証券取引等監視委員会、「日本調剤株式会社役員による重要事実に
係る取引推奨行為に対する課徴金納付命令の勧告について」を公表
岩田合同法律事務所
弁護士 伊 藤 広 樹
証券取引等監視委員会は、2019年9月13日、「日本調剤株式会社役員による重要事実に係る取引推奨行為に対する課徴金納付命令の勧告について」において、日本調剤株式会社(以下「当社」という。)の役員による重要事実に係る取引推奨行為に関して、課徴金納付命令を発出するよう勧告を行った旨を公表した。
本稿では、本件で問題となった情報伝達・取引推奨規制の概要を解説するとともに、本件の事案の概要を紹介する。
1. 情報伝達・取引推奨規制の概要
金融商品取引法167条の2第1項は、概要、上場会社等の会社関係者であって、当該上場会社等の重要事実を職務等に関して知ったものは、他人に対し、当該重要事実の公表前に当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等をさせることにより当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的をもって、当該重要事実を伝達し、又は当該売買等をすることを勧めてはならないと定めており、これは一般に「情報伝達・取引推奨規制」と呼ばれている。
通常のインサイダー取引規制は、有価証券の売買等という取引行為を規制対象としているのに対して、情報伝達・取引推奨規制は、重要事実の伝達行為・売買等の推奨行為という、いわばインサイダー取引の準備行為を規制するものである。この点に関して、情報伝達・取引推奨規制の導入前において、インサイダー取引に向けた情報伝達行為等は、インサイダー取引の教唆犯又は幇助犯に該当し得るとされていたものの、直接の規制対象とはされていなかった。しかしながら、情報受領者によるインサイダー取引を防止する観点からは、不正な情報伝達行為等も規制すべきであるとして、2014年4月1日に施行された改正金融商品取引法において、情報伝達・取引推奨規制が導入されるに至った。
情報伝達・取引推奨規制の特徴は、先に述べたインサイダー取引の準備行為を規制するという点に加えて、一定の目的が要件として定められている点にある。即ち、単なる重要事実の伝達行為・売買等の推奨行為は規制対象ではなく、あくまでもこれらの行為が「当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的」をもって初めて規制対象となる。したがって、単なる家族間の世間話やIR活動において重要事実を伝達する行為は、この目的要件を欠き、規制対象にならない。もっとも、これにより重要事実の伝達を受けた者が有価証券の売買等を行った場合には、当該売買等を行った者がインサイダー取引規制の対象となり得る点には留意する必要がある。
また、情報伝達・取引推奨規制に違反した場合には、インサイダー取引規制と同水準の刑事罰・課徴金の対象となる。
なお、公開買付け等事実に関する情報伝達行為・取引推奨行為についても、金融商品取引法167条の2第2項に同様の規制が定められている。
2. 本件の事案の概要
本件は、上場会社等の会社関係者である当社の元役員が、当社が自己株式の取得を決定した旨の重要事実を知りながら、当該重要事実の公表前に、第三者に対して、当社株式の買付けをさせることにより利益を得させる目的をもって、当社株式の買付けをすることを勧めた事案であるが、これは先程述べた取引推奨行為に該当するものである。
当社が自己株式の取得を公表したのは2018年7月31日であるが、その日に「2966円」であった当社の株価は、その2日後には「3260円」に上昇するに至った。これに対して、当社の元役員から取引推奨を受けた第三者は、同年6月25日から同年7月31日までの間に当社株式の買付けを行っているが、その買付価額の平均単価は「2875円」であったことから、当該第三者は、実際にこれらの一連の取引により、不正に一定の利得を得たことになり、当社の元役員は、取引推奨行為という態様でかかる取引に関与したことになる。
情報伝達・取引推奨規制は、まさにこのような態様でインサイダー取引を惹起・助長する行為を規制するものであり、証券取引等監視委員会は、当社の元役員に対して、課徴金納付命令を発出するよう勧告を行った。
3. まとめ
本件については、証券取引等監視委員会のみならず、当社のウェブサイトでも公表されている。当社自身はインサイダー取引又は取引推奨行為の当事者ではないものの、そのレピュテーションに与える影響は否定できず、また、情報管理体制を始めとする当社の内部統制それ自体にも疑義が生じかねないと言えよう。
当社は、ウェブサイトにおいて、今後の対応として、「外部の専門家に内部情報管理規定等の確認を依頼するなど、改めて情報管理体制の強化・徹底を図るとともに、全役員・全職員に対して、コンプライアンス意識の徹底、インサイダー取引防止のための研修の実施などにより、再発防止に向けて努めてまいります」と述べている。当職の経験上、情報伝達・取引推奨規制は、5年前に導入された制度であるにもかかわらず、未だにインサイダー取引規程等の社内規程に反映されていない例が散見されるが、そのような会社では社内での意識付け・啓蒙等が十分でない可能性がある。違法な情報伝達行為・取引推奨行為を防止する意味でも、また、万が一社内関係者が違法な情報伝達行為・取引推奨行為に関与していた場合における、内部統制の観点からの会社のプロテクションの意味でも、社内規程の整備、教育・研修制度の充実等のコンプライアンス体制の強化は重要であると言えよう。
情報伝達・取引推奨規制のポイント |
● 取引行為(売買等)ではなく、情報伝達行為・取引推奨行為が規制対象 ● 一定の目的(他人の利益の獲得・損失の発生回避)が必要 |
以 上