弁護士の就職と転職Q&A
Q89「パートナー中途採用はどこに基準が置かれているか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
企業を依頼者とする弁護士業務を続けるに際して、「独立してひとり事務所で細々と」という選択肢が採りにくくなって来ています。依頼者企業の担当者から「おひとりで事務所をされるなんて大変じゃないですか?」と言葉をかけられたら、それは「複数名で組織的に業務をしてくれないと、依頼するにも社内的に説明しづらくて困る」という心理から来ていることもあります。そのため、10年超の経験を持つ弁護士にとっては、「パートナー格の人材市場」への関心が高まっています。
1 問題の所在
法律事務所にとって、「パートナーの採用」は、「アソシエイトの採用」よりも、より慎重に検討しなければならない要素があることは当然ですが、「アソシエイトの採用」よりも簡単に決まる場合もあります。
経営が順調である共同事務所にとってみれば、敢えて、パートナー会議での「議決権」又は「発言権」を持ち、利益分配の権利を持つパートナーという立場に、「余所者」を迎え入れるリスクを取る必要はありません。時間をかけてアソシエイトを教育できているならば、仕事振りも性格もわかったシニア・アソシエイトをパートナーに昇進させるほうが無難です(そうでなければ、優秀なアソシエイトに「所属事務所でパートナーを目指そう」という動機付けを損なうリスクすら生じます)。そのため、「パートナーの中途採用」は、「内部育成ではカバーできない新規分野の開拓」の場面等に限られます(事務所経営の戦略面から生まれたニーズではなく、代表弁護士等の信頼に基づく「コネ採用」が行われる場合もありますが)。
他方、財布を分けたまま、単に経費(主として家賃)を分担するパートナーの集まりに過ぎない共同事務所であれば、「パートナー=家賃を納めてくれる経費負担者」であり、「特に一緒に仕事をするわけではない」という前提が加われば、アパート経営者が賃借人を選ぶように、「特に変な人でなければ、所定の経費さえ納めてくれたら、(弁護士過誤や懲戒の問題さえなければ)どんな弁護士であっても細かいことは気にしない」ということもあります。
また、近時では、新興の法律事務所が、実質的には「シニア・アソシエイトの採用」を考えているにも関わらず、候補者を勧誘するツールとして「パートナーの肩書き」を提供する場面も見られるようになってきました(事務所側が過去に事務所を同じくしていた等の事情で候補者の能力と性格を知った上で成立する場面に限らず、見ず知らずの候補者に「パートナー」の肩書きを提供して採用する事例も現れています)。
理念的に言えば、「パートナー」とは、「職人としての腕が一人前」であり、「経済的にも自立できる」ことが求められますが、採用時点で求められる、その達成度合いは、採用する事務所側の事情によって異なってきます。
2 対応指針
「パートナー」の要件を、抽象的に「職人としての腕が一人前」であり、かつ、「経済的にも自立できる」と置いたとしても、入口段階で両方を100%満たしている人ばかりではありません。
方法論としては、(A)先に、職人としての腕が相応に信頼できることを、「免許皆伝」な、お墨付きとして「パートナー昇進」という形で表してもらった上で、「パートナー」という肩書きを得た後に(当初はアソシエイトのように所内下請けにも従事しながら)徐々に自ら元請けとなって外部から仕事を引っ張ってくる経済力を身に付けていく、という「職人的技能先行型」が王道と考えられていますが、(B)早期に依頼者から直接に自分で仕事を受けるようになり、案件を自らの裁量で処理していく中で、必要な知識をその都度、補充していく「経済的自立先行型」の中にも優秀なパートナーに育った実例は(創業者世代を含めて)存在しています。
パートナーの要件には、「腕」と「経済力」の他に、「事務所とのカルチャーフィットを損なわないこと」も、消極要件として存在します(M&AにおいてPMIが重要なのと同様です)。そのため、採用から一定期間(例えば1年間)は、カウンセル的なポストで受け入れて、この点を確認した上でパートナーに昇進させる事例も見られます。
3 解説
(1)「職人としての腕」要件
「職人としての腕」をどこまで求めるかどうか、については、事務所毎に異なります。ブルーチップ企業を代理する伝統ある事務所においては、「慎重で保守的な意見が述べられること」が高評価につながることもあれば、スタートアップ企業を代理する、新興事務所においては、「リスクを指摘するだけでは弁護士の付加価値がない」と言われてしまうこともあります(もっとも、伝統ある事務所がリスクを取った助言をできないわけではなくて、「リスクをとった判断をすることはパートナーの裁量であり、アソシエイトには慎重な分析を求める」という役割分担がされていることもあります)。
そのため、「まだシニア・アソシエイトであっても、この所属事務所で、このパートナーの下で、番頭役として案件を回していたのであれば、職人としての腕は十分だと推定される」と判断してもらえることもあれば、「現職でパートナーとしての肩書きを得ていると言っても、この事務所の仕事振りからすれば、パートナー審査なんてアテにならない」と言われてしまう場合もあります。
「職人としての腕」は、「育ててもらった事務所のブランド」によって推定されてしまう面もあるために、定評があるわけではない事務所に所属している場合には、「事務所のブランドとは別に、個人としての技能が高いことをアピールする証拠」として、個人名義で執筆した論文等でこれを補強する取組みも見られます。
(2)「経済的自立」要件
大規模事務所で、ジュニア・パートナーやシニア・アソシエイトの人材層が分厚い先で育ったアソシエイトには、「きちんとした技能を身に付けていることは推認してもらえるけど、経済的自立が遅れる」という問題を抱える傾向があります。逆に、人材層が薄い事務所ほど、若いうちから、依頼者から直接に相談を受けて、個人としての判断を求められる機会が多いため、自らのアカウントで売上げを立てやすいとも言えます(大規模事務所ほど、大型事件にチームで取り組む傾向があり、中小事務所のほうが小型案件を数多くこなせる、という環境もこれに拍車をかけています)。
まだ経済的に自立できていないシニア・アソシエイト格にとっては、「これまでどおり、(できるだけ高く)給与を支払ってくれる職場を見付けたい」と思えば、インハウスのポストと比較しながら、法律事務所のシニア・アソシエイトポストを探すことが通例でした。これに、近時、あらたな選択肢として、採用側法律事務所から「パートナーという肩書きを与えてあげるから、挑戦してみないか? 当面は費用負担も求めないし、事務所案件も振ってあげるので、実質的にはシニア・アソシエイトとして働いてもらって構わない」という提案がなされることも増えてきました。
また、「経済的には自立できそうだが、現事務所のボスとずっとやっていくつもりはない」というジュニア・パートナー格にとっては、自ら独立した場合の収支計画との比較において、「既存の事務所にパートナーとして採用してもらったほうが、費用負担を軽減できるのではないか?」という視点で進路を考えることになります。
(3)「事務所とのカルチャーフィット」要件
法律事務所の経営上、「アソシエイトの採用=人件費の増加」であり、「パートナーの採用=経費負担者の増加」という性質があるため、数字の上では、「パートナーの採用のほうがリスクは少ない」という見方もありえます。しかし、現実には、「新参者のアソシエイト」であれば、仮に、事務所のカルチャーに合致しない言動があれば、組織内の職位ランクの上下関係に基づいて、それを各パートナーが指導して矯正していくことが可能である、という予防措置を講じることができるために、「カルチャーフィット」の点から採用のハードルを上げる必要はありません。
他方、「新参者のパートナー」に、事務所のカルチャーに合致しない言動があったときには、これを矯正することはそう簡単なことではありません。法的な意味でのパワハラ等が行われるのであれば、それを「違法行為」と認定して是正を求めなければなりませんが、そこまでに至らない「目に余る行為」について所内の軋轢を生じた場合には、事務所経営的には、「事務所の職場環境の維持を優先するか? それとも、新参者パートナーの裁量や営業上のシナジーを優先すべきか?」の難しい選択を迫られることになります。
実際上、「事務所のカルチャーに合うかどうか?」のリスクは、事前審査をいくら厳密にしても回避することができず、「一緒にやってみなければわからない」という面があります。そのため、実務的には(対外的には、「パートナー」という名称を与えて新参者の営業に協力しつつも)「採用から一定期間(例えば、1年間)は、所内的には、パートナーとしての議決権を与えずに、問題がないことを確認してから昇進させる」という扱いをすることもあります。
以上