◇SH2743◇企業活力を生む経営管理システム―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(第57回) 齋藤憲道(2019/08/29)

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企業活力を生む経営管理システム

―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―

同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

5. 知的財産の管理

 知的財産(以下、「知財」という。)とは、発明(特許権)、考案(実用新案権)、植物の新品種(育成者権)、意匠(意匠権)、著作物(著作権)その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見・解明された自然の法則・現象であって産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標(商標権)、商号[1]、その他事業活動に用いられる商品・役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上・営業上の情報の総称である[2]

 業種によって利用する知財の種類は異なり、その創造・権利化・権利行使のための管理のあり方も様々である。

 本項では、ビジネスにおいて知財がどのように用いられ、管理されているのかを理解する。 

(1) 知的財産を活用してビジネスを作る

 ビジネスを構築する上で、知財は重要な役割を果たしている。その様子を、次に、①モノ(ハード)中心のビジネス、②無形資産(ソフト)中心のビジネス、③システムを基盤とするビジネス、④多国籍企業が無形資産を用いて「税引き後利益」を最大にするビジネス・モデル、の分野に分けて観察する。

 なお、優れた経営戦略をみると、事業戦略、企画・研究開発戦略、知財戦略がそれぞれ確立され、この3つの要素が統合されて全体として経営効果を発揮しているものが多い。企業経営は、この点に留意して行う必要がある。

  1. 例「GMP認定工場[3]」を所有し、専ら他社向けのOEM(受託製造) [4]を行って、自社が得意とする製造分野に経営資源を集中する医薬品製造業者がある。

① モノ(ハード)中心のビジネス

1) 鉱工業品、医薬品等

  1. ○ 特許、技術情報の活用
  2.   特許・技術情報(多くは営業秘密)は、自動車、電気・電子機器(通信機器、情報処理機器、家電製品を含む)、部品・材料・素材(金属・化学材料等)、医薬品等の分野の製品の機能・特性・製造コストを決定する役割を果たしている。
  3.   自社に有効な特許があれば、他者がそれを用いて製品を自由に生産・販売するのを制限すること(出荷差止め、特許ライセンス契約の締結等)ができる。
  4.   このため、この業界のほとんどのメーカーが、知財を管理する部署(知財部・知財課等)を設けて、ライバル企業等の特許分析(特許所有、特許出願、技術導入・技術供与、等)等を分析して自社の技術戦略構築の基礎資料にするとともに、自社の技術者に対して積極的な特許出願を奨励し、自社の競争力の強化に努めている[5]
  5.   (注) 職務発明
    従業者等が行った職務発明について、契約・就業規則等において予め使用者等が特許を受ける権利を取得することを定めたときは、その特許を受ける権利はその発生時から使用者等に帰属する[6]
  6.   特許は、特許庁に出願したときから1年6カ月経過すると特許公報で公開される[7]
  7.   このため、ノウハウとして秘密にしておきたい技術を出願せず、自社内で営業秘密として管理することがある。営業秘密が侵害されて漏洩した場合は、侵害の事実を明らかにし、それを無断使用して作った製品の出荷・通関を差止めること等ができる。
  8.   (注) 特許出願を回避して秘密管理する場合
    例えば、自社が内製する機械に関する発明を特許出願すると、その内容が全て1年6ヶ月後に特許公報で公開される。この技術をライバル企業が(産業スパイではなく)合法的に入手して、同企業の内製機械に無断で使用した場合、それを外部から発見するのは難しい。このような事態が想定される場合は、特許出願せず、営業秘密として管理することがある。(発明者には発明報奨の提供を配慮する。)
  9.   ICT (情報通信技術)を用いる事業は多くの技術を寄せ合わせて構築され、通信・情報処理を正確に行うために、情報の変換・送信・伝送・受信・復元等に関する基本ルール(法規制、規格)[8]が定められている。
  10.   (注) ICTは、送信側が、元になる情報(文字・画像・音声・データ等)を、信号(アナログ又はデジタルの送信用の信号)に変換し、電磁波・音波・光波・電流等を用いて別の場所(隣接、近接、遠隔)に送信・伝送し、(この間、必要に応じて処理・演算等を行う)、受信側で、受信した信号を求める形の情報(元と同じ形の文字・画像・音声・データ等にすることが多い)に復元して、利用することを可能にする[9]
  11.   ICT分野の事業では、多数の特許を用いて特定の機能が実現される事例が多い。これを1社が事業化してデファクト・スタンダード(事実上の標準)[10]にするケースと、複数の企業がそれぞれ保有する特許を提供し合ってパテント・プール[11]を形成するケースがある。
     
  12. ○ ブランド戦略
  13.   ブランド・イメージは販売や株価に影響を与えることが多く、企業の重要な財産である。
  14.   大企業において、市場に広く訴求する(場合によっては販売チャンネルを分ける)ために、親会社の「商号(会社名)」を看板に掲げ、商品に付ける商標を、全商品に共通する「ハウスマーク」、中分類の商品群に「ファミリーネーム」、小分類の商品グループに「ペットネーム」と、階層に応じて使い分ける例がある[12]
  15.   また、商工会・商工会議所・NPO法人等が、地域名と商品・サービス名を特許庁に申請して「地域団体商標[13]」を登録し、地域ブランドとして市場に訴求して地域経済の活性化を図る例が増えている[14]
  16.   商品・サービスに付された「地域団体商標マーク[15]」は、それが登録商標であることを示すものである。
  17.   (注)「地域団体商標」は商標権であり、自ら権利行使(損害賠償請求、差止請求)が可能、税関に申し立てて模倣品の輸入を阻止できる、国際登録制度(マドリッド協定議定書)を利用して簡易手続で海外に商標出願できる等の特徴がある[16]。商標権の有効期間は10年間だが、何回でも更新登録して延長できる。
     

2) 農業、林業、水産業

 日本の農業・林業・水産業は、その大部分が零細事業者(個人を含む)によって支えられてきた。しかし、零細事業者の間では、知財への関心が他の産業に比べて低かった。

 近年、この業界でも知財の効用に対する認識が高まり、次に例示する制度の利用が進んでいる。

 農業・林業・水産業には、知財に関する知識・経験を有する人材が少なく、他業種の知財経験者の支援・参入が望まれる。

  1. 制度例1 地域団体商標制度(特許庁)
    農協等の組合、商工会、商工会議所、NPO法人が登録する。(内容については上述。)
  2. 制度例2 地理的表示保護制度[17](農林水産省)
    伝統的な生産方法や気候・風土・土壌等の生産地の特性が品質特性に結びついた周知の農林水産物・飲食料品等(酒類等を除く)の地域産品の名称(地理的表示[18])・品質基準等を「生産・加工業者の組織する団体」が知的財産として農林水産省に申請して登録する。(登録は、無期限に有効)
    生産者は、団体に加入すれば、この品質基準を満たす自分の産品に「地理的表示」を使用して「GIマーク」を付すことができる。地理的表示が不正に使用された場合は行政(国)が取り締まる[19]
  3. 制度例3 植物新品種保護制度(農林水産省)
    植物新品種を育成した者は、農林水産省に出願・登録して育成者権を取得し、登録品種の種苗・収穫物・加工品の販売等を品種登録日から25年間(樹木等の永年性植物は30年間)独占することができる(種苗法の育成者権[20])。
    品種登録の主な要件は、区別性(公然と知られた他の品種と明確に区別できること)、均一性(同一世代で同じ特性のものができること)、安定性(繰り返し繁殖しても特性の全部が変化しないこと)、未譲渡性(出願日から1年遡った日より前に種苗・収穫物が譲渡されていないこと)である[21]
  4. 制度例4 スマート農業のデータの蓄積・利活用
    現在、ロボット技術を組み込んで自動的に走行・作業を行う車両系の農業機械(ロボット農機)の開発記録・試験データ[22]や、人工栽培等の環境データ(温度、湿度、土・水等の成分、光等)等の蓄積とその利活用が進んでいる。これらのデータの中には営業秘密(技術ノウハウ)にすべきものがあり、事業関係者の知財マインドの向上と、秘密管理の定着が望まれる。
  5. 制度例5 知財を家畜物(和牛等)のビジネスに活用(進行中)
    畜産物に関する権利を取得して行使する「決め手」の手段は無く、現在、検討中である。
  6.  〔決め手の例〕 次のような複数の手段を組み合わせて権利行使することが考えられる。
    特許        特許法(遺伝子特許[23]が有効。特徴的な遺伝子の解析等の研究が進行中。)
    商標、地域団体商標 商標法
    商品の表示・形態  不正競争防止法、景品表示法、食肉公正競争規約
    体細胞クローン技術[24]に関する営業秘密  不正競争防止法
    遺伝資源(精液、受精卵)の流通管理の徹底(流通の仕組み、トレーサビリティの確保)


[1] 商法1編4章「商号」11条~18条の2

[2] 知的財産基本法2条

[3] 厚生労働省の「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令」(通称、GMP省令)に基づく安全管理・品質管理を行っていることの認定を受けた工場。

[4] Original Equipment Manufacturer(受託製造)

[5] 「特許行政年次報告書 2018年版(統計・資料編)特許庁」第2章 主要統計「分野別上位出願人」によれば、各特許分野の上位20社のほとんど全部がメーカーである。

[6] 特許法35条3項

[7] 特許法64条2項(出願公開制度)

[8] 〔例1 電波法〕電波とは300万MHz以下の電磁波をいう(2条1項)。電波に関し条約があるときは、その条約が優先する(3条)。無線局の開設は、著しく微弱な電波を除き、総務大臣の免許を受けて行う(4条)。無線局は目的外使用(遭難通信等を除く)が禁止され(52条)、混信防止義務を負う(56条)。〔例2 5G〕国際電気通信連合(ITU)で5Gの技術性能要件(最高伝送速度・平均周波数効率・遅延・端末接続密度、移動性能等の13項目)やその評価方法(analytical, simulation, inspection)が検討・承認されている。日本の総務省は2019年4月に5G用の周波数(3.7GHz帯、4.5GHz帯、28GHz帯)を携帯電話4社(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイル)に割り当てた。

[9] この過程で、一時的に情報を機器内に蓄積することがあり、それが著作権侵害に当たるか否かが議論されたことがある。著作権法44条は、放送事業者等による一時的な録音・録画を認めているが、この録音物・録画物は、録音・録画から6か月(それが放送・有線放送された場合は、その時から6か月)を超えて保存しないことを原則とする。

[10] VHSビデオ、Microsoft Windows 等がある。

[11] CD、DVD、MPEG-2、W-CDMA、モバイルWiMAX等が知られている。パテント・プールの形成手順(例):①技術標準を形成、②推進母体を確立、③ライセンス会社を選定・設立、④必須特許を選定(鑑定人を選任)、⑤必須特許権者の基本合意(ライセンス条件)、⑥独禁法当局による適法性確認・審査を、この①~⑤と並行して適宜実施、⑦事業開始。

[12] 例えば、①トヨタ自動車(商号)は、②「TOYOTA」をハウスマークとして全車に付け、③大衆車に「カローラ」・高級車に「クラウン」等のファミリーマークを付けて区分し、④さらにこの「カローラ」を「スパシオ、アレックス、ランクス」等に分け、「クラウン」を「マジェスタ、ロイヤル、コンフォート」等に分ける等して、それぞれのペットネームにしている。(特許庁「産業財産権 標準テキスト 商標編 第3版」116頁 発明協会発行)

[13] 平成18年(2006年)に創設。商標法7条の2

[14] 2018年末時点で645件が登録されており、「地域団体商標ガイドブック2019(特許庁)」に事例が紹介されている。

[15] 「地域団体商標マーク使用規程(20180126特許3(特許庁))」「地域団体商標マーク マニュアル(平成30年4月9日版 特許庁)」

[16] 商標法19条1項・2項、25条、36条、37条1項

[17] 特定農林水産物等の名称の保護に関する法律

[18] 地域を特定できれば、地名を含まなくてもよい。

[19] 商標は、団体が自主管理する。

[20] 種苗法19条1項・2項。植物新品種保護国際条約(UPOV<ユポフ>条約:Union Internationale pour la Protection des Obtentions Végétales)

[21] 種苗法3条、4条

[22] 「農業機械の自動走行に関する安全性確保ガイドライン(平成3 0 年3 月 農林水産省)」を参照

[23] 有効な遺伝子を解明し、単離・利用等する技術に関する特許。米国最高裁判所はMyriad事件判決(2013年6月13日)において、米国特許法101条の特許保護適格性に関して「自然界に存在するDNA断片は天然物であって、単離しただけでは保護適格性を有しない。cDNAは自然界に存在しないので、保護適格性を有する。」とした。

[24] 国や宗教等により、研究・応用を認める範囲の考え方が異なっている。

 

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