◇SH3628◇中国:揚子江薬業集団有限公司に対する医薬分野における独占行為に関する行政処罰決定(下) 川合正倫(2021/05/20)

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中国:揚子江薬業集団有限公司に対する
医薬分野における独占行為に関する行政処罰決定(下)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 川 合 正 倫

(承前)

二、 揚子江薬業による免責申立

 揚子江薬業は、短期的な再販売価格の制限は「独占禁止法」15条1項1号に定める「技術改良、新製品の研究開発のためである場合」に該当し、価格固定及び制限行為は、代理商と薬局との間での価格競争を防止するためであり、さらにこれらの措置により代理商及び小売薬局の取次販売段階における投資が強化される結果、薬品の品質保証を促し、社会公共の利益を維持保護する目的を実現するため、「独占禁止法」15条1項4号に定める「エネルギーの節約、環境の保護、災害救助等社会公共の利益を実現するためである場合」に該当するものとして、SAMRに対して免責申立を提出した。

 これに対しSAMRは、以下の通り、揚子江薬業による免責申立理由が成立しないと認定した。

 まず、SAMRの調査によると、揚子江薬業による価格コントロールの重点薬品はいずれも2015年に発売され、その後5年間にわたり継続的にコントロールされており、価格固定及び制限行為の継続時間は長く、市場価格に対する影響も大きいため、「短期」や「技術改良、新製品の研究開発のためである場合」に該当しない。

 また、揚子江薬業は価格固定及び制限行為が、代理商が取次販売段階における投資強化の動機及び能力を高めたことを証明しておらず、SAMRも代理商がその利益を取次販売段階における改善に用いたことを確認できなかったため、揚子江薬業の行為は「独占禁止法」15条1項4号に定める「エネルギーの節約、環境の保護、災害救助等社会公共の利益を実現するためである場合」に該当しない。

 さらに、揚子江薬業は、当該行為が関連市場における競争を重大に制限せず、かつ消費者に関連利益を享受させることを証明していない。

 

三、 本件のポイント

 上記のほか本件に関連するポイントとして、以下の事項があげられる。

  1. (1)  再販売価格の固定及び再販売最低価格の制限に関する合意と、競争排除、制限効果との関係について、本件において、SAMRが国務院独占禁止委員会専門家諮問組メンバーと専門家論証会を開催して検討したところ、「禁止が原則、免責は例外」という適用原則が明確にされた。即ち、再販売価格の固定及び再販売最低価格の制限契約自体が競争の解消目的を有しているため、競争を排除、制限する効果を有するとみなされ、これらの契約合意自体が原則として禁止される。
  2.  
  3. (2)  独占行為の責任主体の認定について、従来の行政処罰事例によれば、事件に直接関与している企業の販売額を過料の基数としていたが、本件においてSAMRは、揚子江薬業が独占契約の合意及び実施において意思決定者、実施者兼監督者であり、揚子江薬業傘下の薬品の生産、販売子会社はいずれも独占行為に参与しているが、独占行為に関する意思決定及び実施においては揚子江薬業による統一の指導及び部署に従い、独立の意思を有しないため、揚子江薬業を違法主体と認定し、その子会社による独占行為を揚子江薬業による行為とみなした。即ち、グループ会社において、その一次法律主体(本件においては、揚子江薬業)が独占行為について意思決定や監督等の実質的支配行為を行った場合、独占禁止行政処罰の対象と認定されるおそれがある。
  4.  
  5. (3)  SAMRによる違法行為の停止命令について、その具体的な要求としては、揚子江薬業は直ちに全面的に取次販売契約を変更し、価格固定及び制限約款を撤廃し、企業の内部統制及びコンプライアンス管理を強化しなければならず、川下企業による自主的な価格決定権に干渉してはならないとされた。

 

四、 総括

 2021年に入りインターネット企業を中心に独占禁止法に基づく行政処罰が相次いでいる。これに加え、国務院は2019年10月に「欠乏薬品の提供保障及び価格安定化業務の更なる改善に関する意見」[1]において、最も厳格な基準にて原料薬、製剤分野における独占、価格違法を調査して処分し、厳重かつ速やかに取り締まる方針を明確にした。また、2021年年初には、SAMRが先声薬業集団有限公司に対して独占禁止に関する1億元の過料通知書を発行したことに加え、4月2日には天津市市場監督管理委員会が天津天薬薬業股份有限公司に対して、原料薬の独占合意の嫌疑に基づき約4,400万元の過料に処する予定という公告を公表した。

 これらの状況から、独占禁止法に基づく取締りは強化される趨勢にあり、なかでも医療分野における独占行為は2021年監督管理部門による重点取締対象となっているため、医薬分野に従事する企業は、独占禁止法関連のコンプライアンスにより一層の取組みが求められる。

 

 

***関連条文***

「独占禁止法」

14条:事業者が取引相手と次の各号に掲げる独占合意を形成することを禁止する。

(1)第三者に対する商品再販売価格を固定すること
(2)第三者に対する商品再販売最低価格を制限すること
(3)国務院独占禁止法執行機構が認定するその他の独占合意
 

15条:事業者が、合意の形成は次の各号に掲げる事由のいずれかに該当することを証明できる場合は、本法第13条及び第14条の規定を適用しない。

(1)技術改良、新製品の研究開発のためである場合
(中略)
(4)エネルギーの節約、環境の保護、災害救助等、社会公共の利益を実現するためである場合
(後略)
 

46条:事業者が本法の規定に違反し、独占合意を形成し、かつ実施した場合、独占禁止法執行機構が違法行為の停止を命じ、違法所得を没収し、併せて全年度販売額の1%以上10%以下の過料に処する。形成した独占合意を実施していない場合は、50万元以下の過料に処することができる。
(後略)
 

49条:本法第46条、第47条、第48条に定める過料に対して、独占禁止法執行機構が具体的過料金額を確定するときは、違法行為の性質、程度及び継続した時間等の要素を考慮しなければならない。

 


[1] 《国务院办公厅关于进一步做好短缺药品保供稳价工作的意见》

 


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(かわい・まさのり)

長島・大野・常松法律事務所上海オフィス一般代表。2011年中国上海に赴任し、2012年から2014年9月まで中倫律師事務所上海オフィスに勤務。上海赴任前は、主にM&A、株主総会等のコーポレート業務に従事。上海においては、分野を問わず日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。クライアントが真に求めているアドバイスを提供することが信条。

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