◇SH2506◇企業活力を生む経営管理システム―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(第27回) 齋藤憲道(2019/04/25)

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企業活力を生む経営管理システム

―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―

同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

2.「マネジメントシステム規格」で事業場全体の管理を一定の水準に保つ

 経営全般に関する管理システムでは、品質マネジメントシステム規格ISO9001(JIS Q9001)が世界標準になっている。

  1. (注) マネジメントシステム規格に関しては、最初の品質(ISO9001[1])に続き、組織活動の要素に対応して、環境(ISO14001)、食品安全(ISO22000)、情報セキュリティ(ISO/IEC27001)、労働安全衛生(ISO45001[2])、エネルギー(ISO50001)等が制定された。
  2. (筆者の見方) 一つの企業に規格の数だけマネジメントシステムが存在するのは本末転倒で、もともと企業に一つ存在するマネジメントシステムに、後日、管理する要素(及びその管理方法)が追加された、と考えたい。

 「品質マネジメントシステム」は、①組織が自らの目標を特定する活動と、②組織が望む結果を達成するのに必要なプロセス・資源を定める活動で構成され、密接な利害関係者に価値を提供し、かつ、結果を出すのに必要な、相互に作用するプロセス及び資源をマネジメントする[3]ものである。

 この規格(ISO9001=JIS Q9001)は、企業の品質管理水準を持続的に維持・向上する仕組みとして優れているが、特定の企業規範(製品の安全・技術の水準、違法行為の排除等)が遵守されていることを証明するものではない。

  1. (注) JIS Q9001:2015(品質マネジメントシステム)は、①顧客・法令・規制のニーズ・期待を満たす製品・サービスを一貫して提供する能力を有することを実証する必要があるとき、又は、②企業が品質マネジメントシステム(改善のプロセスを含む)の効果的な適用、並びに、顧客・法令・規制のニーズ・期待への適合の保証を通して顧客満足の向上を図るときに、システムが備えるべき事項(要求事項)を列挙している[4]

 「製品」及び「業務上の行為(特に、遵法)」を規定する企業規範(社内の基準・規格・規程等)は、逸脱することが許されない(多くの法令が罰則を設けている)点において、「品質マネジメントシステム規格」に適合する体制の整備だけでは不十分であり、「製品規格」における「製品試験」に相当する「個々の企業規範が遵守されていることの確認」が必要である。

 

  1. ○ ISO9001:2015の構成
    ISO9001(JIS Q9001)は、顧客や法令が求める製品を提供するために必要な品質マネジメントシステム(継続的改善プロセスを含む)を構築するのに有用な規格である。
    ただし、この規格は適用範囲を極めて広く設定している[5]ため、規定が普遍的・抽象的である。従って、個々の企業がこれを実践するためには、これを基礎にして、自前の仕組み(社内規程等)を構築する必要がある。

    1. 〔ISO 9001:2015(JIS Q9001:2015)の構成〕
      序文、1.適用範囲 2.引用規格 3.用語及び定義 4.組織の状況 5.リーダーシップ 6.計画 7.支援[6] 8.運用[7] 9.パフォーマンス評価[8] 10.改善
  2.   具体的な運用は、それぞれの企業が自ら組織を編成して責任者を配置し、規程・基準等を定めて行う。
     
  3. ○ 具体例としての「金融検査マニュアル[9]
    マネジメントシステム規格のイメージを理解するために、具体例として、銀行業界[10]に適用されてきた「金融検査マニュアル」の概要を紹介する。
  4. この検査マニュアルにはマネジメントシステム全般に関する要求事項が銀行業務に則して詳細に示されており[11]、他の業界にとっても管理項目を列挙して整理する上で参考になる。
  5. (注1) 銀行の貸付金(資産)は、他の業種の借入金(負債)であることに留意されたい。
  6. (注2) 銀行は内閣総理大臣の免許を受けて、①預金・定期積金の受け入れ、②資金貸付・手形割引、③ 為替取引、および、④法定の付随業務等を営む[12]が、顧客の利益の保護のための体制整備が求められ、事業年度ごとに業務報告書を内閣総理大臣(実務は、金融庁)に提出する。金融庁は必要に応じて業務・財産状況の報告や資料提出を求め、立入検査・業務停止命令・取締役等の解任命令・免許取消等を行うことができる[13]。金融庁が予告または無予告で行う業務執行状況の検査においては「金融検査マニュアル」が手引書とされてきた。

「金融検査マニュアル」が示す主な検査項目

 1. 経営管理(ガバナンス)

  1) 代表取締役、取締役及び取締役会による経営管理(ガバナンス)態勢の整備・確立状況
  2) 内部監査態勢の整備・確立状況
  3) 監査役・監査役会による監査態勢の整備・確立状況
  4) 外部監査態勢の整備・確立

 2. 金融円滑化編

  1) 経営陣による態勢の整備・確立状況
   1 方針の策定、2 内部規程・組織体制の整備、3 評価・改善活動 

  2) 管理責任者による態勢の整備・確立状況
   管理責任者の役割・責任

  3) 個別の問題点
   与信審査・与信管理[14]、顧客説明等、中小・零細企業等向け融資、住宅ローン

 3. リスク管理等編(以下の①~⑨の「管理態勢の確認検査用チェックリスト」を列挙)

  (注1) 以下、本項で「経営陣による態勢の整備・確立状況」を「経営陣」と記す。
  (注2) 以下、本項で「管理者による態勢の整備・確立状況」を「管理者」と記す。

  1. ① 法令遵守:経営陣、管理者、個別の問題点(犯罪組織等への対応、反社会的勢力への対応、法令等違反行為への対応、リーガル・チェック等態勢)
  2. ② 顧客保護等:経営陣、各管理責任者による管理態勢(顧客説明、顧客サポート等、顧客情報、外部委託、利益相反)、個別の問題点(顧客保護等全般、顧客説明、顧客サポート等、顧客情報、外部委託、代理業者への委託、利益相反、他)
  3. ③ 統合的リスク管理:経営陣、管理者、個別の問題点(統合リスク計測手法を用いている場合のチェック項目)
  4. ④ 自己資本:経営陣、管理者、個別の問題点(自己資本比率の算定の正確性)
  5. ⑤ 信用リスク:経営陣、管理者、個別の問題点(中小・零細企業等に対する経営相談・経営指導等を通じたリスク管理、債務者の実態把握に基づくリスク管理、問題債権の管理、信用格付、クレジット・リミット、信用集中リスクの管理、株式の取得・保有、標準的手法の検証項目リスト、内部格付手法の検証項目リスト、他)
  6. ⑥ 資産査定:経営陣、管理者、自己査定結果の正確性及び償却・引当結果の適切性
  7. ⑦ 市場リスク:経営陣、管理者、個別の問題点(市場業務運営、資産・負債運営、ファンド、市場リスク計測手法、システム整備、時価算定、特定取引関連、他)
  8. ⑧ 流動性リスク:経営陣、各管理者、個別の問題点(市場部門・営業推進部門等、ALM[15]委員会等、流動性カバレッジ比率の算定の正確性)
  9. ⑨ オペレーショナル・リスク:経営陣、管理者、個別の問題点(リスク相当額の算出の適正性、外部委託業務、事務リスク、システムリスク、他)


[1] 特定の業界の業務・製品等の特徴を反映して、具体的に適用しやすくした品質マネジメントシステム規格が独立した形で設けられている。(例)自動車(IFTF16949)、航空宇宙・防衛産業(JIS Q9100)、電気通信(TL9000)、医療機器・体外診断用医薬品(ISO13485)、学習サービス(ISO29990)、道路交通安全(ISO39001)

[2] 2018年3月12日に発行された。これに伴ってOHSAS18001は2021年3月に失効することとなった。

[3] JIS Q9001:2015(3用語及び定義)、JIS Q9000:2015(2.2.2品質マネジメントシステム)を参照。なお、品質マネジメントの原則として、顧客重視、リーダーシップ、人々の積極的参加、プロセスアプローチ、改善、客観的事実に基づく意思決定、関係性管理、の7項目を挙げている(JIS Q9000:2015 2.3.1~2.3.7)。

[4] JIS Q9001:2015(ISO9001:2015)0.1(一般) a)、1(適用範囲)b)

[5] JIS Q9001(1適用範囲)は、この規格の要求事項について「汎用性があり(略)あらゆる組織に適用できることを意図している」としている。

[6] 次の事項が含まれる。7.1資源 7.2力量 7.3認識 7.4コミュニケーション 7.5文書化した情報

[7] 次の事項が含まれる。8.1運用の計画及び管理 8.2製品及びサービスに関する要求事項 8.3製品及びサービスの設計・開発 8.4外部から提供されるプロセス、製品及びサービスの管理 8.5製造及びサービス提供 8.6製品及びサービスのリリース 8.7不適合なアウトプットの管理 

[8] 次の事項が含まれる。9.1監視、測定、分析及び評価 9.2内部監査 9.3マネジメントレビュー

[9] 平成27年11月版。なお、金融検査マニュアルは2018年度(平成30年度)末に廃止され、そこに列挙された管理事項については、各社がそれぞれ自己責任で創意工夫して管理することになる。一般的に、形式的で厳格な当局の検査が軽減された場合は、事後の出来事についてその分だけ厳しく自己責任が問われる。

[10] 保険業界には「保険検査マニュアル」が適用される。

[11] 「金融検査マニュアル(預金等受入金融機関に係る検査マニュアル)平成27年11月」は364頁(表紙・目次を除く)に亘って詳細に記述している。

[12] 銀行法10条、11条

[13] 銀行法13条の3の2、19条、59条1項(免許取消を除き内閣総理大臣が金融庁長官に委任。同法施行令17条2号)、24条~28条

[14] 取引において、信用を供与することを与信という。企業間の継続的取引では、通常、取引先に一定期間(1か月単位が多い)内で信用を供与して商品を納入し、期間経過後にその期間の取引代金を一括して受領する(「××日締め」「××日払い」といわれる)。銀行取引においては、当座貸越、貸付、債務保証に関して与信(通常、担保を設定する)が行われる。

[15] 資産(Asset)と負債(Liability)を一元的に総合管理(Management)して、資産と負債のバランスを取りながら経営負担を少なくする手法。

 

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