◇SH2450◇Brexit―交錯かつ分化する政治・社会・法律を踏まえての企業活動―(2) 大間知麗子/土屋大輔(2019/04/03)

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Brexit
―交錯かつ分化する政治・社会・法律を踏まえての企業活動―

第2回

伊藤見富法律事務所
弁護士 大間知 麗 子

ブランズウィック・グループ
土 屋 大 輔

 

2. Brexitの社会的背景

 筆者の一人は1990年代末に留学生としてイギリスの大学院で欧州政治経済学を学んだ。当時、EU離脱についての国民投票などを主張をする勢力は、右派・左派ともに存在しなかった。仮に国民投票を実施するとすれば、イギリスがEUから離脱するか残留するかではなく、単一通貨のユーロに英国が加盟するか否かということについての投票の可能性の方がはるかに高かった。20年弱の間に一体何があったのか。

(1) なぜBrexitを決めたのか?

 Brexitが選択された社会的背景には、多くの要素が当然考えられる。

 一つは、EUの前身である欧州共同体(EC)に加盟をした1970年代と、40年後の現在のイギリスの経済的な立ち位置の違いが挙げられる。ECに加盟した当時は「英国病」と呼ばれた経済の停滞に苦しみ、欧州市場へのより良いアクセスを意味するEC加盟をそこからの脱却の切り札としたかったイギリスは、1980年代以降の構造改革と、金融センターとしてのロンドンの成長などに支えられ、2014年にはG7一の経済成長を示すほどの復活を遂げるまでになった。イギリスはEUに頼らずとも繁栄を続けられるという自国の経済力に対する自信、少なくともEC加盟当時にはなかった自信が、Brexitにつながったひとつの要素といえる。

 また、ECに加盟した当時、これに賛同した英国の政治家の多くは、あくまで経済面での統合に参画したのであって、その後EUが目指すようになった社会・政治・さらには安全保障面などにおける統合までを意図したものではなかったとされている。「約束が違う」といった不満が沸々と募っていた、ということもあろう。

 しかし果たして、そのような要素だけであろうか。前述の通り、1990年代末であっても、EU離脱の動きなど存在しなかった。中道左派を取り込んだ「新労働党」のブレア政権が誕生した1997年と、EU離脱が決まった国民投票の前年の2015年に行われた英国の総選挙の際の世論調査と選挙結果を比較し、英国世論における関心事項の変化と、それを引き起こしたものは何かを見ていきたい。

(2) 国民の関心事項のキーワードは「教育」と「移民」

 ① 1997年4月のIpsos Moriの世論調査

   1. 公的医療サービス 63%
   2. 教育       54%
   ……
   5. 移民         3%

 1997年5月総選挙直前の4月の世論調査で英国民がもっとも関心を寄せたのは公的医療サービスであったが、ここで注目したいのは、2番目の「教育」である。54%もの国民が関心事項として教育を挙げていた。「移民」については、たった3%の国民が問題提起をしたに過ぎず圏外にあったといえる(これについては後述する。)。

 これは筆者の個人的見解であるが、「教育」に対するこれだけの問題意識は、サッチャー政権以降の経済的繁栄と公的支出削減の時代を経て、格差の問題をはじめとする社会問題への対処の在り方として、次世代の教育を充実させることから変えていこう、いわば「内」から変化を望む中間層の声がここに表れていたのではないだろうか。事実、主要政党がいずれも教育をマニフェストの主要テーマとして取り上げた同年5月の総選挙において勝利したのは、「第三の道」を掲げて従来の労働組合を中心とした左派に加えて中道左派をも取り込む形で273議席から418議席まで大幅に議席数を伸ばした労働党のブレア党首だった。また、大学関係者を含む教育関係者を重要な支持母体とする中道政党の自由民主党も、18議席から3倍近い48議席まで大躍進を遂げた。このように1997年の選挙は「内」からの変化を望む中間層の勝利だったといえよう。

 ② 2015年3月のIpsos Moriの世論調査

   1. 移民       45%
   2. 公的医療サービス 38%
   ……
   5. 教育       20%

 これに対し、2015年5月総選挙直前の3月の世論調査では、英国民がもっとも関心を寄せたのは「移民」問題であった。1997年にはたった3%であったが、2015年には45%もの国民の関心事項となった。一方「教育」は、54%から20%にまで低下した。社会問題への対処の在り方として、教育を通じた「内」からの変化を求める声よりも、移民という「外」に原因を求める声が高まった現れとしてとらえることができる。同年5月の総選挙で主要政党はいずれも移民問題をマニフェストの主要テーマに取り上げ、中でもEU離脱の国民投票を公約に掲げた保守党は306議席から330議席に伸ばして勝利し、他方、中道政党の自由民主党は57議席から8議席にまで減らすという壊滅的な大敗北を喫した。258議席から232議席まで議席を失った労働党はミリバンド党首が辞任し、党内左派で鉄道、郵便、電力、水道などの国有化を主張するコービン党首が誕生した。このように、保守党が更に右へ、労働党は更に左へ、そして中道政党の自民党が没落し、中間層の声の受け皿がなくなった状態で迎えたのが2016年のEU離脱の国民投票であった。

 

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