◇SH1242◇弁護士の就職と転職Q&A Q4「初任給は高いほうがいいのか?」西田 章(2017/06/19)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q4「初任給は高いほうがいいのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 同じ働くならば、給料は高いほうがいい。労働者にとっては当然の希望です。企業への終身雇用を想定すれば、初任給が高いほど年功序列制度の下で生涯賃金も高くなるという推定が働きます。

 しかし、新人弁護士にとっての「最初の就業場所」は、「労働の対価を得る場」というよりも、「オン・ザ・ジョブ・トレーニングの場」としての意味が強いです。雇用も安定していません。極端な例では、不動産バブルの末期に、米国系法律事務所の東京オフィスで年収1500万円規模の初任給で内定を得た修習生が、修習中に起きたリーマンショックにより、弁護士登録後、わずか数ヶ月で(特に有益な経験を積む機会もなく)リストラに遭遇したこともありました。そこで、今回は、就職先選択における初任給の考え方を取り上げてみました。

 

1 問題の所在

 法律事務所の収入は、不安定です。かつて弁護士会の報酬規程が、事件の経済的利益に応じて、着手金と報酬金を定めていたとおり、「デカい案件が入ってきたら儲かる」「事件が依頼者に都合よく解決できたらまとまった報酬が入る」という特質があります。その「収入の不安定さ」を解消する方法が、月額顧問料方式やタイムチャージ方式です。

 他方、法律事務所も経費は安定的に発生します。大きな項目は、オフィス賃料と人件費です(企業法務系では、さらに図書研究費やIT費用に投資する先もあれば、一般民事系では多額の広告宣伝費をかけるビジネスモデルもあります)。このうち、賃料は固定額で発生するので、「人件費をどのように設定するか」はパートナー又はボス弁の経営センスが問われる課題となっています。売上げを保守的に見積もれば、経営の安定を図るために固定給を抑えることになりますので、高めの固定給を設定するためには、楽観的な売上予測を立てなければなりません。

 

2 対応指針

 当面の生活を維持できる経済的余裕があるならば、就職先の法律事務所は、初任給の金額を考慮せずに、「良い経験」を積める場所を選ぶべきです。経験値を得れば、現事務所に対して給与交渉をすることもできますし、他事務所に移籍して給与を上げるか、又は、独立する機会も得られます。相場以上の給与を得ている弁護士は、転職市場でも移籍先事務所を見付けるのに苦労する傾向があります。

 

3 解説

(1) 現事務所での昇給可能性

 企業への就職又は転職においては、「初年度年棒」は重要なファクターとなります。これは、「一旦、入社したら、その後に昇給するのも難しいから」です。「『法務』は企業の管理部門・間接部門であり、どんなに良い仕事をしても、売上げへの貢献度を理解してもらいにくい」「自己のパフォーマンスを数字で示せない」という愚痴は、優秀なインハウス弁護士からもよく聞かされるフレーズです。

 これに対して、法律事務所においては、弁護士の業務は正に「本業」であり、「売上げに直結するフロント部門」です。タイムチャージ方式であれば、アソシエイトであってもその稼働時間が売上げの基礎となります。また、アソシエイトの業務の成果物(準備書面やメモランダム等)は、依頼者企業に評価され、その満足度が次の案件の依頼につながります。そのため、事務所経営的にも「よいアソシエイトを確保するためならば、給料を上げても構わない」という判断につながりやすいです。現実にも「パートナーに対して『事務所を辞めたい』と告げたら、給料が上がった」という事例も多く存在します。パートナーにとっては、転職市場で「職務経歴書はきれいだけど、本当に使えるかどうかわからない弁護士」に期待するよりも、「実際に使った実績があるアソシエイト」を維持するために人件費を投じるほうがずっと合理的なのです。

(2) 現職の枠に捉われないキャリア選択

 現事務所での給与の増額交渉は、必ずしもうまく行くわけではありません。売上げが好調であっても、「今期は偶々うまく行っただけで来期はどうなるかわからない」「売上げが落ちたからといって給料を削減できるわけではない」という節約家のボス弁も存在します。また、「アソシエイト間のバランス」を重視すれば、能力別に条件を変えることや修習期を逆転した給与設定には抵抗感も生じます。

 「弁護士」は、アソシエイトであっても、自営業者です。現事務所が、自己の貢献度に見合った報酬を支払ってくれず、今後も改善の見通しが立たないならば、移籍又は独立という選択肢も視野に入れるべきです。転職市場では、「弁護士としての経験」が最重視されます。どのような依頼者企業のどのような案件に従事したか、その中でどれだけの役割を果たせたかをベースに値踏みがなされます。学歴や司法試験の順位ではありません。

(3) 年棒の高さのもたらすデメリット

 仮に分不相応だとしても、給料が高ければ貯金できるので、初任給はできるだけ高いほうがいい、という見解もあります。実際、「よい経験が積めるかどうかは外から見えない」ので、「客観的で比較可能な初任給で選ぶべきである」という主張はその通りです。現実問題として、最高の選択肢は「よい経験も積めて、給料も高い」という職場であり、最悪の選択肢は「よい経験も積めないし、給料も安い」という職場です。

 しかし、人材紹介業務を営んでいると、「分不相応に高い給料をもらっていると転職で苦労する」という事例にも遭遇します。給料が高くなければ、生活水準も高くなり、それを下げることには家族からの抵抗も強くなります。住民税の支払いが前年度の年収に応じて設定されることもこれに拍車をかけます。経験弁護士の中途採用で選考が見送られた際に、その理由を「オーバースペック」と伝えられることがありますが、これには「高額な年棒に見合った経験値が認められない」という否定的ニュアンスを読みとらなければなりません。

 

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