◇SH1772◇弁護士の就職と転職Q&A Q41「経験値を積めば市場価値は上がるのか? 下がることもあるか?」 西田 章(2018/04/16)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q41「経験値を積めば市場価値は上がるのか? 下がることもあるか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 人材紹介業をしていると、「経験値」と「市場価値」が必ずしも比例しないことを痛感させられます。ジュニア・アソシエイトからは「経験年数が足りないという理由で書類落ちしました」との報告を受ける一方で、シニア・アソシエイトからは「もう可塑性がないと言われて門前払いされました」との報告も受けます。今回は、「年次/経験値」と「市場価値」の相関関係について整理してみたいと思います。

 

1 問題の所在

 就職市場は、受験勉強の延長線上に位置付けることができます。つまり、「多数の志願者の中から、地頭がよい優秀者を選抜する」という優劣判定ルールが通用しています。そのため、学校の成績や司法試験の順位、英語力を測るテストの結果が良い人に有利な競争となっています。

 これに対して、中途採用は、「足りないポストを補完する」という作業です。そこでは、「落選=能力否定(又は人格否定)」という価値判断が含まれていません。単に「落選=うちで求めているスペックに合いません」という判断にすぎません。ただ、これは「落選者を慰める解釈」にはなっても、「それでは、いつ転職活動をすべきなのか?」への指針を与えてはくれません。

 世間的には「石の上にも三年」という諺にあるとおり、「三年ぐらいは我慢すべき」という道徳観が存在します。実際、不満がある職場でも、弁護士として学ぶべきことは残っています。「半人前のままに転職活動をしてもいいのか?」という不安がつきまといます。

 他方、「中途採用」の「人事枠」自体は、組織のピラミッド構造を前提とすれば、年次が上がるほどに減っていきます。企業や法律事務所も、新卒一括採用に依存しない傾向を強めていますので、「就活のやり直し」を求めるならば、第二新卒枠への応募が最も間口が広く、「経験年数を重ねるほどに、応募できるポストの数は次第に減ってくる」というのが現実です。

 更に言えば、採用側の心理として「生え抜きとのバランス」も考慮されます。つまり、「生え抜きで採用された同期よりも、『質の低い経験』しか積んでいない者は採用できない」という感覚があります。それが結果的には「経験値の利回りが低い『格下の組織』からの受け入れが難しい」という傾向につながっています。

 しかし、「何をもって『質の高い経験』と呼べるのか?」については議論があります。先輩の層が厚い組織であるが故に、いつまで経っても、自分で裁量をもって仕事をしていない、自立できない、という問題も指摘されています。逆に、先輩の層が薄い(≒格下の組織の)ほうが、早い段階で(望むと望まざるとに関わらずに)責任ある仕事を任されていることもあります。

 

2 対応指針

 企業法務の人材市場は、依頼者の属性によって異なります。「弁護士を依頼者として、その指示を受けて下請け業務を担うポスト」と、「ビジネスサイドを依頼者として、リーガルサービスを提供するポスト」は別の人材市場です。

 「依頼者=弁護士」には、極論すれば、「職人型」と「丸投げ型」の2類型があります。「職人型弁護士」の下で働くポストには、「若くて可塑性がある新人」か、「同等以上に緻密な仕事をする職人の下で修行を積んだ経験者」が選ばれます。次に、「丸投げ型弁護士」の下で働くポストには、「基礎ができている経験者」が求められます。そして、「ビジネスサイド」を依頼者とするポストには、「一人で案件を回すことができる経験者」が求められます。

 そのため、転職をするならば、「職人型弁護士の下請け」→「丸投げ型弁護士の下請け」→「ビジネスサイドへのリーガルサービス提供」の順序で進むのが理想です。言い換えると、この順序を逆行するような形での転職は成立しにくいと言えます。

 

3 解説

(1) 職人型弁護士の下請けポスト

 「職人型弁護士」とは、イメージ的には「外部(依頼者や裁判所)に提出するアウトプットには自分が100%満足するレベルを求めるボス」です。職人型弁護士は、アソシエイトのドラフトをそのまま依頼者や裁判所に提出することはありません。すべて自分の目でレビューして、自らの納得いくレベルにまで手直しをすることになります。そのため、下請け弁護士に求められるのは、「上司のレビュー抜きでも提出できる体裁を整えた一応の完成品」ではなく、「完成していなくてもいいから、見落としがない緻密なリサーチと分析」になります。実際、職人型弁護士にとっては、「まっさらな新人弁護士」を自らの手で育てることが理想です。

 「自己流の仕事のスタイルが染み付いたアソシエイト」を矯正することを自分の仕事だとは思っていないために、基本的には、中途採用には消極的です。例外的に中途採用を受け入れるのは、「自分と同等以上に緻密な仕事をする弁護士の下で修行を積んだアソシエイト」に限られます。

(2) 丸投げ型弁護士の下請けポスト

 同じく「弁護士」のボスでも、「丸投げ型」は、自分の目の届く範囲を超えて、幅広い事件を受けることを信条としています。仕事の成果に、「常に100%の美しさ」を求めるのではなく、「依頼者のビジネスニーズを満たす」ことを重視します。「与えられたタイムスケジュール」の中で「致命的なミスをしないこと」をクリアできるならば、「自分の好みによるプラスアルファの修正」にはこだわりがありません。

 アソシエイトが「そのまま外部に提出できるだけの仕事」をしてくれるならば、それに越したことはありません。逆に言えば、アソシエイトの教育にそれほどの熱意を抱いていません。そのため、「まっさらの新人」を使うよりも、「基礎ができているアソシエイト」を利用して効率よく仕事を回すことを好みます。理想的なアソシエイト候補は、「職人型弁護士の下できっちりとした修行を積み終えた経験者」となります。

(3) ビジネスサイドを依頼者とするポスト

 法律事務所でパートナーとして仕事をする、ということは、「先輩弁護士のレビューを受けることなく、自分の判断で依頼者に成果物を提供できること」を意味します。「依頼者がどこまでの緻密な成果物を求めるか?」は、依頼者の属性によっても異なります。一般論で言えば、「上場企業のほうが非上場企業よりも緻密なリスク分析を求める」とか「金融機関のほうが事業会社よりも分厚い報告書を求める」という傾向があります。このことは、必ずしも「上場企業又は金融機関を依頼者にする弁護士のほうが優れている」ということを意味しません。弁護士は評論家ではありませんので、「クセのある依頼者」を説得することほど難易度が高い仕事という側面があります。そして、「オーナー経営者に気に入られるだけの人間力」や「口頭で説得的に結論を示す能力」は、勉強を積み重ねても身に付けられるものではありません。「生まれながらのセンス」と「修羅場を踏んだ数」で決まります。

 下請け経験もないままに、いきなりビジネスサイドを直接に依頼者とする立場に身を置くのは、弁護過誤のリスクが伴います。他方、下請けの立場に甘んじているだけでは、いつまで経っても、ビジネスサイドのニーズに応えたサービスができるようにはなりません。そこで、一方では「大型案件や重要案件については、先輩の指導を受けながら、緻密なリサーチと分析するスキルを磨ける」という環境に身を置きながらも、他方では「小型案件や定型案件については、自分の裁量で仕事を回す経験を積み重ねる」というのが理想的な成長過程であると解されています。

以上

 

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