◇SH2372◇最一小判 平成30年5月10日 邸宅侵入、公然わいせつ被告事件(小池裕裁判長)

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 いわゆるSTR型によるDNA型鑑定の信用性を否定した原判決が破棄された事例

 犯行現場で採取された精液様の遺留物について実施されたいわゆるSTR型によるDNA型鑑定について、15座位のSTR型の検出状況を分析した結果等に基づいて、遺留物が1人分のDNAに由来し、被告人のDNA型と一致するとした鑑定の信用性を否定し、被告人を無罪とした原判決は、同鑑定が遺留物を1人分のDNAに由来するとした理由の重要な点を見落とした上、科学的根拠を欠いた推測によって、鑑定の信用性の判断を誤り、重大な事実の誤認をしたというべきであり(判文参照)、刑訴法411条3号により破棄を免れない。

 刑法130条前段、174条、刑訴法411条3号

 平成29年(あ)第882号 最高裁平成30年5月10日第一小法廷判決 邸宅侵入、公然わいせつ被告事件 破棄自判(刑集72巻2号141頁)

 第2審:平成28年(う)1079号 大阪高判平成29年4月27日判決
 第1審:平成27年(わ)247号 大阪地裁堺支部平成28年9月21日判決

(事件の概要)

 本件は、被告人(当時27歳)が、正当な理由がないのに、他人が看守するマンションに侵入し、マンション内通路において、自己の陰茎を露出して手淫した上、射精したとの邸宅侵入、公然わいせつの事案である。

被告人は、犯人性を争い、無罪を主張した。犯人性に関する証拠は、犯行現場で採取された精液様の遺留物(以下「本件資料」という。)について実施された2つのDNA型鑑定のみであり、主として第1審で実施された鑑定(以下「本件鑑定」という。)の信用性が問題となった。

 第1審判決は、本件資料は、犯人が犯行の際に遺留した精液であり、各鑑定により、そのDNA型は被告人に由来するもので、被告人の精液であると認められる、被告人が犯人として射精する以外に被告人の精液が現場に遺留されるような理由は見当たらないとして、被告人を犯人と認めて上記犯罪事実を認定し、被告人を懲役1年の実刑に処した。

 被告人が控訴したところ、原判決は、本件資料に他人のDNAが混合した疑いを払拭することができず、本件鑑定の信用性には疑問があり、被告人と犯人との同一性については合理的疑いが残るとして、事実誤認を理由に第1審判決を破棄し、被告人に対し無罪の言渡しをしたため、検察官が上告した。

 

(本判決)

 本判決は、検察官の上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は事実誤認の主張であって適法な上告趣意に当たらないとしたが、職権により、本件鑑定の信用性に関する原判決の判断には重大な事実誤認があるとして原判決を破棄し、被告人の控訴を棄却した。

 

(説明)

1 問題の所在

 本件資料と被告人の口腔内から採取された資料について、①捜査段階で実施された科捜研の鑑定、②1審で実施された大学教授による本件鑑定があり、いずれもSTR型によるDNA型鑑定である。科捜研の鑑定では、本件資料の15座位のSTR型が被告人のDNA型と全て一致した。しかし、本件鑑定では、14座位のSTR型が一致したものの、1座位で被告人と一致する2つのSTR型に加え、3つ目のSTR型をわずかに検出した。この点から本件資料が他者のDNAとの混合である疑いが生じるかどうかが争われた。

 ヒト細胞には染色体が集合した核があり、父親から受け継いだ1本と母親から受け継いだ1本が対になり、23対46本(常染色体22×2本と性染色体2本)の染色体を有している。STR型によるDNA型鑑定は、この染色体上の特定の座位における主に4個の塩基対の配列を1単位とし、その繰返しの回数を型として、型の組合せにより個人識別をするもので、我が国では15座位のSTR型を同時に調べる検査キットが利用されている。各座位には、概ね十から十数個のSTR型が存在し、それぞれ独立した出現頻度が科学的に明らかになっている。ヒトは父親と母親から1つ宛の染色体を受け継ぐから、資料が1人分に由来するのであれば、通常は1座位から1つ(両親から同じ型を受け継いだ場合)又は2つ(両親から異なる型を受け継いだ場合)のSTR型が検出されることになり、3つ以上のSTR型が検出されることはない。

 本件鑑定人は、鑑定書に添付したエレクトロフェログラムの分析結果等15座位のSTR型の検出状況(注1)から、本件資料は1人分のDNAに由来し、被告人のDNA型と一致する、上記1座位で検出された3つ目のSTR型は、男性生殖細胞の突然変異に起因する(注2)と考えられ、他者のDNAの混在ではないと説明した。

  1. (注1) 15座位のエレクトロフェログラムに1本又は2本のSTR型のピークが明瞭に現れ、かつその高さが1人分と見られるバランスを示した(低いピークが高いピークの概ね70%以上の高さとなる。)ことをいう。問題となった3つの目のSTR型は、高さの比率が14~17%の低いピークとして検出された。
  2. (注2) 精巣内の精原細胞に、本来のSTR型から1反復単位分が抜けた変異精原細胞が生じ、これが精子に減数分裂することによる。減数分裂における突然変異は、約0.2%の確率で起こるとされている。

 

2 DNA型鑑定における専門的知見とは

 DNA型鑑定は、資料が被告人等から採取した対照資料に由来するか否かを明らかにするものであり、資料の同一性に関する判断は、最終的には裁判所の判断によるものの、STR型判定は鑑定人の専門的知見に基づく科学的判断に属する。本件では、①犯人による新鮮な精液様の遺留物から犯行直後に十分な量の資料が採取された、②採取された資料の移動、保管の過程が適切に管理されていた、③鑑定人は、いずれも十分な資格・能力を備え、豊富な鑑定経験を有していた、④具体的な検査手法は、信頼性が高い複数のSTR型検査キットを使用し、抽出、PCR増幅、電気泳動、コンピュータソフトによる解析といった所定の手順に従って実施されたもので、これらの点に関しては、1、2審においても全く問題が指摘されていなかった。

 原判決は、本件資料がマンション内通路で採取され、上記3つ目のSTR型が検出されたことから、他者のDNAの混入が疑われるとした上で、(ア)混入した資料の数や量次第では、外観上、多くの座位で1人分に由来するように見える、もととなるSTR型とは異なるSTR型が検出される可能性がある、(イ)本件鑑定人と同旨の文献も存在しているものの、男性精原細胞で突然変異が生じる確率はそれほど高いものではなく、また現に突然変異が生じたことを積極的に示す根拠は示されていないとして、本件鑑定は、本件資料が混合資料である可能性を合理的疑いなく排除できるだけの積極性まで有するものではないとした。しかしながら、(ア)(イ)の見解を支持する専門的立場からの意見は何ら示されていなかった。

 ある資料が混合資料か否かは、DNA型鑑定の出発点となる重要な事柄であり、資料の同一性判断の前提となる問題である。その判断は、エレクトロフェログラムにおけるピークの現れ方とピークバランスの評価、コンタミネーション(資料汚染)の可能性、コンピュータソフトによる解析の特徴と限界、PCR増幅の過程で不可避的に生じるノイズやエラー(スタッターバンド、アリルドロップイン、アリルドロップアウト等)の可能性等を総合的に考慮した専門的判断による(John M.Butler、 (福島弘文=五條堀孝監訳)『DNA鑑定とタイピング』(共立出版、2009)参照)。本判決は、原判決が、本件鑑定が本件資料を1人分に由来するとした理由の重要な点を見落とした上、科学的根拠を欠いた推測によって、その信用性の判断を誤ったというべきであるとした。

 

3 本判決の意義

 本判決は、STR型によるDNA型鑑定の信用性に関する初めての最高裁判例として、重要な意義を有する。STR型によるDNA型鑑定は、その科学的原理、知見の信頼性が確立し、個人識別性の高さから、犯罪事実の立証において大きな役割を果たしている。犯人性が争われて専らDNA型鑑定によって立証する事案、DNA型鑑定の不一致を指摘して犯人性を否定する事案が増加し、近年では再審事件等においても注目されている。本判決は、専門的知見に係る事実の認定に関する事例判断の1つであるが、争点整理や審理運営上も参考となるものであり、今後の実務に影響を与えると思われる。

 本判決の評釈として知り得たものに、村瀬均・刑事法ジャーナル58号(2018)151頁、宮崎香織・警察学論集71巻8号(2018)159頁、前田雅英・捜査研究811号(2018)2頁、原田和往・法学教室460号(2019)149頁、高倉新喜・法学セミナー763号(2018)126頁がある。

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