企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
5. 企業活動全体が対象になる法規制の遵守
(1) 取引を規制する法令(貨物・技術等の輸出入規制、取引規制)
① 輸出入規制
どの国も、自らの国益を守るために、輸出入規制を行っている。船・航空機・自動車・鉄道等を利用して行う「貨物」の輸出入だけでなく、出張者が携行(ハンドキャリー)する「手荷物」も対象になる。
「技術」輸出は、インターネット・郵送(文書、サンプル)を利用して、又は、国内滞在の非居住者に手渡すことによって容易に行うことができるので、規制対象の技術を保有する企業では、社内で特別な許可を得ない限り送信・持出・手交等できない仕組みを作る必要がある。
1) 外為法
輸出入の禁止・規制を定める。(安全保障貿易管理[1]、国連制裁国に対する貿易規制等)
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・ 安全保障貿易管理の対象品目に該当するか否かを判定する「該非判定」には、技術知識を必要とすることが多く、該当分野の技術者の関与が欠かせない。輸出入の都度「該非判定」を行うのは、多数の係員(多くは技術者)を必要とし、極めて効率が悪い。そこで、専門家が行った「該非判定」の結果を製品・部品・原材料・機械装置等のマスター・ファイルに登録し、それを社内の輸出入手続き(コンピュータ・システム)の中でチェック・リストとして用いることにすると効果的である。
ただし、登録・運用する「該非判定」データは、常に、最新の法令に基づくものでなければならない。 -
・ 間接(迂回)輸出も規制されるので、厳しく管理する。
2) 関税法
輸出入の禁止物品[2]を定める。(アンチ・ダンピング規制対象品目を含む。)
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・ 外為法・文化財保護法・食品衛生法・その他の法令により、貨物の輸出入について、経済産業大臣・文化庁長官・厚生労働大臣・その他の官庁の許可・承認を必要とする制度が設けられている場合は、輸出入申告又はそれに係る税関審査の際に、許可・承認を受けた旨を税関に証明して確認を受けた貨物に限り、輸出入が許可される。(関税法70条)
② 取引規制
1) 独占禁止法、下請法
- ⅰ) カルテル・入札談合の禁止
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2005年に独占禁止法が改正され、法令遵守体制を整備することによりカルテル・入札談合の密議を早期に発見した企業が公正取引委員会に自主申告して課徴金の減免を受ける制度が導入された。
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〔課徴金減免制度〕
企業が自ら関与したカルテル等について公正取引委員会に法定の報告をすれば、第1順位者は100%、第2順位50%、第3順位30%の課徴金が減免される。同一企業グループ内の複数社による共同申請が認められ、公正取引委員会の調査開始日の前後を合わせて5社(調査開始日以降は最大で3社)までが減免対象になる。
この制度が導入されると、他社から申告される前に自ら申告して減免を受けようとする企業が増えた。その結果、企業の遵法指向が強まり、公正取引委員会にとってカルテル等の発見と解明が容易になった。同様の制度は日本に先行して米国・ EU で実施され、ともに効果を上げている。
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〔カルテル・談合と決別するための企業の取り組み(例)〕
・ 経営トップが繰り返し「決別」を発信する。
・ 競合他社との活動や交流を事前にチェックする規程を導入する。
・ カルテル・談合に関する社員の誤った認識を是正する。
「会社の利益になる。見つからない。会社が守ってくれるので、懲戒対象にならない。」は間違い。
違反行為が企業に与える損害の大きさを社員に知らしめる必要がある。
・ 独占禁止法(競争法)の遵法監査を実施する。
・ 人事面の社内処分を強化する。
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(筆者の見方)
会社が独占禁止法に違反したとして100万円の課徴金を納付した場合、その違反行為を行った社員は、会社の財産を100万円盗んだ者と同じ処分を受ける受けるべきではないだろうか。
また、企業としては「独占禁止法違反」が日本版司法取引制度の対象になることに留意したい。刑事罰が問われる個人が検察と司法取引する可能性があり、企業は、それより早く公正取引委員会に違反の事実を報告して課徴金減免を申請したい。そのためには、独禁法に特化した監査・社内eメール監査・社員の遵法申告の徹底・グローバル内部通報制度の充実等を行って、内部の不正察知能力を高くすることが肝要である。 - ⅱ) 下請法の規制[3]
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日本では、公正取引委員会と中小企業庁が連携して下請取引の公正化と下請事業者の利益保護を図り、親事業者に書面調査・立入検査を行う。親事業者には、書面の交付・書類の作成保存・下請代金の支払期日決定・遅延利息の支払い等の義務がある。また、受領拒否・下請代金の支払遅延・下請代金の減額・返品・買いたたき等は禁止される。
違反行為は勧告を受け、虚偽報告・検査非協力等には罰金が科される。
2) 贈収賄の禁止
贈賄は、日本[4]をはじめ世界の多くの国で犯罪とされている。
ビジネスのグローバル化に伴って、外国公務員に対する贈賄が問題になり、1977年に米国で海外腐敗行為防止法(FCPA[5])が制定されたのに続いて、米国の働きかけによって1997年に「OECD 外国公務員贈賄防止条約」が採択され、1999年に発効した。
2010年には英国贈収賄禁止法[6]が制定され、2011年に発効した。同法は、政府・官公庁と民間の取引だけでなく、民間企業同士の取引における不正な支払いも対象にしており、規制範囲が極めて広い。従業員・エージェント等がビジネスを獲得・維持する目的で贈賄した企業には贈賄防止懈怠罪[7]が適用される。
2011年3月に英国司法省から同法の運用に関する「UKBA ガイダンス」が公表されている。
3) 反社会的勢力との取引禁止(各都道府県の暴力団排除条例)
2011年の東京都・沖縄県を最後に全都道府県で暴力団排除条例(通称)が設定され、企業に、暴力・威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する反社会的勢力を識別して排除することが求められている。
暴力団・総会屋・社会運動標榜ゴロ等の暴力的要求行為や法的な責任を超えた不当な要求に対しては、組織として対応し、取引を含めた一切の関係を遮断等しなければならない。この勢力から訴訟を提起されても、会社として断固受けて立つ姿勢が重要である。
現在では、日本の多くの企業が取引契約に暴力団排除条項を加えている。
4) 紛争鉱物規制(米国[8])
コンゴ等において採掘された鉱物の一部が武装集団の資金源となり、人権侵害や紛争を助長している可能性があるとして、米国の上場企業に対し、指定地域で採掘された4鉱物(タンタル・スズ・金・タングステン)の使用状況を2014年から開示することが義務づけられた。
開示義務のある企業では、規制4鉱物を使用していない精錬所、又は、鉱物の採掘・加工・流通の経路を追跡できて紛争に加担していないと認定された精錬所から調達する取り組みが行われている。
- (注) 米国とは別に、EU紛争鉱物規則(2017年発効)が2021年1月に施行される予定である。米国とEUの規制は、対象者・対象地域(国)等が異なっている。
[1] 多くの国が、自国や国際社会の安全に脅威を与える国やテロリスト等に武器や軍事転用が可能な貨物・技術が渡るのを防ぐ目的で、協調して国際輸出管理レジームを形成し、安全保障貿易管理を行っている。日本では、①貨物(技術)の機能・性能に着目して規制対象(武器、大量破壊兵器関連品目、通常兵器関連品目)を列挙するリスト規制と、②客観要件(用途、需要者)及びインフォーム 要件(経済産業大臣からの許可申請すべき旨の通知)に着目する大量破壊兵器キャッチオール規制、および③通常兵器キャッチオール規制を行い、外国為替及び外国貿易法・輸出貿易管理令・外国為替令でこれらを定めている。
[2] 日本の関税法は、麻薬・児童ポルノ・知的財産権侵害品等の輸出を禁止し(69条の2)、麻薬・拳銃・火薬類・化学兵器・感染症病原体・偽札・偽造カード・風俗を害す図画・児童ポルノ・知的財産権侵害品等の輸入を禁止する(69条の11)。また、外国為替及び外国貿易法・輸出貿易管理令・輸入貿易管理令・文化財保護法・食品衛生法・植物防疫法・家畜伝染病予防法・医薬品医療機器等法・銃砲刀剣類所持等取締法・その他の法令で貨物の輸出入について当局の許可・承認を必要とする制度が定められている。輸出入申告又はそれに係る税関審査の際にこれを受けている旨を税関に証明して確認を受けなければ、輸出入は許可されない(関税法70条)。
[3] 下請法2条の2、3条、4条、4条の2、5条、6条、7条、9条、11条
[4] 日本:刑法197条~198条。なお、不正競争防止法(外国公務員贈賄罪)18条1項、21条2項7号、22条1項3号
[5] The Foreign Corrupt Practices Act(FCPA) 1977年制定、1988年改正
[6] The Bribery Act
[7] UKBA 7条(Failure of commercial organisations to prevent bribery)
[8] 2013年1月に施行された米国金融規制改革法(ドッド・フランク法)1502条。トランプ大統領は就任時にこの1502条を廃止する方針を示し、2017年6月に1502条の廃止を含む金融選択法(Financial Choice Act)案が米下院を通過したが、2019年2月時点で未だ米上院を通過しておらず、1502条の運用が続いている。