◇SH2963◇企業活力を生む経営管理システム―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(第89回) 齋藤憲道(2020/01/16)

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企業活力を生む経営管理システム

―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―

同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

2. 要件2 「見守り役」の6者が連携して監査の効率と品質を高める

(4) 行政機関(国、地方公共団体)

③ 外部の労働者からの通報(2号通報)を受ける立場にある国・地方公共団体の対応

 公益通報者保護法の適用に関して、行政機関(国・地方公共団体)には3つの側面がある。

  1. 第1は、事業者としての行政機関の側面であり、一般の事業者と同じ立場である。(同法3条1号)
    行政機関内部の職員等から、その機関において行われている法令違反行為に関する通報を受けるもので、企業における公益通報者保護と同様の対応が求められる[1]
  2. 第2は、処分・監督等をする権限を有する行政機関の側面であり、事業者の内部(労働者)から法令違反に関する通報を受け、所管の行政機関として通報案件に対応(調査、措置等)する[2]。(同法3条2号)
    通報対象事実が犯罪行為の場合の捜査・公訴については、刑事訴訟法による。
    所管外の案件の通報を受けた場合は、権限を有する機関を通報者に教示する。
  3. 第3は、民間事業者における内部通報制度の整備を促進・支援する主体の側面である。
    例 消費者庁は、内部通報制度に関する登録制度・認証制度を促進している[3]

 所管当局の受付窓口は、上記の第2に従って民間企業の労働者等から寄せられた2号通報(行政機関からみると「外部通報」)を受領すると、その対応の必要性(真実相当性、生命・身体・財産等への重大な影響等)を検討し、これを受理するか否かを決める。受理後は、必要な調査を行い、「通報対象事実」又は「その他の法令違反等の事実」があると認めるときは、適切な措置を講じる。

 将来、国・地方公共団体の受付窓口には不祥事情報が蓄積されていくので、これを再発防止等に活かす方法を考えたい。

  1. (筆者の見方)
  2.    これまで、多くの不祥事(法律違反、重大事故)が、穏便又は秘密裏に処理されて歴史の中に消えて行った。もっと多くの不祥事の顛末が記録・分析されていれば、効果的な再発防止策が考案・提言され、社会がより公正で透明になっていた可能性が大きい。公益通報者保護法の制定を機に、民間企業・行政機関の間で設置が進んだ内部通報受付窓口には、不祥事を「見える化」して、適切な対策に結び付けることが期待される。
     国・地方の行政機関には全国の多くの不祥事情報が集まるので、これを利用して効果的な再発防止策や適切な対応策(法制度を含む)を生み出したい。「守秘義務の壁」を克服して、「2号通報」を集めた情報バンクができれば、それは国民の共通財産になる。

 「2号通報」を含む内部通報を受け付ける行政機関には、「守秘義務」の遵守及び「個人情報保護」の徹底が求められる。また、個々の通報事案への対応にあたっては「利益相反」の関係に留意する必要がある。

 次に、「地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(外部の労働者等からの通報)[4]」の中の「守秘義務」「個人情報」「利益相反」に関する要点を記す。

  1. (注)「国の行政機関」及び「地方公共団体」の「通報対応に関するガイドライン」の目次構成は基本的に同じである。

 守秘義務の壁 

(1) 通報対応の在り方

  1. ○ 通報受付窓口の設置 
  2. ・ 専用の「通報窓口」「相談窓口」の設置が困難な場合は、「通報に関する秘密保持」及び「個人情報の保護」に留  意して、既存の消費生活相談窓口等を窓口に活用する。
  3. ・ 単独で窓口設置が困難な場合は、「通報に関する秘密保持」及び「個人情報の保護」に留意して、他の地方公共団体と連携・協力して協議会の設置等を行う。
     
  4. ○ 秘密保持及び個人情報保護の徹底 
  5. ・ 通報・相談への対応関与者は「通報・相談に関する秘密」を漏らさない。
  6. ・ 通報・相談への対応関与者は、知り得た「個人情報」を他人に知らせ、又は、不当目的で利用しない。
  7. ・「通報・相談に関する秘密保持」及び「個人情報保護」を徹底するため、通報対応の各段階の遵守事項を予め決めて対応関与者に周知する。次の事項は特に十分に措置する。

    1. ア. 情報を共有する範囲、共有する情報の範囲、を必要最小限にする。
    2. イ. 通報者等の特定につながる情報(氏名・所属等の個人情報、調査端緒が通報であること、通報者等しか知り得ない情報等を含む)は、調査対象事業者に開示しない。(ウ.を除く)
    3. ウ. 通報者等が特定される情報を許諾範囲外に開示する時は、書面・電子メール等で明示の同意を得る。
      この同意は、開示目的、情報の範囲、情報開示により生じ得る不利益を明確に説明して取得する。
    4. エ. 本人からの情報流出による通報者特定を防ぐため、本人に対して情報管理の重要性を理解させる。

(2) 通報への対応

  1. ○ 通報の受付と教示(匿名の場合については相応の手続きを設けている。)
  2. ・ 通報を受け付けた時は、「通報に関する秘密保持」「個人情報の保護」に留意し、通報者の氏名・連絡先、通報の内容となる事実を把握する。このとき、秘密保持、個人情報保護、受付後の手続きの流れ等を通報者に説明する。
     
  3. ○ 通報者への措置の通知 
  4. ・ 措置したときは、その内容を「適切な法執行の確保」及び「利害関係人の営業秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護」に支障ない範囲で遅滞なく通知する。

 利益相反の壁 

  1. ○ 利益相反関係の排除
  2. ・ 地方公共団体の職員は、自らが関係する通報事案への対応に関与してはならない。
  3. ・ 地方公共団体は、通報対応の各段階において、通報事案への対応に関与する者がその通報事案に利益相反関係を有していないことを確認する。
     

④ 万一、職務遂行中に犯罪を認識したときの対応

 官吏又は公吏[5]は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。(刑事訴訟法239条2項)

 つまり、国家公務員・地方公務員には、犯罪を告発する義務がある。
 

⑤ 情報開示とその限界

 1) 情報公開法による開示と不開示

 行政機関の長は、開示請求手続き(4条1項)を行った開示請求者に対し、開示請求に係る行政文書について、法定の不開示情報(個人情報、監査・検査・取締り・徴税等に障害、他)が記録されている場合を除き、開示しなければならない。(5条1~6号)

 2) 裁判所が文書提出を命じることが「できない情報」と「できる情報」

  1. ・ 銀行の「貸出稟議書」は、裁判所の文書提出命令の対象にならない。[6]
  2. ・ 法令に基づいて行った「破綻金融機関の旧役員等の経営責任の調査」の結果は、開示させる。[7]

 



[1] 公益通報者保護法7条、9条

[2] 公益通報者保護法10条1項・2項、11条

[3] 「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン(2018年12月9日 消費者庁)」が公表され、2019年2月から指定登録機関(公益社団法人商事法務研究会)において「自己適合宣言登録制度」が受付開始された。なお、消費者庁は、第三者認証制度を平成31年度以降に導入予定している(同庁HP)。

[4] 2017年(平成29年)7月31日消費者庁。国については「国の行政機関向け通報対応ガイドライン」(2017年(平成29年)3月21日改正 関係省庁申合せ。消費者庁他)が定められている。

[5] 旧憲法下で、国の官吏に対応する者として、地方公共団体に勤務する者を公吏とした。(有斐閣「法律用語辞典」法令用語研究会編)

[6] 最高裁第2小法廷決定 平成11年11月12日(民集53巻8号1787頁) 銀行の作成した「貸出稟議書」が民事訴訟法220条4号の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(いわゆる自己利用文書)に当たるか否かが問題となった事案で、最高裁判所は、ある文書が、作成の目的・記載内容・これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思の形成が阻害されたりするなど、開示によってその文書の所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、その文書は自己利用文書に当たるとした。

[7] 最高裁第2小法廷決定 平成16年11月26日(金融法務事情№1762 2006.2.15 48頁~55頁)本件保険管理人は、金融監督庁長官から保険業法に基づいて、抗告人(損害保険事業者)の破綻につき、その旧役員等の経営責任を明らかにするため調査委員会の設置・調査を命じられ、弁護士・公認会計士を委員とする本件調査委員会を設置して調査させた。本件文書は、同委員会が調査結果を記載して本件保険管理人に提出したもので、法令上の根拠を有する命令に基づく調査結果を記載した文書であって、専ら抗告人の内部で利用するために作成されたものではない。旧役員等の経営責任とは無関係な個人のプライバシー等に関する事項が記載されるものでもない。保険管理人は公益(保険契約者等の保護)のために職務を行うのであり、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には当たらない。また、証人が証言を拒むことができる場合を定めた「職務上知り得た事実で黙秘すべきもの(民事訴訟法197条1項2号)」とは、一般に知られていない事実のうち、弁護士等に依頼した本人が、これを秘匿することについて、単に主観的利益だけでなく客観的にみて保護に値する利益を有するものをいうが、本件文書に記載されている事実はこれに当たらない。本件文書は「黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書(同法220条4号ハ)」には当たらない。

 

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