企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
第2部 重大リスク・不正を発見する従来の手法
3. 不正(犯罪)リスクを発見する「会計監査人」の目線
会計監査人は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して決算書類が作成されていることを監査して、監査報告書を作成する。
しかし、意図的に行われて隠蔽される決算書類の虚偽表示が後を絶たない。これを通常の監査で発見することは、ミスから生じる虚偽表示と比べると難しく、特に、経営幹部が主導する不正(犯罪)は内部統制機能が大幅に減殺されるために、一段と難しい。
監査人は、職業的懐疑心をもって不正(犯罪)リスクに対応した監査を行うように心がけており、以下のような不正リスク対応基準が作成されている。
- (注) 監査人(公認会計士)の責任は、経営者の作成した決算書類に対して監査意見を表明することにある[1]。職業的専門家として適切に注意を払って監査すれば、監査人は責任を果たしたことになる。
〔監査人の、監査における不正リスク対応基準[2]〕
(筆者の見方)次の(1)(2)は不正発見に係るノウハウの蓄積であり、監査を行う者に有益である。
(1) 不正リスクに対応した監査
- ① リスクの発見手法
- ・ 企業と業界の不正事例を理解する。
- ・ 把握した事実・想定される不正の要因・態様等を監査対象(監査先)に質問する。
- ・ 不正リスク要因を考慮して監査計画を策定する。
- ・ 監査チーム内の討議を行い、情報を共有する。
- ・ 不正リスクに応じた適合性・証明力・分量を備えた監査証拠を入手する。
-
・ 企業が想定しない要素を監査に組み込む。(監査手続の種類、実施時期、範囲)
- ② 監査証拠の収集、疑義への対応
- ・ 不正リスクに関して行った確認に、無回答・不十分回答の場合は、代替的な手続を行って証明力のある監査証拠を入手する。
- ・ 入手した監査証拠の十分性・適切性を評価し、足りない場合は追加的な監査手続を行う。
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・ 矛盾した監査証拠があった場合は、監査手続を変更・追加する。
- ③ 重要な虚偽表示の疑義があるときに監査人がとるべき行動
- ・ 不正による重要な虚偽表示を示唆する状況があるときは、経営者に質問して説明を求めるとともに、追加的な監査手続を行う。
- ・ 不正による重要な虚偽表示の疑義あるときは、監査計画を修正し、これに従って監査手続を行う。
- ・ 専門家の業務を利用する。(金融商品の評価、企業価値の評価等)
- ・ 不正リスクに対応した審査を行う。(監査事務所の方針と手続きに従う。)
- ・ 不正による重要な虚偽表示の疑義があるときは、監査事務所の方針・手続きに従い所内審査が完了するまで、意見表明しない。
- ・ 監査役等と連携する。
- ・ 経営者の関与が疑われる不正を発見したときは、監査役等に報告・協議し、経営者に問題点の是正等適切な措置を求め、その不正が決算書類に与える影響を評価する。
-
・ 監査調書に記載する。
(財務諸表に「不正による重要な虚偽表示の疑義あり」と判断したときは、「監査調書[3]」に疑義の内容・監査手続とその結果・判断を記載する。)
(2) 不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況(例)
次の状況が見られるときは不正(犯罪の可能性がある)が存在する可能性があるので、慎重に監査する。
- ① 不正に関する情報。(内部通報制度を通じて得た情報、従業員・取引先等から監査人への通報)
- ② 留意すべき通例でない取引等。
- ・ 不適切な売上計上の可能性を示唆する状況。
- ・ 資金還流取引等のオフバランス取引の可能性を示唆する状況。
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・ 関連当事者又は関係が不明な相手先(個人を含む)との間に、事業上の合理性が不明な契約がある。
重要な資金の貸付・借入の契約、担保提供又は債務保証・被保証の契約
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③ 証拠の変造、偽造又は隠蔽の可能性を示唆する状況。
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④ 会計上の不適切な調整の可能性を示唆する状況。
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⑤ 企業の記録と取引先に対する確認状の間に説明不能な差異がある。又は、確認状が合理的な理由なく監査人に返送されない。
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⑥ 経営者の監査への対応に不審な点がある。(拒否、妨害、変更を主張、時間がかかり過ぎ等)
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⑦ ・ 重要な取引に関して専門家としての能力・客観性に疑念がある者を利用している。
・ 重要な投資先や取引先、又は重要な資産の保管先に関する十分な情報が監査人に提供されない。
(3) 不正リスク要因(例)
(筆者の見方)次の①②③は決算書類監査の品質向上や不祥事再発防止の施策を考えるのに役立つ。
過去の不正事案を分析すると、不正が発生したときには「動機・プレッシャー」「機会」「姿勢・正当化」という3つの要素が揃っている、という経験則[4]が存在することが知られている。
そこで、監査人としては、監査対象の中でこの3要素が揃っている領域を見つけて、不正リスクの有無を重点的に調べるのが効果的である。
この3要素の一つを欠くと不正が発生する可能性が小さくなるので、再発防止策の検討に役立つ。
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① 動機・プレッシャー
例) 自社の財務的安定性・収益性が企業環境により脅かされている。
第三者からの期待・要求がある。
経営者の個人財産に悪影響がある。
経営者・営業担当者等に財務目標(売上等)達成の過大なプレッシャーがある。
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② 機会
例) 産業・事業の特性(通常取引外の取引、複雑な取引等が存在)。
経営を1人(又は少数)が支配して統制が不在である。
組織構造が複雑(異例な法的実態・権限系統)である。
会計システムや情報システムが有効に機能しない。
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③ 姿勢・正当化
例)経営者が経営理念・企業倫理の伝達・実践を効果的に行っていない。
経営者と監査人(現、前)の間に会計・監査・報告に関する論争がある。
監査に必要な情報・資料を提供しない。
監査人の従業員・仕入先・得意先等との接触を制限する等の緊張関係がある。
[1] 財務諸表の作成に関する経営者の責任と、財務諸表の意見表明に関する監査人の責任は区別される。(二重責任の原則)
[2] 平成25 年(2013年)3月26日 企業会計審議会「監査における不正リスク対応基準 第二 不正リスクに対応した監査の実施」の項を、筆者が要約して分類した。詳細を調べるには原本にあたられたい。
[3] 「監査計画、これに基づき実施した監査の内容、判断過程、結果」の記録。
[4] 米国の犯罪学者Donald Ray Cresseyが1950年頃に「不正のトライアングル(3要素)」を唱えた。この考え方はその後の実証研究を経て、米国公認会計士協会の「監査基準書(SAS)」のSAS第99号「財務諸表監査における不正の検討」(2002年)においてForensic Type Auditing(不正捜索型監査)するための手続として示された。米国では、2001年エンロンと2002年ワールドコムの巨額倒産が続き、2002年7月に企業改革法が制定されて第99号は2003年決算年度から適用される。日本公認会計士協会も「不正な財務報告」及び「資産の流用」による虚偽表示に関する不正リスク要因としてこの3要因を挙げた(「財務諸表の監査における不正への対応」2006年10月24日)。