◇SH0829◇最三小決 平成28年3月24日 傷害、傷害致死被告事件(木内道祥裁判長)

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 本件は、共犯関係にない二人以上の暴行による傷害致死において、同時傷害の特例を定めた刑法207条の適用の可否が問題となった事案である。具体的な事実関係としては、先行する第1暴行と後行する第2暴行が共謀なく行われ、その結果被害者が急性硬膜下血腫に基づく急性脳腫脹のために死亡したところ、第1暴行及び第2暴行は、そのいずれもが死因となった急性硬膜下血腫の傷害を発生させることが可能なものであるが、同傷害が第1暴行と第2暴行のいずれによって生じたのかは不明である、というものであった。

 

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 検察官は、第1暴行の関与者と第2暴行の関与者の全員について、刑法207条の適用を前提に傷害致死罪が成立すると主張したのに対し、原々判決は、仮に第1暴行で既に被害者の急性硬膜下血腫の傷害が発生していたとしても、第2暴行は、同傷害を更に悪化させたと推認できるから、いずれにしても、被害者の死亡との間に因果関係が認められることとなり、「死亡させた結果について、責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例である同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提に欠けることになる」と説示して、本件で同条を適用することはできないとし、第2暴行の関与者のみに傷害致死罪を認定し、第1暴行の関与者には傷害罪を認定した。

 これに対し、原判決は、検察官の控訴を容れ、第1審判決には刑法207条の解釈適用を誤った違法があるなどとして、同判決を破棄し、刑法207条の適用要件である第1暴行と第2暴行の機会の同一性等に関する審理を求めて、事件を原々審に差し戻した。

 

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 本決定は、まず、同時傷害の特例を定めた刑法207条について、二人以上が暴行を加えた事案においては、生じた結果の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしているとした上で、検察官が、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち同一の機会に行われたものであることの証明をした場合、各行為者において、自己の関与した暴行が傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないというべきであると判示した。その上で、本決定は、共犯関係にない二人以上の暴行による傷害致死の事案において、刑法207条適用の前提となる前記のような事実関係が証明された場合には、いずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定されるときであっても、各行為者について同条の適用は妨げられないと判示して、原判決の判断を是認し、上告を棄却した。

 

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 (1) 刑法207条については、後記の昭和26年判例を除けば最高裁判例は見当たらない状況であった。

 他方、学説上は、法的性質論や傷害致死への適用の可否といった論点で大きな対立が見られるところである。具体的には、法的性質論については、①法律上因果関係を推定する規定と解する見解(小野清一郎「新訂刑法講義・各論〔第3版〕」(有斐閣、1954)174頁、香川達夫『刑法講義(各論)〔第3版〕』(成文堂、1996)329頁、植松正『刑法概論Ⅱ(各論)〔再訂版〕』(勁草書房、1975)258頁等)、②挙証責任を転換する規定と解する見解(山口厚『刑法各論〔第2版〕』(有斐閣、2010)49頁、西田典之『刑法各論〔第6版〕』(弘文堂、2012)45頁、前田雅英『刑法各論講義〔第5版〕』(東京大学出版会、2011)48頁等)、③挙証責任の転換とともに一種の法律上の擬制を用いたものとする見解(団藤重光『刑法綱要各論〔第3版〕』(創文社、1990)418頁、大塚仁『刑法概説・各論〔第3版〕』(有斐閣、1996)32頁、大谷實『刑法講義・各論〔新版〕』(成文堂、2000)36頁、井田良『新論点講義シリーズ2・刑法各論〔第2版〕』(弘文堂、2013)40頁等)などがあり、このうち、③が通説とされ、②が近時の有力説である。このほか、③を出発点としつつも、被告人側の立証は証拠の優越程度で足りるなどとして、厳密な意味での挙証責任の転換ではなく、証拠提出の責任とする見解もある(藤木英雄『刑法講義各論』(弘文堂、1976)202頁、大塚仁ほか『大コンメンタール刑法〔第2版〕第10巻』(青林書院、2006)482頁〔渡辺咲子〕)。

 また、学説では、かつては違憲との見解もあったが、現在はそのような見解はまではないものの、上記のとおり、挙証責任の転換ないしは因果関係の推定などといった例外的な規定であって、厳格に適用すべきであるとして、おおむね、①行為者の各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること、②外形的に共同正犯類似の現象があること(暴行の機会の同一性)といった要件を求める見解が有力であり、多数説と思われる(西田・前掲46頁、渡辺・前掲482、484頁等。なお、山口・前掲50頁は、②の暴行の機会の同一性を要件とするものの、共犯現象との外形的類似性を担保するために要求されるものではないとする。)。

 (2) 次に、刑法207条と傷害致死罪との関係が問題となるが、前提として同罪への同条の適用の可否について、学説上は、肯定説(団藤・前掲419頁、藤木・前掲202頁、渡辺・前掲486頁、山口・前掲51頁等)と否定説(大塚・前掲33頁、西田・前掲44頁、前田・前掲48頁等)が拮抗している状況にあるが、最一小判昭和26・9・20刑集5巻10号1937頁は、具体的な理由を説示していないが、適用を肯定している。

 そこで更に、原々判決と原判決で判断が分かれた、いずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定される場合と刑法207条の可否という問題であるが、これについては、判例、裁判例はなく、学説も、本件以前に議論されていたようにはうかがわれない。

 原々判決は、責任主義を意識し、傷害致死の場面における刑法207条の適用を限定しようとしたもののようにも解されるが、原判決や原々判決の評釈によって批判されているように、次のような問題点があると考えられる。すなわち、①暴行と死亡との間の因果関係を直ちに問題にしている点で、暴行と傷害との間の因果関係が不明である場合の規定である刑法207条の規定内容と相容れない、②原々判決の立場を貫ければ、本件で死亡の結果が発生しなかった場合であっても、第2暴行が傷害を悪化させている以上、同条の適用を否定しなければ整合しない、③第1暴行の程度がいかに激しくても、第2暴行と死亡との間に因果関係が認められれば、第1暴行については傷害罪にとどまることになる、④原々判決は、第1暴行につき「頭部顔面に加療期間不明の出血を伴う傷害を負わせた」と認定し、第2暴行につき「急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ、又は、第1暴行により生じていた急性硬膜下血腫等の傷害を更に悪化させた」と認定しているが、結局、死因となった急性硬膜下血腫の傷害の発生自体については誰も責任を負っていないことになっている、などである。

 (3) このような状況の中、本決定は、刑法207条の適用には、前記多数説が挙げる要件が必要であるとの理解を示した上で、その要件の該当事実が証明された場合には、行為者が自己の関与した暴行が傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないとしたものであるとその法意を判示するとともに、傷害致死にも同条が適用されるとの前記昭和26年判例を踏まえつつ、上記の諸点から原々判決の解釈を否定し、いずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定されるときであっても、各行為者について同条の適用は妨げられない、としたものと解される。

 本決定が、刑法207条の法的性質論についていかなる立場に立っているのかは必ずしも明確ではないが、「証明」と「立証」という2つの用語を用いているところからすると、被告人側が負う立証の程度について、検察官と同程度のものまでは求めないとの解釈の余地を残して(もとより、検察官と同程度のものを求めるとの解釈を否定するものともいえないであろう。)、今後の検討に委ねたものとみることもできるように思われる。

 

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 なお、本件と同様の二人以上による傷害事犯において、先行者の暴行後に共謀荷担した者は、共謀荷担以前に生じていた傷害結果についてはその責任を負わないとした最二小決平成24・11・6刑集66巻11号1281頁、判タ1389号109頁との関係が問題となり得るところである。

 しかし、上記平成24年判例は、いわゆる承継的共同正犯の問題として、因果関係がないことが明らかな傷害結果について帰責性を否定したものであるのに対し、本件で問題となった同時傷害の特例は、因果関係の有無が不明な傷害結果について立証の責任を被告人に負わせることにより帰責性を肯定するものであって、問題状況が異なるように思われる。

 

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 先に述べたとおり、同時傷害の特例を定めた刑法207条については、判例に乏しく、また学説上も様々な理解が示されていた中、本決定は、その要件等の法意を明らかにするとともに、原々判決と原判決との間で判断が分かれた、傷害致死事案においていずれかの暴行と死亡との間に因果関係が認められる場合と同条の適用の可否という問題について、これを明確に判示して決着させたものである。このように、本決定は、刑法207条に関し、基本的な理解を示したものということができ、実務上重要な意義を有するものというべきであろう。

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