企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
1. 人事の基準(規程等)
(2) 人事が管理するその他の業務
人事の業務の仕組みと、人事部門で作成・保管する情報(データを含む)の主なものを次に示す。
① 人事考課
人事考課では、個々の従業員がどれだけ企業に貢献したか(又は、これから貢献するか)を評価する。
これが人材の活性化に結び付くためには、公平性・透明性・当事者の納得性が必要である。
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○ 考課の結果は、昇給・賞与等の報酬や、昇進・昇格の基準として用いられることが多い。
多くの企業が、個人情報保護やヘッドハント対策等の目的で、考課結果を重要な秘密情報として管理している。 -
○ 評価体系(考課の基準・プロセス等)を公表する企業も多い。
考課で考慮する要素(例) 加点・減点、業績・能力・態度(取組姿勢)、相対評価・絶対評価、目標設定と到達度
② 雇用均等、ハラスメント防止
1) 雇用環境を整え、雇用均等を目的として、企業に「不利益取扱い禁止」や就業環境を害する行為の「防止措置義務」を定める法律が制定されている。
- ○ 企業が就業規則・労働協約・雇用契約等で具体的に定めて実施する必要がある法律。
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労働基準法
男女同一賃金の原則(4条)、産前産後休業その他の母性保護措置等(64条の3~67条、64条の2) -
男女雇用機会均等法
性別を理由とする差別の禁止(5条~8条)、婚姻・妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い禁止(9条) -
育児・介護休業法[1]
育児休業制度(5条~9条)、介護休業制度(11条~15条)、子の看護休暇制度(16条の2,16条の3)、介護休暇制度(16条の5,16条の6)、所定外・時間外・深夜業の労働の制限(16条の8~20条)、不利益取扱いの禁止(10条、16条、16条の4、16条の7、16条の10,18条の2、20条の2、23条の2) -
パートタイム労働法
労働条件の文書交付等(6条)[2]、就業規則作成手続(7条)、均等・均衡待遇の確保の推進(8条~12条)、通常の労働者への転換の推進(13条)、事業主が講ずる措置の内容等の説明義務(14条)、相談体制の整備義務(16条)、短時間雇用管理者の選任努力(17条)、苦情処理・紛争解決(22条~25条) -
女性活躍推進法
事業主は、女性の活躍推進に向けて、1行動計画の策定(計画期間、数値目標、取組内容、取り組みの実施時期を含める)、2労働者への周知、3外部への公表[3]、4都道府県労働局への届出、を行う。これは、常時301人以上の労働者を雇用する事業主の義務であり、300人以下の場合は努力義務(8条1項・2項・7項)。 -
(参考) 次世代育成支援対策推進法
次世代育成支援対策を「保護者が子育てについての第一義的な責任を有する」という基本的認識の下に、家庭その他の場において、子育ての意義についての理解が深められ、かつ、子育てに伴う喜びが実感されるように配慮して行う。国・地方公共団体・事業主が行動計画を定め、次世代育成支援対策推進センター・次世代育成支援対策地域協議会が支援・推進する。
2) ハラスメントの防止が指向され、事業主に「防止措置義務」が課されている。
- ○ 事業主に対してハラスメント防止措置を求める法律の例
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男女雇用機会均等法: セクハラ対策(11条)、妊娠・出産等に関するハラスメント対策(11条の2)
育児・介護休業法: 職場における育児休業等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置(25条)[4]パワハラの防止措置義務については、立法審議中である。(2019年4月時点) - ○ ハラスメントについては行為自体を直接禁止する規定が無く、様々な法律を適用して問題の解決が図られている。
- 例 男女雇用機会均等法 11条(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)、11条の2(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)
- 民法 415条(労働契約法に基づく債務不履行による損害賠償)、709条(不法行為による損害賠償)、 715条(使用者責任)
- 会社法 350条(代表者の行為についての株式会社の損害賠償責任)
- 労働契約法 5条(労働者の安全への配慮)
- 刑法 176条(強制猥褻)、177条(強制性交等)、182条(淫行勧誘)、204条(傷害)、208条(暴 行)、222条(脅迫)、230条(名誉棄損)、231条(侮辱)
- 軽犯罪法 1条(禁止行為)、3条(1条の罪の教唆・幇助)
- ○ ハラスメントの定義は流動的(日本では、これまで範囲が拡大してきた。)であり、定期的に、社会常識(主に裁判例)を基準として企業内を点検する必要がある。
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(参考) 職場のパワーハラスメントの定義
「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」(厚生労働省公表[5])
③ 労働者死傷病報告、労働保険
- ○ 労働災害等により労働者が死亡・休業したとき、事業者は遅滞なく「労働者死傷病報告」等を労働基 準監督署長に提出しなければならない[6]。
- ○ 労働者(又は遺族)は、労働基準監督署に労災保険(療養補償、休業補償、遺族補償他)の給付の請求をすることができる[7]。労働基準監督署は調査のうえ、要件を満たす場合に支給する。
- ○ 労災保険(労働者災害補償保険)と雇用保険を総称して「労働保険」という。保険給付は別個に行われる。 事業主が行う「労働保険料[8]の申告・納付」は、原則として労災保険と雇用保険が一体のものとして取り扱われる(一元適用)[9]。
④ 外国人の雇用
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○ 事業主は、日本で中長期滞在する外国人に交付される「在留カード」により在留期間・就業制限の有無・資格外活動許可の有無等を確認し、雇入れ・離職をハローワークに届け出なければならない[10]。
(注) 留学や観光目的等で入国した者が就労活動をするには、入国管理局の許可が要る。
[1] 「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」の通称
[2] 事業主には、最低限、①昇給の有無、②退職手当の有無、③賞与の有無、④相談窓口、を文書交付等により明示する義務があり、違反者は過料に処する。(パートタイム労働法6条1項、31条。労働基準法15条1項)
[3] 厚生労働省「女性の活躍・両立支援総合サイト」内の「女性の活躍推進企業データベース」で閲覧できる。
[4] 育児・介護休業法25条「事業主は、職場において行われるその雇用する労働者に対する育児休業、介護休業その他の子の養育又は家族の介護に関する厚生労働省令で定める制度又は措置の利用に関する言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」
[5] 厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が取りまとめた「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」(平成24年(2012年)3月15日)
[6] 労働基準法施行規則57条、労働安全衛生規則97条
[7] 労働者災害補償保険法(略称、労災保険法)
[8] 労働保険料=(労働者に支払う賃金総額)×(保険料率<=労災保険率+雇用保険率>) なお、「労災保険分」は全額事業主が負担し、「雇用保険分」は事業主と労働者が双方で負担する。労災保険料率は、事業の種類によって異なる。労働保険料は、所轄の都道府県労働局又は所轄の労働基準監督署に申告・納付する(銀行・郵便局等も納付を取り扱う)。厚生労働大臣の認可を受けた労働保険事務組合(事業協同組合・商工会議所等)が中小事業主の委託を受けて労働保険事務(納付事務等)を行っている。(労働保険の保険料の徴収等に関する法律10条、33条1項・2項。同法施行規則1条<事務の所轄>)
[9] 農林水産業・建設業等では、労災保険と雇用保険の適用を区別することが必要な事業実態があり、両保険の保険料の申告・納付等を二元的に(別々に)分けて行う。
[10] 雇用対策法28条。厚生労働省「外国人雇用状況届出システム」