原則があった[8]
     
  2. (2) この規範説は、実質的な考慮を排し、あくまで各個の法条の表現形式(たとえば本文と但書など)と法条適用の論理的順序にこだわるが[9]、我が国では、この規範説によりつつも実質的な考慮もするという法律要件分類説[10]が通説とされる。この法律要件分類説(兼子理論)は、実質的考慮をしながら規範説と結果として同じようなことを説いたという特色をもつ。
     
  3. (3) しかしながら、この「法規不適用の原則」の考え方には飛躍があるように思われる。というのは、実体法は、法律要件が存在しているときに法律効果を発動させる、逆に、存在していなければ発動させないと理解すべきであり、そうだとすれば法律要件が存在するか不存在であるか不明である場合には、法律効果も発動させてよいか発動させない方がよいのか、実体法自身から直接には出てこない[11]からである。そういう意味で、法律要件の真偽不明を直ちに実体法の不適用という帰結に結びつけるのには疑問があるところである。
     
  4. (4) 上述のように、改正民法117条は、条文上、無権代理人の責任を免れるには自己の代理権を証明しなければならないことを定めているが、他方、本人の追認を得たことについてはその証明を求めていない。本人の追認を得たことについて真偽不明に陥ったとき、無権代理人の責任が発生するかどうかについては、やはり、この実体法規からは導くことはできないはずである。

6 欠缺の補充について

  1. (1) では、法規不適用の原則は、上述の飛躍という問題をかかえつつも、結果としては証明責任に関する規定の欠缺を埋めることはできているのであろうか。
     
  2. (2) 法律の定めは要件と効果という形(準則あるいはルールという形式)を採っていることが多く、ある法律要件に該当する事実が認められれば、それに対応して法律効果が発生するとされている[12]。法律要件に該当する具体的事実を主要事実と呼ぶ。法規不適用の原則のもとでは、当事者の主張する主要事実が証明されれば法律効果が発生し、逆に証明されなければ法律効果は発生しない。この原則によって、主張事実の真偽が不明に陥ったとしても、それが証明されていないことには変わりはないので、法の適用が否定され、法律効果は発生しないという帰結が導かれる。したがって、法規不適用の原則は証明責任規定の欠缺を埋めていると言える。
     
  3. (3) ところが、奇妙なことが起きている。というのは、実体法は、上述のとおり、通常、真偽不明の場合に法を適用するかしないかについては何も語っていない(いわば白紙の状態である[13])。他方、実体法は、当事者の主張が事実に反する場合、すなわち、確定的に偽であると判断できる場合、法規の適用を否定している。にもかかわらず、法規不適用の原則は確定的に偽と言える場合にも適用されている。当事者の事実主張が確定的に偽と判断できる場合は、証明できなかったという場合に含まれることになるからである。
     
  4. (4) つまり、法規不適用の原則では、主張された事実が証明されたか、または、されなかったかが区別されれば足りるため、証明されなかった以上、さらにそれが、確定的に偽なのかそれとも真偽不明なのかを区別することに意義を見出せないのである[14]。したがって、法規不適用の原則のもとでは、真偽不明という概念は消失してしまうか、少なくとも無用[15]のものになるであろう。こうして、確定的な偽も真偽不明も、証明されなかったという概念に一括りにされてしまうのである[16]
     
  5. (5) ここでは、実体法が法規不適用の原則によらなくとも導くことができる結論をわざわざ[17]法規不適用の原則を通じて実現しているとも言える。確定的な偽の場合、実体法の不適用と法規不適用の原則が二重に重なってしまうのである。そういう意味では、法規不適用の原則は証明責任規定の欠缺を埋めて余りある。

 


[1] 松本博之ほか編著『日本立法資料全集43 民事訴訟法〔明治36年草案〕(1)』(信山社、1994年)4頁。

[2] 松本博之ほか編著『日本立法資料全集10 民事訴訟法〔大正改正編〕(1)』(信山社、1993年)68頁。

[3] 松本ほか・前掲注[2] 11頁。

[4] 松本ほか・前掲注[2] 211頁。

[5] 判例タイムズ350号(1977年)123-124頁。

[6] なお、ローゼンベルクも前掲書にて、ドイツにおいて証明責任についての包括的規定が設けられていないことを指摘して「So erwächst der Wissenschaft die Aufgabe, die Lücke auszufüllen(それゆえ欠缺を埋めるという学問の課題が生まれる)」と述べ、これを「Lücke(欠缺)」と表現している。

[7] 高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)〔第2版補訂版〕』(有斐閣、2013年)519頁、539頁。新堂幸司監修『実務民事訴訟講座 第3期(5)』(日本評論社、2012年)29頁。

[8] 高橋・前掲注[7] 519頁。

[9] 新堂幸司『新民事訴訟法〔第5版〕』(弘文堂、2011年)612頁注(1)。

[10] 高橋・前掲注[7] 541頁。なお、実体法の趣旨や価値判断など実質的観点から法律要件の分類を修正するという考え方を修正法律要件分類説と呼ぶ場合もある。

[11] 高橋・前掲注[7] 519頁。

[12] 準則形式以外にも、当該法律の目的を定めるものや、解釈基準を定める法文もある。

[13] 本来、この白紙の部分を埋めれば足りるはずである。

[14] 永島賢也「要件事実論の憂鬱」日本大学法学紀要第56巻(2014年)。

[15] 真偽不明概念がなくなれば、真偽不明を前提とする証明責任(論)も無用になる。

[16] さらに言えば、主張事実が立証されたか、立証されなかったかが不明になる、ということはないので(真偽不明ではなく、いわば証明不明という事態に陥ることはないので)、そもそも、証明責任が対処しようとした真偽不明という事態自体がなくなってしまう。つまり、法規不適用の原則を採用すれば、証明責任概念は不要になる。真偽不明への対処が不要になるからである。

[17] 制定法が解決できる点を、制定法ではない原則が解決していることになる。法規不適用の原則は法律を超えて適用されていることになる。

 

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