◇SH0024◇船舶アレストと戦時徴用訴訟(4) 西口博之(2014/07/08)

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船舶アレストと戦時徴用訴訟(4)

―商船三井船舶差押え事件に鑑みて―

 

                 大阪大学大学院経済学研究科非常勤講師

                        西 口  博 之

III 我が国の戦時徴用紛争と訴訟

 (1) 韓国における強制連行事件

 ① 新日鉄事件[i]

 戦時中の日本の製鉄所で強制労働をさせられたとして新日鉄住金(旧新日本製鐵)を訴えていた韓国人4人に2013年7月10日にソウル高裁で一人当たり一億ウォンの支払い命令が出された。

 本件は、1941年~43年に新日鉄の前身大阪製鉄所での過酷な労働を理由に2005年韓国の裁判所に提訴し第一審・第二審とも敗訴、その一部が1977年に日本の裁判所でも提訴し、2015年に敗訴が確定していたもの。その根拠は元徴用工の請求権は1965年の日韓請求権協定の対象であると日韓両政府で考えられていたためである。

 しかし、2012年5月大法院(韓国の最高裁)が原告の個人請求権は消滅しないとの判断の下、原告敗訴の第二審を破棄し高裁に差し戻ししたもの。

 ② 三菱重工(名古屋工場)事件[ii]

 同じく戦時徴用をめぐる訴訟として、2013年11月1日光州地裁は、三菱重工業名古屋工場で強制労働をさせられたとして韓国人女性等による訴訟で三菱重に対して計6億8千万ウォンの支払い命令を出した。

 原告は、2008年に日本で提訴し最高裁で敗訴していたが、2012年5月の大法院の判決を受けて2012年10月に改めて韓国で提訴したもの。

 ③ 三菱重工(広島工場)事件[iii]

 本件も2012年5月24日の大法院の判決を受けて、2013年7月30日釜山高裁は戦時中に三菱重工業での強制労働を理由に訴えていた元韓国人徴用工への訴訟で一人あたり8千万ウォンの支払いを命じる判決を出した。

 本件での原告は日本で提訴を行い敗訴し、その後韓国での訴訟でも控訴審である釜山高裁が日本の判決を受け入れる形で敗訴としていたもの。

 (2) 中国における強制連行事件と徴用船事件

 (イ) 強制連行事件

 ① 鹿島建設事件(花岡訴訟)[iv]

 1995年6月28日提訴された花岡訴訟は、戦後初めての中国人被害者の日本企業(鹿島建設)への訴訟であるが、第1審東京地裁は1997年に時効除斥で原告の敗訴となった。第2審の東京高裁では和解勧告が出され2000年11月29日に和解(和解金5億円)が成立した。

 ② 西松建設事件[v]

 戦時中に強制連行され広島県で過酷な労働に従事させられとして西松組(西松建設)に対して1998年1月16日総額2,750万円の損害賠償を請求した訴訟で、第1審では2003年和解を勧告下が不成立に終わり、2004年7月9日の広島高裁での控訴審では西松建設に全額支払いの判決があった。

 本件は、最高裁に持ち込まれ、2007年4月27日に被告の不法行為は認定したが、個人が請求権を持たないという判断を下して個人の裁判上の請求権を否定した。

 その後2009年10月23日和解が成立し2億5千万円の和解金が支払われた。

 ③ 北海道訴訟[vi]

 1944年~45年にかけて日本に連行され全国135箇所で強制労働をさせられた中国人4万人近い徴用工のうち北海道の58事業所の16,282人が連行された。

 1999年9月1日33名の中国人が三井鉱山・熊谷組等を相手に、更に2002年8月26日10名が追加提訴を行った。結局、第1審での敗訴後2004年4月1日控訴したが、札幌高裁は2006年10月4日結審し、判決日を2007年3月20日と指定したがその取り消され上述の最高裁判決を迎える結果となった。

 ④ その後の日本での提訴はなくなり、中国での提訴と形を変えているが、その最初の

 中国での提訴は、2000年12月27日の熊谷組・住友・鹿島等を相手とする河北省高級人民法院(高裁)への提訴事件である。

 更に、最近の新聞報道では、三井鉱山(日本コークス工業)や旧三菱鉱業(三菱マテリアル)並びに日本政府を相手とする北京市第1中級人民法院(地裁)及び唐山市中級人民法院(地裁)への提訴事件も生じているが今回は日本政府も提訴相手先であることで注目を集めている[vii]

 (ロ) 徴用船事件(商船三井船舶事件)[viii]

 1936年中国企業(中威輪船公司)が船舶2隻を商船三井の前身(大同海運)に定期傭船に出したが、その後その船舶は日本海軍に徴用され1944年までに沈没した。

 1964年中威輪船公司の相続人が日本政府を相手に損害賠償請求の調停を申し立て、1970年には東京地裁に商船三井を相手に提訴したが1974年に請求棄却。

 1972年日中共同声明で「日本に対する戦争賠償請求を放棄」とする判断と時効がその理由であった。ところが、1987年に中国が時効制度に関して、提訴期限を1988年末に設定したため[ix]、1988年原告の相続人は上海海事法院に損害賠償を求めて改めて提訴した。

 2007年上海海事法院は商船三井に対して約29億円の支払い命令を出した。その後、2011には最高人民法院(最高裁)が商船三井の再審申し立てを棄却していた。

 2014年4月19日に上海海事法院が商船三井の鉄鉱石運搬船(バオステイール・エモーション号)を中国の寄港先で差押さえた。

 2014年4月23日商船三井は上海海事法院に約40億円の供託金を支払い差押さえは解除された[x]

つづく


[i] 2013年8月9日付け日経ビジネスon line(http://business.nikkeibp.co.jp)参照。

[ii] 2011年11月1日付けANN News(http://news.tv-asahi.co.jp)並びに2013年11月2日付けHuff Post(htpp://www.huffingtonpost.jp)参照 。

[iii] 2013年8月9日付け日経ビジネスon line(http://business.nikkeibp.co.jp)参照。

[iv] ならぷららホームページ(http://www4.plala.or.jp)参照。

[v] 2009年11月7日付け中国新聞ニュース(http://www.hirosimapeacemedia.jp)参照。

[vi] 中国人戦争被害者の要求を支える会ウエブサイト(http://www.suopei.jp

[vii] 2014年3月7日付け産経ニュース(デジタル)http://sankei.jp.msn.com参照。

[viii] 2014年4月21日付けMOL(商船三井)プレスリリース(http://www.mol.co.jp/pr/2014/14026.html)並びに平成26年4月21日・22日・24日付け日本経済新聞記事参照。

[ix] 平成26年4月30日付け日本経済新聞記事参照。

[x] 平成26年4月24日・25日付け日本経済新聞記事参照。

 

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