◇SH2469◇Brexit―交錯かつ分化する政治・社会・法律を踏まえての企業活動―(7・完) 大間知麗子/土屋大輔(2019/04/10)

未分類

Brexit
―交錯かつ分化する政治・社会・法律を踏まえての企業活動―

第7回(完)

伊藤見富法律事務所
弁護士 大間知 麗 子

ブランズウィック・グループ
土 屋 大 輔

 

3. コンティンジェンシー・プラニングと考慮すべき事項

(6) 競争法分野

 現在、EU域内では、欧州委員会が、企業結合やカルテルなど競争法案件にかかる権限を有しており、企業結合届出の審査や、競争法違反が疑われるときの調査については、欧州委員会がその一元的な権限を有している。したがって、イギリス当局が、欧州委員会から独立してこれらに関する権限を行使することはない。

 しかし、イギリスがEUを離脱すると、これらの権限はイギリス当局(Competition and Markets Authority(CMA))に移り、CMAは、ガイダンスにおいて、Brexit後は、EU当局とは独立して案件の届出を受理し、審査する方針を明らかにしている[1]。そして、同ガイダンスにおいては、離脱日前後の審査権限や、案件の取り扱い方などについて説明している。 

 このため、イギリス企業と他のEU企業とのM&Aにとっては、従前は欧州委員会のみで進められていた手続きに、今後はイギリスでの手続きが加わる可能性があるため、手続きの負担が倍増することになり、大きな影響を受けると見られている。日本企業にとっては、この点による直接の影響は少ないかもしれないが、欧州の企業とのM&A 手続きを検討するに当たってのコストは増えることになるであろう。また、M&Aには長期にわたる交渉が伴う取引も多い中で、離脱日前に手続きが完了するとも限らないし、離脱に伴う手続きに不透明さが残るため、離脱予定日を直前に控えた現在では、様子見をする動きも見られるようである。

(7) 個人データ保護規制

 EUには一般データ保護規則(GDPR)があり、EU域内の個人データ保護の規律は統一されているため、現在、EU域内のデータの移転に制限はない。この規則は、EU域外の第三国にも域外適用される可能性があるため、日本企業の関心も高かったところであるが、GDPRの適用範囲等について、日本所在の企業がBrexitによる直接の影響を受けるわけではない。

 Brexitにより影響を受けると考えられるのは、ここでも、イギリスとEU加盟国の関係であり、とくにEU加盟国からイギリスへのデータ移転、イギリスからEU加盟国へのデータ移転に、新たな手続きが必要になるかが問題となる。

 この点、イギリス政府は、そのガイダンス[2]において、GDPRの国内法といえるデータ保護法(DPA)を、現在の規律のままBrexit後も基本的に維持する方針を明らかにしている。

 したがって、イギリスからEU加盟国へのデータ移転は今までと同様に自由に行えると解される。また欧州委員会が離脱日までに行った域外第三国に対する十分性(Adequacy)の判断は、EU離脱後のイギリスでも継続して尊重されるため、2019年1月に十分性の認定が得られた日本についても、日本・EUと同様の関係が、Brexit後のイギリスとの間でも維持され、日本への個人データの移転が引続き許されるものと予想される(もっとも、イギリスの個人情報保護監督機関(Information Commissioner’s Office(ICO))は、下記ガイダンスにおいて、日本の十分性認定について継続作業中との立場をとっており[3]、ガイダンスの更新が待たれる。)。

 他方、EU加盟国からイギリスへの個人データ移転については、両者はほぼ同様の規律を有しているのであるから十分性が認定されてしかるべきであるが、手続上、離脱前に十分性認定がなされることはなく、合意なき離脱の場合、当面十分性認定には依拠できず、企業レベルで十分な安全措置(Adequacy Safeguards)といったデータ移転を可能とするための対応を取っておくことが勧められている。ICOは、Brexitについてのより詳細なガイダンス[4]を公表している。

 

4. 最後に

 これまでのようにBrexitに伴う主な法的問題点を概観してみただけでも、1973年のECへの加盟以来45年のうちに、EUの制度はイギリスの法制度や企業活動に深く組み込まれており、そこから離脱するにあたって混乱は避けて通れないであろうことがわかる。実際には、本稿で取り上げていない検討すべき課題(たとえば税務上の問題)もまだまだあるし、今後は、前もっては誰も予想していなかったような問題も出てくるであろう。

 イギリスがEUを離脱すれば多くの企業にとって不都合が生じ、とくに新たに関税が課されるために影響を受ける企業や、許認可等の関係でヨーロッパでの事業の拠点を増やす企業などにとっては、ヨーロッパで事業を継続するためのコストが大幅に増えるであろうことはほぼ間違いない。とはいえ、すでに事業を展開して現地に顧客や従業員、インフラなどを抱える企業にとって、Brexitであるからヨーロッパから事業を撤退するという結論を取ることは容易ではない。

 その一方で、たとえイギリスが合意なき離脱をすることになったとしても、ロンドンの金融・ビジネス・政治・文化・メディア等における世界の中心都市のひとつとしての地位は、パリやフランクフルトなどを含めた他のヨーロッパの地域と比べて圧倒的であるからそう簡単に揺らぐものではなく、むしろ、Brexitで不安定な時期にあり、投資のタイミングと主張する見解もある。

 Brexitをめぐって、いろいろなしがらみや思惑が錯綜し混乱する中、イギリスの政治は混乱を極め、解決策を提示できない状態が続いている。その中で、企業は、静かに進むべき将来の道を模索しているように見える。世界的に先が見えなくなっている時代の中で、社会のリーダーシップをとっているのは企業であるともいえ、各企業の舵取りが注目される。

(完)

 


[1] Competition & Markets Authority “Guidance: Merger cases if there’s no Brexit deal”(2018年10月30日)
 https://www.gov.uk/government/publications/cmas-role-in-mergers-if-theres-no-brexit-deal/cmas-role-in-mergers-if-theres-no-brexit-deal

[2] Department for Digital, Culture, Media & Sport “Guidance: Amendments to UK data protection law in the event the UK leaves the EU without a deal on 29 March 2019”(2018年2月13日改訂)
 https://www.gov.uk/government/publications/data-protection-law-eu-exit/amendments-to-uk-data-protection-law-in-the-event-the-uk-leaves-the-eu-without-a-deal-on-29-march-2019

[4] ICO “Data Protection and Brexit (Guidance and resources for organisations after Brexit)”
 https://ico.org.uk/for-organisations/data-protection-and-brexit/

 

タイトルとURLをコピーしました