◇SH2968◇弁護士の就職と転職Q&A Q102「『即レスとフルコミット』を求める依頼者に尽くすべきか?」 西田 章(2020/01/20)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q102「『即レスとフルコミット』を求める依頼者に尽くすべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 予約に遅れないようにと美容院に駆け込んだところ、指名した美容師がマイペースで他の客と談笑して接客を続けている姿を見かけました。一瞬、嫉妬にも似た感情が芽生えて、「美容師を変えるか?」という発想が頭に浮かびましたが、店内を見渡して、ブラブラしている美容師が目に入ったときに、「では、暇な美容師に依頼したいのか?」と自問することで冷静さを取り戻すことができました。「自分にフルコミットしてくれる美容師」ではなく、「一流で忙しい美容師が自分を優先的に対応してくれる状態」を求めていたことに気付けたからです。

1 問題の所在

 SNS上の議論として、クライアント視点から「即レス」や「フルと思わせるようなコミット」を求める意見に賛同が集まりましたが、経験豊富なM&A弁護士からは(社員と外部アドバイザーとの役割分担を前提として)「外部アドバイザーに求められるのは、他社事例やマーケットスタンダードに関する知見ではないのか」という問題提起がなされました。

 「プロであれば、私生活を犠牲にしてでも仕事に打ち込むべき」という思想は、(「働き方改革」の流れにはそぐわないものですが)今でもプロフェッショナル・ファームにおいては根強い支持を得ています。ただ、どれだけ私生活を犠牲にしても、複数のクライアントを抱えていれば、「どのクライアントの依頼から手をつけるべきか?」という問題を避けることはできません。また、「クライアント=パートナー」というアソシエイトの立場からは、規模が大きな事務所では、「どのパートナーの案件から先に対応するべきか?」という悩みを抱えることになります(本稿の題名を「『即レスとフルコミット』を求めるパートナーに尽くすべきか?」と読み替えた問題が存在します)。

 傾向としては、「キーキー鳴るタイヤほど油を差してもらえる」のことわざのとおり、依頼者からのプレッシャーが強い案件への対応が優先されがちです。ただ、どんな相談でも「URGENT」や「ASAP」を簡単に付してくる依頼者もいますし、即日の回答を求める担当者の意図が、翌朝の社内会議での報告の体裁を整えたいだけ、ということもあります。

 アソシエイトとしても、「ディマンディングなパートナーに尽くすこと」が所内での生存率を上げるための模範解答とは言えません。浪花節的に「自分に尽くしたアソシエイトを昇進させてやりたい」と考えてもらえたら救われるのですが、自分の稼働時間を最も多く捧げたパートナーから低い評価を受けてしまって、恨みながら転職していくシニア・アソシエイトの事例も存在します。

 本人がどこまで意識しているかに関わりなく、日々の業務において、誰の仕事から取り掛かるか、その仕事にどこまでの時間をかけるべきか、という選択自体が、クライアント(パートナー)に優先順位を設定する行為を兼ねていることになります。

2 対応指針

 弁護士の成長は、「目の前の案件に全力を尽くす」ことでしか得られないとしても、そのキャリアを数十年という期間で捉えた場合に、同じクライアントからずっと食わせてもらうことを目指してしまうと、閉塞感が生まれます。自分が担当する業務を好きになる努力は無駄になりませんが、気が合わないクライアントに尽くしていたら、いずれは疲弊してしまい、精神衛生を損なうリスクが懸念されます。

 ジュニア・アソシエイト時代には、パートナーに対して「アベイラビリティ」を売りにして経験値を稼ぐことが重要ですが、シニアになるに従って(特定クライアント内よりも)マーケットにおいて自己の専門性を評価されることを目指したいところです。

 大規模な事務所には、多数のパートナーがいて、多種多様な案件を扱っていることは魅力的ではありますが、所詮、いちアソシエイトの立場で、コミットできる範囲は限られてしまいます。その意味では(事務所のブランドイメージや規模ではなく)中小事務所でも「このパートナーの下で働きたい!」と思える先輩弁護士がいる先を選ぶというキャリア選択の方法には一理あると言えます。

3 解説

(1) クライアントとの主従関係

 かつての「弁護士=特権階級」という、依頼者を見下すような偉そうな姿勢に対しては、大いなる反省が求められますが、「弁護士業はサービス業であるから、依頼者の満足度を高めるために媚び諂うべきである」というのも行き過ぎです。

 私は、自分がジュニア・アソシエイト時代に、クライアントにきちんと物を申してくれるパートナーの下で働かせてもらえたことはとても幸運でした。クライアントから即時の回答を求める要請に対しても、1年生である自分がリサーチに要する時間を考慮して、期限の延期を求めてくれました。パートナーが、クライアントの機嫌を損ねるリスクを負いながらも、アソシエイトを守ってくれた姿勢には、深く感謝しています(そして、パートナーに確固たる専門性(本件ではタックス)があることが、そのような毅然とした態度を支えていたのかもしれない、と思いました)。

 もちろん、クライアントが求める時間軸で対応することは必要ですが、アベイラビリティを売りにするだけでは、いずれ、より若い世代に仕事を奪われてしまう危険があります。ジュニア時代には、アベイラビリティを売りにして、「クライアントたるパートナー」から事件を振ってもらいながらも、次第に、その経験を通じて、「他の弁護士よりも質的に優れたアドバイス」をできるようになることを目指さなければ、職業人としての満足度を高めることはできません。

(2) マーケットにおける評価

 「企業法務は一般民事よりも面白い」という説を支える主要な理由のひとつに、「クライアントの法的リテラシーが高い」「よい仕事をすることができたときに、その仕事の質の高さをクライアントにも理解してもらえる」というのがあります(料理人が「舌の肥えた評論家から高い評価を得たとき」に感じる職業的満足に近いものです)。

 企業法務でも、顧問契約や総会対策であれば、クライアントが翌年も依頼を継続してくれることが信頼の証になりますが、倒産/事業再生やM&A案件などは、必ずしも、ひとつのクライアントがリピートで同種案件を依頼してくるわけではありません。それでも、法的整理の場面で言えば、東京地裁民事8部や20部の専門部において、事件のトラックレコードが蓄積しており、良いパフォーマンスが挙げた弁護士が、今後の事件の管財人や監督委員の候補に名を連ねることになります。

 また、M&A案件についても、当事会社が買収を繰り返さないとしても、フィナンシャル・アドバイザーを務めたコンサルティング会社において、「この弁護士はリーガル・アドバイザーとしてよい仕事をする」と覚えてくれたら、次の仕事の紹介にもつながります(逆に言えば、パフォーマンスが悪いと評価されてしまうと、次回の候補から外されてしまいます)。

 日本においては、まだ弁護士ランキングにはイベント的要素が強く、ランキングを用いて事務所選択をするほどの信頼度は認めにくいように思われますが、今後、企業や弁護士がランキング形成のための情報提供への協力を深めて、印象論を超えて、具体的案件におけるパフォーマンスをベースにした評価がなされるようになれば、弁護士の専門性を評価する有益な指標になってくるかもしれません。

(3) 所内政治を回避するキャリア

 弁護士のキャリア形成的には、若いうちに、幅広く色々なクライアントの案件に従事することが有益であるとしても、事務所経営的には、クライアントのニーズに応えるべく、大型のディールや不祥事調査案件には、タイトなスケジュールに即した迅速な処理が求められるために、アソシエイトをフルにコミットさせる傾向が強まっています。これまで部門制がなく、すべてのパートナーから事件を受けられる自由度を売りにしていた大手事務所でも、セクション制度の導入が発表されているのも、その流れを示すもののように思われます。また、大手事務所には、部門別に新卒採用を行っている先もあります。

 このような流れを見ると、「事務所全体の守備範囲として幅広い事件を受けていること」は、「実際に入所した一アソシエイトの守備範囲が広いこと」を意味しないこと(むしろ、大規模事務所のほうが、専門性を高めるために業務を分業化しやすいこと)に改めて気付かされます。

 「大規模な事務所に入っても、所詮は配属された部門の仕事しかしない」のであれば、当初から、「この先生について行きたい」と決めたパートナーがいる中小事務所に入ったほうが納得感のあるキャリア選択ができる、という説にも説得力が増して来てきます。

以上

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