◇SH0091◇最一小判 平成26年6月5日 損害賠償等請求及び独立当事者参加事件(山浦善樹裁判長)

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 1 本件は、再生債務者であるXが、その支払停止の前に、販売会社であるY銀行から購入し、同銀行に管理を委託していた投資信託受益権(以下「本件受益権」という。)につき、支払停止の後、再生手続開始の申立て前に、信託契約の一部解約がされたとして、Y銀行に対し、その解約金(以下「本件解約金」という。)の支払等を求める事案である。再生債権者であるY銀行は、Xに対する本件解約金の支払債務(以下「本件債務」という。)の負担が、民事再生法93条2項2号にいう「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たるとして、本件債務に係る債権を受働債権とする相殺を主張している。

 2 事実関係の概要等は、次のとおりである。

 本件受益権に係る投資信託は、投資信託委託会社と信託会社との間で締結された信託契約に基づいて設定されたものであり、投資信託委託会社は、販売会社であるY銀行に対し、その募集販売を委託していた。

 Xは、Y銀行との間で、投資信託受益権の管理等を委託する契約を締結した上で、平成19年3月までに、Y銀行から本件受益権を順次購入した。

 上記信託契約等によれば、Xが本件受益権について解約を申し込む場合、XがY銀行に対して信託契約の一部解約の実行の請求(以下「解約実行請求」という。)をすると、その旨の通知がY銀行から投資信託委託会社に対してされ、投資信託委託会社が信託契約の一部を解約すると、その解約金が信託会社からY銀行に振り込まれ、Y銀行はこれをXに支払うこととされていた。また、Y銀行は、平成19年1月以降、本件受益権を振替投資信託受益権として管理していたが、Xは、本件受益権につき、原則として自由に他の振替先口座への振替をすることができるものとされていた。

 Xは、平成20年12月、支払を停止し、Y銀行もその事実を知った。

 Y銀行は、平成21年3月、債権者代位権に基づいて、XがY銀行に対して行うものとされている本件受益権の解約実行請求を代位行使し、投資信託委託会社に対し、その旨通知した。これにより、信託契約の一部が解約され、信託会社からY銀行に本件解約金が振り込まれた。Y銀行は、Xにつき再生手続開始の申立てがされる前に、Xに対する保証債務履行請求権を自働債権、本件債務に係る債権を受働債権として、これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下「本件相殺」という。)。

 3 1審は、本件債務の負担が、民事再生法93条1項3号本文にいう「支払の停止があった後に再生債務者に対して債務を負担した場合」に当たるとした上で、同条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たらず、本件相殺は許されないとして、Xの請求を認容したが、原審は、本件債務の負担が、同号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たるから、本件相殺は許されるとして、Xの請求を棄却した。

これに対し、本判決は、①本件受益権に係る解約実行請求は、YがXの支払停止を知った後にされたものであること、②Xは、本件受益権につき、原則として自由に他の振替先口座への振替をすることができたこと、③Yが本件相殺をするためには、他の債権者と同様に、債権者代位権に基づき、Xに代位して解約実行請求を行うほかなかったことがうかがわれることなどを指摘した上、本件債務の負担が、民事再生法93条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たるとはいえず、本件相殺は許されないとして、原判決を一部破棄し、Y銀行の控訴を棄却した。

 4 最一小判平18・12・14民集60巻10号3914頁は、振替制度導入前の投資信託(MMF)に係る受益者の販売会社に対する解約金支払請求権の差押えの可否が問題となった事案において、販売会社は、受益者に対し、解約金の交付を受けることを条件としてその支払義務を負うとしている。これによれば、同様の仕組みにより発生する本件債務は、XがY銀行から本件受益権を購入し、その管理をY銀行に委託したことにより、Y銀行が解約金の交付を受けることを条件としてXに対して負担した債務であるということができ、本判決もこれを前提としているものと考えられる。そして、民事再生法93条1項1号と同様の規定である旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの)104条1号にいう「債務の負担」は、停止条件付債務の場合には条件が成就したことをいうとされていることからすると(最一小判昭47・7・13民集26巻6号1151頁参照)、本件債務の負担は、民事再生法93条1項3号本文にいう「支払の停止があった後に再生債務者に対して債務を負担した場合」に当たり、原則として本件相殺は許されないものと考えられよう。そこで、本件ではXによる本件受益権の購入やY銀行への管理の委託がXの支払停止の前にされ、その時点で本件債務は停止条件付きのものとして成立していると考えられることから、これが民事再生法93条2項2号にいう「前に生じた原因」に当たり、例外的に本件相殺は許されるのではないかが問題となる。

 手形の取立委任が旧破産法104条2号ただし書(民事再生法93条2項2号と同旨)にいう「前ニ生ジタル原因」に当たるか否かが問題となった最三小判昭63・10・18民集42巻8号575頁は、同号の規定の趣旨について、債権者間の公平・平等な満足を目的とする破産制度の趣旨が没却されることのないよう、一定の場合に相殺を禁止する一方で、相殺の担保的機能を期待して行われる取引の安全を保護する必要がある場合には、相殺を禁止しないこととしたものである旨判示している。本判決は、旧破産法104条2号と同様の規律を定める民事再生法93条1項3号本文及び同条2項2号の規定の趣旨についても同様に解した上で、本件債務の負担が同号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たるか否かについて、Y銀行が本件債務をもってする相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していたといえるか否かという観点から判断したものと考えられる。

 本件のような場合に、投資信託受益権の販売会社による解約金の支払請求権を受働債権とする相殺が民事再生法93条2項2号により許されるか否かについては、本件の1審と原審とで結論が分かれたことなどから近時活発に議論がされるようになり、学説や実務家の見解が相殺肯定説と相殺否定説にほぼ二分されていたところである。相殺肯定説(中西正「証券投資信託における受益者の破産・民事再生と相殺」銀法21・743号(2012)22頁、髙山崇彦=岡将基「名古屋高判平24.1.31と金融実務への影響」金法1944号(2012)6頁、本多正樹「投資信託の解約金返還債務と保証債権との相殺を認めた事例」ジュリ1460号(2013)103頁等)は、投資信託受益権の換金方法として解約が一般的であることや、投資信託受益権と預金とで販売会社の認識に違いはないこと、販売会社は事実上排他的に受益者の解約実行請求権を行使し得る立場にあることなどを理由に、販売会社の相殺に対する期待を保護すべきであるとする。これに対し、相殺否定説(岡正晶「倒産手続開始時に停止条件未成就の債務を受働債権とする相殺」現代民事法の実務と理論(下)(金融財政事情研究会、2013)138頁、野村剛司「支払停止後に債権者代位権により解約した投資信託の解約金との相殺の効力」新・判例解説Watch11号(2012)171頁、伊藤尚「破産後に販売会社に入金になった投資信託解約金と販売会社の有する債権との相殺の可否」金法1936号(2011)52頁等)は、振替投資信託受益権の換金方法は解約に限られるものではなく、他の口座への振替も禁止されていないこと、投資信託受益権の解約金支払債務のように、第三者に対する債権の価値変形物が入金されることを停止条件とする代理受領型の債務は、二当事者間で当初から債権債務の対立がある通常の停止条件付債務と異なること、債権者代位権の行使等により販売会社が自ら相殺適状を作出してまでする相殺に合理的期待があるとはいえないことなどを理由に、販売会社の相殺に対する期待を保護すべきとはいえないとする。

 本判決は、XがY銀行に対して取得した本件解約金の支払請求権は、解約実行請求がされるまで全ての再生債権者が等しくXの責任財産としての期待を有していた本件受益権と実質的には同等の価値を有するものであること、本件受益権の解約実行請求は、Y銀行がXの支払停止を知った後にされたものであること、Xは、本件受益権につき原則として自由に他の振替先口座への振替をすることができたこと、Y銀行が本件相殺をするためには、他の債権者と同様に、債権者代位権に基づき、Xに代位して解約実行請求を行うほかなかったことなどを指摘した上で、XがY銀行から本件受益権を購入し、その管理をY銀行に委託したというだけでは、Y銀行が本件債務をもってする本件相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していたとはいえないとして、本件相殺は民事再生法93条2項2号により許される場合に当たらないと判断したものであり、その説示内容からすると、再生債権者が相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していたといえるためには、その期待が他の再生債権者との公平等の観点から保護に値する合理性を有するものであることを要するとの考え方を前提としているもののように思われる。投資信託受益権に係る販売会社と受益者等との法律関係は、当事者間の契約により定められるものであって、その内容としては様々なものが考えられるところである。いかなる法律関係があれば販売会社による解約金の支払請求権を受働債権とする相殺が民事再生法93条2項2号により許されるかについては、本判決の判示するところではなく、本判決の趣旨を踏まえつつ、今後さらに検討されるべき問題といえよう。なお、本判決は、Y銀行が債権者代位権に基づき解約実行請求を行ったこと自体を、結論を導くための事情として指摘するものではない。したがって、例えば、Y銀行が解約実行請求をするためには債権者代位権に基づいて行うほかなかったものの、Xが自ら解約実行請求をしたという場合に、本判決と結論が異なると解すべき理由はないように思われる。

 5 本判決は、近時、資産の運用方法として投資信託がより一般的なものとなり、金融実務においても投資信託からの債権回収が注目される中で、本件の事実関係の下における事例判断としてではあるものの、投資信託受益権に係る解約金の支払債務の負担が、民事再生法93条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たるか否かについて、最高裁が初めて判断を示したものであり、実務上重要な意義を有するものと思われる。

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