コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(8)
――組織のライフサイクルと組織文化③――
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、創業時の組織文化について、共同事業のケースや、日本ミルクコミュニティ(株)時代の筆者の経験をもとに、創業経営者の失敗と創業時の組織文化の棄却、新たに任命された経営者による新たな組織文化の形成と成功について述べた。
今回は、創業時の組織文化の形成に関して、筆者の日本トライアスロン協会創立時の経験をもとに考察する。
既述したが、シャインは、創業時の組織文化に関し、以下の通り述べている。
- ⑴ 成長の過程で、成功に関する基本的規準が作られると、組織はそこで認められない力に対して抵抗する。…(後略)
- ⑵ 成功した創業者は、自身の仮定を明確に持っている場合が多く、自身と同じ信念、価値観、仮定を共有する人だけが雇用される。反対者は去る。仮に、学習棄却する必要がある場合でも、創業者により制限される場合が多い。
筆者は、トライアスロン競技の草創期に、全日本アマチュアトライアスロン協会と合併した日本トライアスロン協会の初代理事長を務め、創業経営者の役割を果たした経験がある。合併後の日本トライアスロン協会では、「トライアスリートによるトライアスリートのためのトライアスロンの組織」を宣言し、アマチュアリズムの非営利団体として活動する方針をとった。
当時は、任意団体であったが、会員数約1万人、2種類(ジュニアの大会を入れると3種類)の全日本選手権大会を定期的に開催し、東京都をはじめ、各地に支部を設立し、国内外から大会開催・支援依頼を多数受ける等、競技団体としてある程度軌道に乗っていた。
しかし、組織が成功するにつれて、非営利のアマチュアリズムを方針とする筆者のグループとは異なる考えのグループが少数であったが組織内に形成され、利益を求めて指導部の交代を求める動きが発生した。筆者と考えを一致するグループと、そうでないグループによる分裂状態が発生する危険があったので、全国の代表による協議を行ない、これまでの路線の堅持を確認した。(反対グループは、組織外に出てイベント会社を設立した。)
これは、企業ではなく非営利組織のケースだが、シャインが指摘するように、組織が成功し成長する段階で、創業者と同じ信念、価値観、仮定を共有する者が残り、反対者が去ったのである。(第6回で述べた、創立時に意見が異なるグループが去り、クラブ組織として活動したのとは別で、組織内に残留した者が、組織が一定程度成功した後、創業者が形成した組織文化と対立する動きをしたケースである。)
当時、創業者としての筆者には、シャインが仮定した創業時の組織文化を学習棄却する必要性は感じず、むしろ筆者が設定した方針や組織文化が、それまで組織が成功してきたキーになっていると思われた。
しかし、このケースから、あらためて「組織文化の維持・革新と組織の成功・失敗」について考えると、様々な課題が想定される。
ある組織は、環境変化に適合的に組織文化を革新(当然経営戦略にも反映)して成功し、ある組織は、創立時の理念を失い組織文化を変質させ、事件や事故を発生させる。
例えば、それを許す環境で、成長のみを追い求めていた企業が、社会がコンプライアンス経営やCSR(CSV)経営を求める環境に変化した時に、コンプライアンス経営やCSR(CSV)経営に組織文化(戦略も)を変更し新たな成長軌道に乗る場合は前者であり、創業時に社会的支持を得て成功した組織が、長年の成功に慢心した場合や利益第一主義に組織文化を変質させて不祥事を発生させ、第三者委員会から「組織風土に問題があった」と指摘されるのは、後者の場合である。
組織文化の維持と革新、組織の成功と失敗に関しては、様々な課題が想起される。
- 組織文化の維持・革新を、何時、誰が、どのような基準で判断し実施するのか?
- それは組織を更に発展させるのか? なぜ、そう言えるのか?
これらは、簡単に回答できる問題ではない。その組織の組織文化が何で、どんな組織文化形成の歴史があり、どんな役割を果たしているのか、内・外部環境との適合性はどうなっているのか等、様々な要素を考慮して判断しなければならない。
組織文化の革新や維持の判断は、非常に重要な経営トップ固有のミッションである。
本稿でも今後の重要テーマとして考えてみたい。
次回は、一定の成長を遂げた組織の組織文化と経営者の行動について、やはりシャインをベースに考察する。