知財高裁、「envie CHAMPAGNE GRAY/アンヴィシャンパングレイ」
からなる商標が商標法4条1項7号に該当するとした事例
岩田合同法律事務所
弁護士 小 西 貴 雄
本件は、「envie CHAMPAGNE GRAY」の欧文字と「アンヴィシャンパングレイ」の片仮名を上下二段に書してなる商標(下記に記載の商標。以下「本件商標」という。)について、知財高裁が、商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するという判断を示した事例である。
(1)裁判所の判断
知財高裁は、フランスにおける「シャンパン」に対する保護の内容について、「シャンパン」という名称がフランスで法律上指定され、原産地統制名称として保護されていること、公立行政機関が定める諸生産条件を満たすぶどう酒のみが「シャンパン」の名称を使用する権利を有することとされ、厳格な品質管理・統制が行われる一方でその生産者が保護されていること、被告はシャンパーニュ地方産ワイン製品の専門的利益を防禦するための法人でありフランス国内外で「シャンパン」の名称を保護するための活動を行っていること、といった事実を認定した。その上で、「シャンパン」の表示及びその対象がフランス国民の文化的所産というべきものであり、これらの文字を含む本件商標を使用することは、フランス国民の国民感情を害し、日本とフランスの友好関係にも好ましくない影響を及ぼしかねないものであり、国際信義に反すると述べ、商標法4条1項7号該当性を肯定した。
また、「シャンパングレイ」という語が一体不可分の構成となって色彩を表す表示となっているという原告の主張に対しては、「シャンパングレイ」が一体不可分で色彩を表示する語として広く一般に認識されていると認めるに足りる証拠はなく、むしろスパークリング・ワインとしてのシャンパンを想起させることによって比喩的に色彩を表現しているものであると述べ、原告の主張を退けた。
(2)検討
特許庁が定める商標審査基準は、商標法4条1項7号に該当する場合の一類型として、「特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合」を挙げている。この点、知財高裁は、「国際信義に反する場合」の該当性について、①商標の文字・図形等の構成、②指定商品又は役務の内容、③商標の対象がその国において有する意義や重要性、④日本とその国の関係、⑤商標登録を認めた場合にその国に及ぶ影響、⑥商標登録を認めることについての日本の公益、⑦国際的に認められた一般原則・商慣習等、といった要素を考慮して判断すべき旨を述べている(知財高判平成18・9・20LLI/DB判例秘書L06120328)。
本件では、以上の考慮要素のうち、特に③乃至⑤の点について詳細な事実認定を行い、本件商標は国際信義に反するとの結論を導いた。「シャンパン」の表示がフランス及びフランス国民の文化的所産になっており、登録商標においてこれを使用することがフランス国民の国民感情を害し得ることは、知財高判平成24・12・19判タ1395号(2014)274頁(「シャンパンタワー」の文字を含む商標の無効審判の取消しが争われた事案)でも判示されている。
他方、本件で原告は、本件商標は「シャンパングレイ」という不可分一体の構成となって色彩を表す表示であり、商標法4条1項7号に該当しないと主張している。この主張は、「シャンパンゴールド」の文字を含む商標について、「シャンパンゴールド」の文字は不可分一体の色彩を表す語として把握されるものであり、シャンパンの名声及び信用にフリーライドするものやこれを希釈化させるものには該当しないとして、商標登録を維持すべきものと判断した審決(事件番号:異議2005-90598)を踏まえた主張である。これに対し、本件で知財高裁がこの審決と異なる結論を導いたのは、化粧品等の各種商品に採択される色彩の一つに「シャンパンゴールド」と称される色彩が存在し、当該色彩を表す語として「シャンパンゴールド」の文字が普通に使用されているという実情があるのに対し、「シャンパングレイ」の語が(原告自身も認めるとおり)ほとんど原告のカラーコンタクトレンズにおいて使用されているにすぎないという違いによるものと推察される。
(3)まとめ
前掲知財高判平成18・9・20LLI/DB判例秘書L06120328や本件により、登録商標において「シャンパン」の語を使用することが原則として商標法4条1項7号に該当することは、知財高裁において確立した裁判実務になりつつあると考えられる。この点、知的財産権の重要性がますます高まりつつある昨今の国際情勢においては、「シャンパン」に限らず、特定の表示について国や地方公共団体が法的保護を与える事例が増加することが予想される。他国に由来する世界的に著名な表示が、当該国において公益目的の保護を受けている場合、当該表示を商標で使用することについては、慎重に検討する必要があるものと思われる。
以 上