企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
第2部 間接部門(スタッフ)の経営管理
企業が保有する人・金・物・情報等の資産は、直接業務(商品企画から販売代金回収までの一連のライン業務)のプロセスを経て手元資金になり、これを元手にして、次の段階の事業が展開される。このプロセスを効果的かつ合法的に運営するために、間接部門(スタッフ部門)が管理業務を行っている。
資産と主な間接業務の係わりを次に示す。
- ⑴ 人(ヒト)は、人事・勤労・労政等の部門が担当する。
-
採用・配属・異動・退職の手続、労働協約・就業規則の制定・運用、給与・賞与の決定・支給、出勤管理・人事考課、労働組合対応等の業務がある。
- ⑵ 金(カネ)は、経理・会計・財務等の部門が担当する。
-
現金出納・資金繰り・決算書類作成・原価管理・税務・資金調達等の業務がある。多くの企業で、決算・納税・資金繰り等の会計・税務知識を持つこの部門が短期経営計画や社内決裁手続きを主管・総括している。
-
⑶ 土地・建物等の不動産や、電気・ガス・上下水道等の事業インフラは、管財部門が維持・管理する。
-
⑷ 棚卸資産(商品・製品、原材料等)・機械装置・車両運搬具・工具器具備品等の動産は、基本的に、それを使用・保管する部署が管理する。
-
⑸ 会社の重要事項を決める株主総会・取締役会の運営は法律(会社法・金融商品取引法等)の定めに従うことが多いので、その専門家(法務部門、弁護士)が事務局に加わる例が多い。
-
⑹ 企業経営において、特許権・著作権・営業秘密等の知的財産は、経営上の強力な武器として評価されている。その管理は、概ね次のように行われる。
- ○ 特許権・商標権等は、出願・登録等の手続きを伴うので、知財部門が主管する例が多い。
- ○ 著作権は、著作物を創作又は使用する部門と法務部門(契約担当)が連携して管理する例が多い。
- ○ 営業秘密(特に、技術情報)は、技術部門と情報システム部門が連携して管理する例が多い。
-
(注) 高収益のグローバル企業が「知的財産」を手段として低税率国に利益を移転して蓄積することに対して、多くの国がBEPS[1]対策を始めている。これに対応するには、グローバルにグループ企業間の業務分担や組織編成のあり方を検討することになるので、取締役会レベルの審議が必要である。
- ⑺ 設計・生産・販売・流通・人事・経理等の業務に係る情報の処理は、コンピュータ・パソコンとそのネットワークを管理する情報システム部門(コンピュータ・システムを管理する部門)が担当する企業が多い。
- なお、⑺については、関係する箇所で言及するので、本項での記述は省略する。
1. 人事の基準(規程等)
労働法制は国・地域によって異なるので、現地の専門家の助言を得て事業拠点ごとに人事規程を定め、これを適切に運用することが重要である。
(注) アメリカ合衆国は、州によって法制度が異なる点に注意が要る。
日本では、法律は一つだが、労働環境は地域の産業・景気・年齢構成等によって異なる。これを反映して、労働基準行政も地域色が濃い。
日本の労働基準監督行政は、厚生労働省(労働基準局)、都道府県労働局(47局)、労働基準監督署(321署及び4支署)によって行われている[2]。
(1) 労働基準監督署の調査に対応できる水準の管理を行う
日本では、人事部門が日常業務において管理すべき最低限の事項は、労働基準監督署が求める資料をいつでも提出できるようにすることである。
次に、日本の労働基準監督署の働き[3]と、企業が提出を求められる情報(帳簿等)を記す。
① 労働基準監督官[4]が事業場に赴いて行う事業場監督・・・これに対応できるよう日常管理する。
2016年には合計17.0万件の事業場監督が行われた[5]。その内訳の概要は、次の通りである。
-
1) 定期監督、事故発生直後の監督 13.5万件
(注) 計画に基づいて行う監督、及び、一定の重篤な労働災害・火災・爆発等の発生直後に原因究明・同種災害の再発防止等のために行う監督。 - 2) 労働者等からの申告に基づく申告監督 2.6万件の処理を完結[8]した。
-
3) 上記の定期監督・申告監督等で法違反があった事業場の12.3%(1.3万件)について再監督を実施
- ○ 再監督を行った全事業場(13,012件)のうち、5,835件(44.8%)で完全是正が確認された。
-
○ 再監督が行われた事業場が多いのは、次の業種である。
建設業(2,314件)、商業(1,537件)、金属製品製造業(1,426件)、運輸交通業(770件)、食料品製造業(658件)
(参考) 2017年度には「長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導」が重点的に行われた[11]。
[1] Base Erosion and Profit Shifting(税源浸食と利益移転)の略。
[2] 設置数は2018年度。なお、労働基準法97条1項に基づいて、この各機関に合計約3,000人の労働基準監督官が置かれている。
[3] 厚生労働省「労働基準監督年報 (第69回 平成28年<2016年>)」参照
[4] 労働基準監督官は、労働基準法違反の罪について刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う特別司法警察職員である。(労働基準法102条、刑事訴訟法190条)
[5] 2016年の事業場監督17.0万件の内訳は、厚生労働省「労働基準監督年報(第69回 平成28年<2016年>)」より。
[6] 業種の内訳(以下、事業場数の多い業種の順。( )内も同じ。): 建設業(土木工事業、建築工事業、他)、製造業(食料品製造業、金属製品製造業、化学工業、輸送用機械等製造業、一般機械器具製造業、電気機械器具製造業、他)、商業(卸売業、小売業、理美容業、他)、運輸交通業(鉄道・軌道・水運・航空業、道路旅客運送業、道路貨物運送業、他)、保健衛生業(医療保健業、社会福祉施設、他)、接客娯楽業(旅館業、飲食店、他)、その他(教育研究業、清掃・と畜業、他)
[7] 複数の法律違反が指摘された事業場を含むため、合計が100%を超える。
[8] 2016年中の(取扱い申告件数29,773件=(前年から繰越4,073件)+(新規受理25,700件))のうち、2016年中に25,757件の申告処理を完結した(家内労働法関係を除く)。
[9] 関係法と主要申告事項は次の通り。労働基準法(均等待遇、男女同一賃金、賃金不払、解雇、労働時間等、他)、最低賃金法、労働安全衛生法(安全、衛生、他)、じん肺法。
[10] 21,994件(取扱い申告総数の73.9%)について申告監督を実施した結果、15,601件(申告監査実施件数の70.9%)で法律違反が確認された。
[11] 厚生労働省労働基準局(2018年8月7日公表)。監督指導を実施した25,676事業場(2017年4月~2018年3月)における労働基準関係法令違反(是正勧告書を交付)が18,061事業場(70.3%)。①是正勧告書交付の内訳:違法な時間外労働11,592、賃金不払い残業1,868、過重労働による健康障害防止措置が未実施2,773。②健康障害防止のため指導票を交付:過重労働による健康障害防止措置が不十分なため改善を指導20,986、労働時間の把握が不適正なため指導4,499。