SH2836 国際シンポジウム:テクノロジーの進化とリーガルイノベーション「第2部 テクノロジーの進化に対する工学×経営学×法学のアプローチ①」(2019/10/21)

法学教育そのほか

国際シンポジウム:テクノロジーの進化とリーガルイノベーション
第2部 テクノロジーの進化に対する工学×経営学×法学のアプローチ①

パネリスト

ケンブリッジ大学法学部教授 Simon Deakin

ケンブリッジ大学法学部教授 Felix Steffek

学習院大学法学部教授 小塚荘一郎

産業技術総合研究所人間拡張研究センター生活機能ロボティックス研究チーム主任研究員 梶谷 勇

一橋大学大学院経営管理研究科准教授 野間幹晴
 

ファシリテーター

一橋大学大学院法学研究科教授 角田美穂子

電気通信大学大学院情報理工学研究科准教授 工藤俊亮

株式会社レア共同代表 大本 綾

 

 

  1. ● このシンポジウムの第1部および第3部の講演については、NBL(1150号1153号1155号)に掲載された「国際シンポジウム テクノロジーの進化とリーガルイノベーション」をご覧ください。

 

第2部 テクノロジーの進化に対する工学×経営学×法学のアプローチ①

司会:
 それではお待たせいたしました。これより第2部を始めさせていただきます。
 第2部を始めるにあたり、本シンポジウムの主催者である産総研デザインスクール準備室長、国立研究開発法人産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター副研究センター長・大場光太郎より、第2部の意義、目的、そしてポイントをご案内させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

大場:
 皆さん、こんにちは。引き続きまして第2部は、AIやロボット、そして自動運転、これらの具体的なトピックについて、工学的な見地、経営学的な見地、そして法学的な見地からイノベーションのシナリオやテクノロジー導入のメリット、また逆にデメリットや課題、その対応策を示して、それぞれについての視点や問題意識の違いを浮かび上がらせられればと思っています。キーワードは「噛み合わない議論」です。これらをいかに創造的な対話としてファシリテートして、上手く議論が噛み合うようにするかというところが腕の見せどころになるかなと思っています。是非、お楽しみください。

角田:
 午後は、色々思い悩んだのですが、まずは、「なぜ噛み合わないのか」という原因を皆さんにもきちんと理解していただくことが大事ではないかと考えまして、そもそもどのような問題に我々が直面しているのかについて、理解を共有させていただきたいと思います。
 ということで、第2部の議論の場面設定として、エンジニアの方が技術を開発しよう、あるいは新しい革新的なテクノロジーを研究しようとしているその場面において、どのような問題に直面しておられるのかということを語っていただきたいと思います。まずは産総研の梶谷様に、高齢者の日常生活を支援するロボットを研究開発しようとした時に、先程来、「法律家にこのような要求をしてもそれはなかなか難しいのだ」という話が小塚先生からご紹介がありましたが、では具体的にどのような悩みを抱えておられるのかということをお話しいただきたいと思います。

 

 高齢者の生活支援ロボットの研究開発 

● ロボット工学者の悩み

梶谷:
 産総研の梶谷です。私の方からは、高齢者の日常生活を支援するロボットの研究開発という事例を通して噛み合わない議論というのを展開していきたいと思っております。
 まず最初に、ロボットと言っても皆さん色々なイメージをお持ちだと思いますので、ロボットが何かというところから本題に入りたいと思います。ロボットの定義というのは実は明確には決まっていなくて、色々な方が色々な形でロボットという言葉を使っているのですが、比較的よく使われるロボットの定義は、「コントローラー、センサー、アクチュエータという三つの要素が揃っているもの」というものです。センサーというのは、人間でいうと目や耳などで、外部の状態を知ることのできるもの。アクチュエータというのは、人間でいうと筋肉のようなもので、外界に対してアクションを起こすことができるもの。コントローラーというのは、人間でいうと脳に当たって、センサーの情報を使ってアクチュエータをどう動かすか決めるものです。
 ロボットの種類というのは、大きく分けると産業用とそれ以外と分けることができます。世の中のロボットというのはほとんど産業用で、それ以外のロボットというのは非常に少ないのです。例えば極限作業ロボットといって、福島の原発の中のような、なかなか人間が行けないような場所で活躍するロボット、あるいは生活支援ロボットといって、人間の生活の中で人間の生活の活動を支援するようなロボットがございます。
 別の観点として、ロボットが使われるとき、人間とロボットが空間を共有するかしないかという違いがあります。先ほど挙げた生活支援ロボットは、人間と空間を共有するロボットです。その場合、ロボットが人間に接触することがあるので、空間を共有しない場合とは少し違った安全に対する考え方を持たなければいけません。
 最近の動向は、生活支援ロボットが、開発する段階からどんどん活用する段階に移り始めています。例えば、障害者支援領域ですと、汎用品として作られた製品をどんどん試してみようとか、AIのような新しい技術をどんどん試してみようというようなことが行われています。また、高齢者介護の領域ですと、こちらはどちらかというと政策的な流れが大きくありまして、平成24年7月に閣議決定された日本再生戦略のライフ成長戦略の重点施策の中で、ロボット技術による介護現場への貢献というのが書かれています。そういった流れの中で厚労省と経産省が手を組んで、こういう分野でロボットを作ってどんどん活用していきましょうという流れが平成24年の11月からスタートして、ロボット技術の介護利用における重点分野というのが平成24年11月に最初に作られています。
 その中で、例えば産総研が何をしていたかというと、先ほど、安全に関する新しい考え方が必要とお話ししたのですが、それに対応するために生活支援ロボット安全検証センターというのを作って、安全に関する研究を行なったり国際規格を作ったりというようなことを行なってまいりました。
 この中で実際、何が起きているのかというと、生活支援ロボットがもう製品として出てきているので、それをどんどん使って、効果や安全性を確認していくということが必要になってきています。例えば人に対する影響の議論や、どのようにして合意を形成すればいいのかというようなことも必要になりますし、社会需要性の確認なども必要になります。そうなってくると、実験室の中だけでやっていればいいというわけではなくて、どうしても生活の中で使っていきながら検証を行わなければいけなくなります。これが従来とどう違うのかというと、研究者というのは、研究室の中で再現性の高い実験や研究をするのは非常に得意なのですが、研究室の外に出てしまうとそのノウハウが使えなくなってしまうので、実はあまり得意ではないということがあります。更に、ロボット介護機器に特化した話になるのですが、他の分野から参入する方が増えていて、人を対象とする研究に慣れていない方がどんどん研究開発に関わり始めているということがあります。そういった中で、ではどのようにすればいいのかというところが、皆さんが困ってしまうところになります。そういった中で、我々も先ほどの研究プロジェクトの中でガイドライン等々を作ってきたという流れがあります。
 実際、我々もガイドライン等を作ったのですが、それと並行して規制や法律が変わったり新しくできたりということが起きました。例えば、人を対象とする医学系研究に関する倫理指針というのが2014年の12月22日に施行され、それに対するガイダンスというのがその後出てきたり、改正個人情報保護法が2017年5月30日に施行、臨床研究法が2018年4月1日施行ということで、ちょうど我々のプロジェクトと並行してこういった変化が起きています。
 そういう新しい規制類が出てくると、どうしても前例がないということが起こります。先ほどの指針であるとか法律に関する解釈がばらついてしまうこともあります。ある人に聞いた時と、別の人に聞いた時で、全然違った答えが返ってきてしまうということがあって、我々もガイドラインを作ってはいるのですが、それに書ききれないようなところがどうしても出てきてしまうということがありました。
 このようなことを踏まえて、まず議論したい論点は、指針とか臨床研究法への対応です。現在出てきている指針などは医学系を中心に考えられた指針なのですが、その中で書かれているのが、決して医学系ではないところまで含んでしまうような、少し曖昧な書き方になっているのです。そこの解釈がばらついていて困っているのですが、それに対して他の学術領域がどう対応するかというのがまだ全然議論ができていなかったり、そもそもそれに気付かずまったく関係ないと思っていたりする学術領域もたくさんあります。
 更に、研究組織単位で見ると、午前中のお話の中にもありましたが、指針に反してしまうとか違法行為になってしまうというのがどうしても怖くなるところがあるので、そうなると組織としては指針や法律を拡大解釈して、非常に安全な方向で動いてしまうということが起きています。それに対して、我々工学領域としても、何らかの議論をし、対応しなければいけないのですが、残念ながらまだそこがまったくできていないという現状があります。

 

法律家からみるとどうなる?

角田:
 どのような問題に直面しておられるのかということについて、アウトラインをお示しいただきました。このようなお困り事を現場では持っておられるようなのですが、法律家の立場について、小塚先生にコメントをいただけますでしょうか。

小塚:
 こういうことをよく聞かれるのですよね。そうすると困ってしまうわけです。というのは、こういう指針があるからには、当然その指針を何のために作るのかというもともとの枠組みがあり、その背後には何らかの法律があるとか、そうでないときは、法律がないからむしろ指針を作ろうという事情があるのです。そういう背景の下で、先ほど私のスライドにありました三角形でいうと一番高い方の守らなければいけない価値が何なのかということを考えて、そこからこう落ちてくるのですよと法律家たちは考えるのですが、現場としてはそのようなことを言っている間に早くどこまでやったらいいか決めてくださいと、こう言われるわけです。
 もう一つは、法律家は結構、上の方の高い理念や価値の話は非常に得意なのですが、「では具体的にどうなるのですか」と言われると、「それはケース・バイ・ケースでしょう」と……。これは世界中にあるジョークなのですが、法律家の先生に聞いたら「It depends(それは場合による)」と返事がくる。日本だとそのようなことはないのですが、アメリカだと更にその後で、「It depends」と答えたことについて請求書がくるという話があるぐらいで、もともと法律というのは、やはりコトが起こって、それでそれぞれの場面に照らして「これは踏み越えた」とか「これはOKだった」と判断する発想でつくられているものですから、「この内側は絶対安心です。この中にいる限りは問題になりません」という線を引いてくださいと言われると、非常に困ってしまうのです。

 少しネタばらしをしますと、我々パネリストの間ではこういう議論をすでに何回かしていてもう少し理解が進んでいるのですが、今日はプロレスのようなもので、皆さんの前で食い違っているところを見せなくてはいけないということなので、とりあえずここで止めます。

角田:
 ありがとうございます。法律家というのは、「It depends」というお話がありましたが、事が起こってから議論がスタートするのが原則ということなのですが、何もイノベーションという問題に対して日本の法律もボヤボヤしているわけではなくて、新しい立法のあり方というのも次々と整備されてきているところです。
 その一つが、レギュラトリーサンドボックスというものです。この新しいタイプの法規制というのは、実はイギリスに発祥するものでありまして、そのイノベーティブな立法について、まず本場のイギリスから今日はゲストが来ていただいておりますので、Deakin先生、簡単にレギュラトリーサンドボックスとはどのようなもので、イギリスではどのような成功事例があるのかということについてお話しいただけますでしょうか。よろしくお願いします。

 

法規制のイノベーション『レギュラトリー・サンドボックス』―――イギリスの経験

Deakin:
 ありがとうございます。イギリスではレギュラトリー・サンドボックスというイノベーティブな商品に関する新しい規制が、とりわけ金融セクターで活用されています。経緯としては、2015年の11月に金融庁が導入し、その翌年から施行されています。
 これがどういうメカニズムかといいますと、企業でイノベーティブな金融技術、商品を持っている企業に、特別な規制環境の下でテストをさせる。それは、規制当局は企業からどのようなリスクがこの新しい技術には関わっているのかについてフィードバックを得る同時に、企業は規制当局からサポートももらってそのリスクに対応する。規制当局は、この業界の中の新しい展開について学ぶ場にもなりますし、企業の方にもこのプロセスに関わることにプラス面があります。ここで使われている技術には、ブロックチェーンですとか仮想通貨、そして、投資に関するアドバイスをするロボットやアルゴリズムなどもあります。
 企業にとって、このプロセスに関わるプラス面は何かと言いますと、このサンドボックスに入る資格というのは、まずイノベーティブな製品を持っているということ。これが一番の基準となります。一旦、この製品をこのプロセスに乗せたからといって、あらゆる規制を免れるわけではありません。消費者を守るための規制、これは以前と同じように適用されます。適用除外ということはありません。まずその点を明確に言っておくことが必要だと思います。企業の方が得られるものはといいますと、より早いプロセスで、この新しい技術の利用のその成果などを見ることができるわけです。こういう技術はもちろんライセンスを取らなければなりません。金融サービス部門では、厳しいオペレーション上のルールがあります。ですので、もし金融サービスを提供したいというのであれば、例えば銀行業をやるというのであれば、規制当局からその許可をもらわなければなりません。このサンドボックスに入る利点は、企業は追加投資をもらって新しい技術をサポートすることができるということです。
 同様に規制当局の方は、消費者の保護をすることができる。通常の規制の上を行くようなことをやることでそれができると。規制当局は、このサンドボックスの中の会社に対しては、追加的な資本をリスクをカバーするために取るように要求することができます。時には、システムペネトレーションテストと言われるものがあります。非常に厳しい条件のテストがあります。例えば、新しいブロックチェーン技術があれば、それでアドバイス提供のコストを下げるとか、あるいは住宅ローンをもっと安く提供するとか、こういうシステムペネトレーションテストには、コンピューターサイエンスの知識ですとかエンジニアなどが、規制当局側について企業に対してアドバイスをします。そして、一次的、二次的なレビューを規制当局がやったりします。
 例えば、ロボ・アドバイス。金融アドバイザーが消費者にそのロボ・アドバイスを提供することなどについてこれまでに行われてまいりました。サンドボックスにいることで、より早く、新しい技術の認可を得ることができると。サンドボックスに入る企業は、大手銀行など大手企業が多いです。新しいものを試そうという場合にやったりします。ここで銀行が何をしているかといいますと、合法性をあまりなじみのない技術に対して得ようとしているわけです。例えば、ブロックチェーンなどについて。これで技術の信頼性が消費者向けには高まります。
 しかし、小企業やスタートアップ企業もサンドボックスを利用することが考えられます。これまでのところ、ほとんどサンドボックスを使っている企業は、少なくともロンドンのケースでは、ロンドンシティの周辺にクラスター化されています。一社か二社、国の違う地域の会社もありますが、おそらくは規制メカニズムをこのような形で設けると、やはりロンドンに企業が集中してきます。国の違う地域、あるいは海外からもロンドンに寄ってきます。ですので、サンドボックスというのは、クラスタリングを推進するものであります。新しい技術を使っている企業のクラスターです。また同時に、規制当局に対しては、その企業から学ぶ場の提供がされます。イギリスの規制当局が資本を国に呼び込み、そして新しい投資も呼び込む。そして、規制のパフォーマンスも同時に上げていくということになります。ですので、企業の製品をサンドボックスに、例えば6ヵ月間入れておく。その6ヵ月の終わりにはその商品は更に利用するために、サンドボックス外でも使えるように認証を受けることもあります。場合によっては、企業は、ある商品を使うのを止めるということもあります。サンドボックスでの試験に失敗するからです。規制当局は企業に対して、消費者に対する補償をしなさいと言います。しかし、こういう事態になったのはほんのわずかです。規制当局の見解は、これまでのところ、サンドボックスは新技術の普及を支援しているということです。例えば、ブロックチェーンのような非常にラディカルな技術でありますが、これで消費者と企業の間の信頼関係もできる。その結果、新しい技術がより早く市場に展開されていく。そして、規制当局としてのパフォーマンスも上がると考えているようです。

角田:
 ありがとうございました。大変興味深いお話だったと思います。梶谷さん、何かご感想ございますか。

梶谷:
 どうもありがとうございます。お話の中で、サンドボックスが小さい会社でも使われるという話があったのですが、そのあたりがすごいなと思ったところです。医療機器の話で論文が出ているのですが、規制の曖昧性のためにどうしても先行者が不利になるというようなところがあって、その結果としてどうしても大企業でないと先行者として踏み込めないということがあるのですが、今のお話のようにサンドボックスによって小さい会社でも踏み込めるというようなところが出てくると、本当にいいなと思いました。

角田:
 ありがとうございます。もう一点、ちょっとDeakin先生に教えていただきたい点があるのですが、イギリスのレギュラトリー・サンドボックスで金融サービスのお話をご紹介いただいたかと思うのですが、金融サービス以外の分野ではいかがでしょうか。

Deakin:
 ありがとうございます。このサンドボックスという考え方が出てきたのは医療セクターでした。サンドボックスというのが政府のチーフ科学官が言い出したからです。そして、すでに出てきた医療技術に関していわれていたことと同じような観点からいおうということで金融にも広げられたわけです。まったく新しいテクノロジーのためのスペースを作っていくということに関して、例えばそれを金融に使うということにおいて考えたからです。
 他の国々も金融向けのサンドボックスを使っている国は多いと思います。そしてまた、他のセクターでも使える余地はたくさんあると思います。
 ただ、何か問題が起きてしまうポテンシャルというのは、金融の部分においては他の医療セクターに比べるとリスクの度合いは低いのかも知れません。医療ですと患者の安全性確保が重要ですから。安全問題に関してより慎重でなければいけない分野が医療ですので。ですので、実験のサンドボックス型のものの領域ということで考えると、それぞれの業界がいわゆるこの費用便益の分析をしなければいけないと思っています。

角田:
 ありがとうございました。Steffek先生、お待たせしております。サンドボックス制度は他の国でも採用されているはずだというお話がDeakin先生から今、出たところですが、Steffek先生はケンブリッジの先生であられるわけですが、国籍はドイツであられまして、ドイツ法のことももちろん通じておられて、EUの立法活動にも積極的にコミットしておられるということで、我々は本日、イギリスの法律だけでなくドイツの法律、そしてEUの最新動向、世界中の情報に長けておられる方をお迎えできて、とてもリッチであると思うのですが、まずドイツの様子についてご紹介いただけるとありがたいのですが、いかがでしょうか。

②につづく

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