トランプ政権発足とメキシコ投資環境(1)
NAFTA再交渉時の想定タイムライン
西村あさひ法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士 松 平 定 之
メキシコ弁護士 フェリックス・ポンセ・ナバ・コルテス
日本企業にとってメキシコ投資へのインセンティブの大きな要素として、1994年に発効した米国、メキシコ及びカナダの間のNAFTA(North America Free Trade Agreement:北米自由貿易協定)の下で、メキシコで製造した製品等を巨大な米国市場に関税等の障壁なく供給できることがある。
本年1月に就任した米国のトランプ大統領は、大統領選を通じて、米国内の製造業の保護のため、NAFTAの見直しの必要性に再三言及しており、そのことがメキシコの投資環境に不透明感を生じさせている。
トランプ政権は、NAFTAの見直しの具体的な内容についてまだ明らかにしていないが、ロス商務長官は、NAFTA再交渉に関し、大統領の通商交渉の権限を強化するTPA(Trade Promotion Authority:貿易促進権限)を利用することを示唆している。そこで、本稿では、トランプ政権がTPAを利用してNAFTAの再交渉を行う場合に想定される米国の手続きのタイムラインについて、俯瞰する。
現在のTPAは、オバマ政権下の2015年6月に、当時のTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋パートナーシップ協定)に関する交渉を促進する目的で付与された。その特徴は、大統領が交渉の開始等に関する議会への事前通知や協議等を行うことを条件として、議会の権限を、大統領の署名した合意の承認又は否決に限定すること(すなわち、議会が合意内容に干渉し、大統領に追加や修正を求めることを否定すること)、また、合意に基づく国内関連法に関する議会の審議期間に上限を設定することによって、大統領による通商交渉を促進することにある(“fast-track”とも呼ばれる)。TPAの効力は2018年6月まで残っており、更に2021年6月までの延長の余地がある。
TPAを利用する場合の手続きの概要は、以下の表1及び2に整理する通りである。
[表1]
段階 | 必要となる主な手続き |
(1) 交渉開始前の手続き |
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(2) 交渉開始 |
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(3) 新合意の署名後 |
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(4) 関連法案提出後 |
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(5) 関連法案成立後 |
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[表2]
表1及び2に記載した通り、NAFTAの再交渉及びその発効までには少なくとも、(a)議会通知から交渉開始までの90日間、(b)メキシコ(・カナダ)との再交渉期間、(c)再交渉の合意形成から署名までの180日間、(d)署名から議会承認・発効までの手続き期間を要する。このうち、(b)の再交渉にどの程度の時間を要するのかを予見することは難しいが、当然のことながら、NAFTA再交渉の成立には相手国であるメキシコ(・カナダ)の同意が必要であり、(b)の交渉期間そのものも相当長期にわたることが想定される。よって、(a)から(d)までのトータルで1年を優に超える相当長期の期間を要することは容易に想定される。
本稿執筆時点において再交渉の開始に関する議会への通知はなされておらず、他方、今から約1年半後の2018年11月には米国の中間選挙が控えている。このように、トランプ政権がNAFTAの再交渉という選択肢をとる場合には、具体的な交渉内容に関する米国内・議会との調整や当事国間の調整とともに、上記のスケジュールを踏まえた時間的要素があることを念頭に置きつつ、メキシコ投資環境への影響を引き続き見守る必要があると考えられる。
(つづく)
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。