◇SH1081◇トランプ政権発足とメキシコ投資環境(1) 松平定之/フェリックス・ポンセ・ナバ・コルテス(2017/03/27)

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トランプ政権発足とメキシコ投資環境(1)

NAFTA再交渉時の想定タイムライン

西村あさひ法律事務所

弁護士・ニューヨーク州弁護士 松 平 定 之

メキシコ弁護士 フェリックス・ポンセ・ナバ・コルテス

 

 日本企業にとってメキシコ投資へのインセンティブの大きな要素として、1994年に発効した米国、メキシコ及びカナダの間のNAFTA(North America Free Trade Agreement:北米自由貿易協定)の下で、メキシコで製造した製品等を巨大な米国市場に関税等の障壁なく供給できることがある。

 本年1月に就任した米国のトランプ大統領は、大統領選を通じて、米国内の製造業の保護のため、NAFTAの見直しの必要性に再三言及しており、そのことがメキシコの投資環境に不透明感を生じさせている。

 トランプ政権は、NAFTAの見直しの具体的な内容についてまだ明らかにしていないが、ロス商務長官は、NAFTA再交渉に関し、大統領の通商交渉の権限を強化するTPA(Trade Promotion Authority:貿易促進権限)を利用することを示唆している。そこで、本稿では、トランプ政権がTPAを利用してNAFTAの再交渉を行う場合に想定される米国の手続きのタイムラインについて、俯瞰する。

 現在のTPAは、オバマ政権下の2015年6月に、当時のTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋パートナーシップ協定)に関する交渉を促進する目的で付与された。その特徴は、大統領が交渉の開始等に関する議会への事前通知や協議等を行うことを条件として、議会の権限を、大統領の署名した合意の承認又は否決に限定すること(すなわち、議会が合意内容に干渉し、大統領に追加や修正を求めることを否定すること)、また、合意に基づく国内関連法に関する議会の審議期間に上限を設定することによって、大統領による通商交渉を促進することにある(“fast-track”とも呼ばれる)。TPAの効力は2018年6月まで残っており、更に2021年6月までの延長の余地がある。

 TPAを利用する場合の手続きの概要は、以下の表1及び2に整理する通りである。

 

[表1]

段階 必要となる主な手続き

(1)  交渉開始前の手続き

  1. ① 交渉開始の90日前までに、大統領は、連邦議会に対し、交渉開始に関する意思を書面で通知する。
  2. ② ①の通知の前後に、大統領は、上院財政委員会、下院歳入委員会その他上下院の適切な委員会等との間で協議を行う。
  3. ③ 交渉開始の30日前までに、②の協議に基づき、USTR(Office of the United States Trade Representative:アメリカ合衆国通商代表部)のウェブサイト上に、交渉目的の詳細な要約等を公表する。

(2)  交渉開始

  1. ① 新合意の署名の180日前までに、大統領は、上院財政委員会及び下院歳入委員会に対し、米国の通商救済法の修正事項及び交渉目的との関係について報告を行う。
  2. ② 新合意の署名の90日前までに、大統領は新合意の詳細をITC(International Trade Commission:国際貿易委員会)に提出し、調査を求める。
  3. ③ 新合意の署名の90日前までに、大統領は新合意の署名の意思を議会に通知し、当該通知を連邦広報で公表する。
  4. ④ 新合意の署名の60日前までに、USTRは新合意の内容をウェブサイトに公表する。
  5. ⑤ ③の通知から30日以内に、アドバイザリー委員会の報告書が大統領、議会及びUSTRに提出される。

(3)  新合意の署名後

  1. ① 新合意の署名から60日以内に、大統領は新合意に関連して必要となる国内法の修正要旨を議会に提出する。
  2. ② 新合意の署名から105日以内に、ITCは新合意がGDP、輸出入、雇用、関連産業の競争力、消費者等への影響に関する調査を提出する。
  3. ③ 関連法案の提出の30日前までに、大統領は、新合意の最終版の写し及び新合意実行のための行政措置の説明を議会に提出する。
  4. ④ 上下院の会期中に、大統領は新合意の全文の写し、関連法案、新合意実行ののための行政措置の説明及び補足資料を提出する。

(4)  関連法案提出後

  1. ① 関連法案の提出後45議会日以内に、下院歳入委員会は法案に関する報告を行う。
  2. ② 下院歳入委員会の報告後15議会日以内に、下院は法案の採決を行う。
  3. ③ 下院から関連法案を受領した後15議会日以内に、上院財政委員会は法案に関する報告を行う。
  4. ④ 上院財政委員会の法案の報告から15議会日以内に、上院は法案の採決を行う。

(5)  関連法案成立後

  1. ① 新合意の発効の30日前までに、大統領は、議会に対し、新合意の実施に必要な措置を当事国が講じたとの判断を書面で通知する。
  2. ② 大統領とその他の当事国政府が新合意の実施に必要な手続きを終了した上で、新合意が発効する。

 

[表2]

 表1及び2に記載した通り、NAFTAの再交渉及びその発効までには少なくとも、(a)議会通知から交渉開始までの90日間、(b)メキシコ(・カナダ)との再交渉期間、(c)再交渉の合意形成から署名までの180日間、(d)署名から議会承認・発効までの手続き期間を要する。このうち、(b)の再交渉にどの程度の時間を要するのかを予見することは難しいが、当然のことながら、NAFTA再交渉の成立には相手国であるメキシコ(・カナダ)の同意が必要であり、(b)の交渉期間そのものも相当長期にわたることが想定される。よって、(a)から(d)までのトータルで1年を優に超える相当長期の期間を要することは容易に想定される。

 本稿執筆時点において再交渉の開始に関する議会への通知はなされておらず、他方、今から約1年半後の2018年11月には米国の中間選挙が控えている。このように、トランプ政権がNAFTAの再交渉という選択肢をとる場合には、具体的な交渉内容に関する米国内・議会との調整や当事国間の調整とともに、上記のスケジュールを踏まえた時間的要素があることを念頭に置きつつ、メキシコ投資環境への影響を引き続き見守る必要があると考えられる。

(つづく)

 

  1. (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。
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