FTC v. Qualcomm独禁法判決がもたらす知財市場へのインパクト
FRAND実施料をめぐる問題の所在と残された課題(3)
デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マネージングディレクター 池 谷 誠
3. 解説
3.1 旧秩序におけるEMVRの限界
本件判決は主として反トラスト法上の問題をめぐるものであり、モデムチップ市場やスマートフォン市場での実務に多大な影響を与えうるものであるが、知財評価の観点からは、クアルコムの独占的地位を背景とする旧来の業界秩序の下での標準必須特許の実施料の考え方について、今後根本的な再考を促すという効果を含むものと考えられる。
まず、ロイヤルティベースの論点について整理すると、本件裁判においては、クアルコムがOEMから、スマートフォン完成品価格をベースとする実施料を徴収していたことが明らかとなっている。一般に、実施料の算定において、完成品が多数の部品から構成されており、完成品メーカーがこれらの部品を外部のサプライヤーから購入することが可能な場合、完成品の価格をロイヤルティベースとする手法を全体市場価値法(EMVR: Entire Market Value Rule)という。一方、そのような部品の市場が完成品の市場とは別個に存在すると考えることができる場合、完成品ではなく、部品の価格をロイヤルティベースとする方法を、最小単位の市場を基礎とするという意味で最小販売可能特許実施単位(SSPPU: Smallest Salable Patent Practicing Unit)に基づく手法という。
全体市場価値法はかつて多くのケースで採用されていたが、近年米国では例外的位置付けとなりつつある。Uniloc v. Microsoft[1]において、原告は完成品の価格をロイヤルティベースとする合理的実施料を損害として主張したのに対し、裁判所は、「侵害特許が商品そのものの売上について消費者需要を喚起したことを示す証拠が提出されなければ、全体市場価値法の適用は認められない」としてこれを退けた。また、Cornell University v. Hewlett-Packard Co.[2]においても、同様の議論があったが、裁判所は特許発明を実施する最小の販売単位を重視すべきとして、SSPPUに基づく手法を採用した。
本件においては、スマートフォンの完成品価格がロイヤルティベースとして採用されているところ、スマートフォンは多数の部品や機能により構成されており、それらの多くはセルラー無線通信とは無関係であるとの議論がある。実際、本件裁判において、クアルコムとOEMの交渉過程における、クアルコムの要求に対するOEMの反論が証拠として提出されている。例えば、スマートフォンの価値の多くは、様々なコンピュータ機能やオペレーティングシステム、ソフトウェア、アプリケーション、デザインなど単なる通信機能以外の要素に係るものであり、物理的なモジュールとしても、TFT液晶パネル、DSCモジュール、ストレージ、メモリー、装飾的パーツなど通信機能以外の構成要素が多数存在すること、したがって、これらクアルコムの特許とは無関係で、同社が貢献していない機能や部品に係る付加価値に対して、クアルコムがロイヤルティを課すのは不合理であるとの主張がある[3]。
ロイヤルティベースをめぐる近年の議論、そしてOEMからの主張にもかかわらず、クアルコムがスマートフォン完成品価格をベースとする実施料を徴収できたのは、裁判所の認定によれば、同社がモデムチップ市場における独占力を背景として、OEMに対してモデムチップの供給停止や遅延の脅しをちらつかせ、同社に有利なライセンス契約を結ぶことができたからといえる。しかし、クアルコムのモデムチップ市場における独占力は、同社が標準必須特許を含む特許権の競合他社に対するライセンス供与を拒否し、新規参入を妨げる、または遅らせることにより形成されたものであるから、そのような独占力を背景としてOEMから支払いを受ける実施料の水準はFRAND条件に基づくものとはいいがたいということになる[4]。
(4)につづく
[1] Uniloc USA, Inc. v. Microsoft Corp., 632 F.3d 1292(Fed. Cir. 2011).
[2] Cornell University v. Hewlett-Packard Company, 609 F. Supp. 2d 279(N.D.N.Y. 2009)その他同様の考え方の下、EMVが成立するための証拠要件を示した判例として、LaserDynamics, Inc. v. Quanta Computer, Inc. (Fed. Cir. 2012)などがある。
[3] サムスン電子やBenQ関係者による、クアルコムとの交渉過程におけるメール等の証拠資料。本件判決文、169頁。
[4] この点、クアルコムは判決後も、同社が最良のモデムチップを供給していること、また同社のR&Dがセルラー分野のイノベーションをリードしてきたことは、OEMの証言からも明らかであるなどと主張しており(同社ホームページ)、同社の独占力がシャーマン法2条における排除行為(exclusionary conduct)ではなく、卓越した製品(superior products)や事業の独創性(business acumen)などに基づくものかどうかが今後控訴審で争点となる可能性がある。