金属スクラップ等の継続的な売買契約において目的物の所有権が売買代金の完済まで売主に留保される旨が定められた場合に、買主が保管する金属スクラップ等を含む在庫製品等につき集合動産譲渡担保権の設定を受けた者が、売買代金が完済されていない金属スクラップ等につき売主に上記譲渡担保権を主張することができないとされた事例
金属スクラップ等の継続的な売買契約において目的物の所有権が売買代金の完済まで売主に留保される旨が定められた場合に、上記契約では、毎月21日から翌月20日までを一つの期間として、期間ごとに納品された金属スクラップ等の売買代金の額が算定され、一つの期間に納品された金属スクラップ等の所有権は、当該期間の売買代金の完済まで売主に留保されることが定められ、これと異なる期間の売買代金の支払を確保するために売主に留保されるものではないこと、売主は買主に金属スクラップ等の転売を包括的に承諾していたが、これは売主が買主に上記契約の売買代金を支払うための資金を確保させる趣旨であると解されることなど判示の事情の下においては、買主が保管する金属スクラップ等を含む在庫製品等につき集合動産譲渡担保権の設定を受けた者は、売買代金が完済されていない金属スクラップ等につき売主に上記譲渡担保権を主張することができない。
民法176条、369条(譲渡担保)、369条(所有権留保)
平成29年(受)第1124号 最高裁平成30年12月7日第二小法廷判決 不当利得返還等請求事件 上告棄却(民集72巻6号1044頁)
原 審:平成28年(ネ)第2611号 東京高裁平成29年3月9日判決
原々審:平成27年(ワ)第11000号 東京地裁平成28年4月20日判決
1 事実関係の概要等
(1) Yは、Aとの間で、平成22年3月に、YがAに金属スクラップ等を継続的に売却する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。本件売買契約には、Yは目的物の代金を毎月20日締めでAに請求し、Aは上記代金を翌月10日に支払うこと、目的物の所有権は上記代金の完済をもってYからAに移転すること(この所有権についての定めを「本件条項」という。)が定められていた。
(2) Xは、平成25年3月に、XがAに極度額を1億円として融資する旨の契約を締結した。そして、上記契約によりXがAに対する債権を担保するため、Xを譲渡担保権者、Aを譲渡担保権設定者とし、金属製品の在庫製品等で、Aが所有し、Aの工場等で保管する物全部を目的とする集合動産譲渡担保権(以下「本件譲渡担保権」という。)を締結した。そして、本件譲渡担保権に係る動産の譲渡につき、動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律3条1項の登記がされた。
なお、YがAに売却した金属スクラップ等は、本件譲渡担保権の設定契約にいう在庫製品に含まれることになる。
(3) Aは、平成26年6月18日に事業を廃止する旨の通知をした。Yは、本件売買契約に基づいて、同年5月21日から上記通知までにAに引き渡した金属スクラップ等の代金の支払を受けていなかった。
Yは、Aの事業廃止後、本件売買契約によってAに引き渡し、Aの工場で保管されていた金属スクラップ等につき、本件条項によって留保していた所有権に基づき、動産引渡断行の仮処分命令を申し立て、これを認容する旨の決定を得た。そして、Yは同決定に基づいて、上記金属スクラップ等を引き揚げ、第三者に転売した。
(4) 本件は、Xが、Yによる上記金属スクラップ等の引き揚げ、転売がXの本件譲渡担保権を侵害する不法行為に当たるとして5,000万円の損害賠償を請求するとともに同額を不当利得金として請求した事案である。
(5) 原判決は、上記金属スクラップ等のうちAがYに代金を完済した分については、Yによる上記引き揚げ及び転売は不法行為を構成するが、その余の代金完済未了の金属スクラップ等(これを以下「本件動産」という。)については、所有権がYからAに移転しておらず、Xは本件譲渡担保権を主張できないなどとして、Xの請求を棄却すべきものとした。
(6) 原判決に対して、Xが上告受理申立てをした。
2 本判決の内容
最高裁第二小法廷は、本件は、金属スクラップ等を反復継続して売却する本件売買契約において、目的物の所有権が売買代金の完済までYに留保される旨の本件条項が定められている場合であるところ、本件契約では毎月21日から翌月20日までを一つの期間として、期間ごとに納品された金属スクラップ等の売買代金の額が算定され、一つの納品期間に納品された金属スクラップ等の所有権は、当該期間の売買代金の完済まで売主に留保されることが定められ、これと異なる期間の売買代金の支払を確保するために売主に留保されるものではないこと、売主は買主に金属スクラップ等の転売を包括的に承諾していたが、これは売主が買主に本件売買契約の売買代金を支払うための資金を確保させる趣旨であると解されることなど判示の事情の下においては、売買代金が完済されていない本件動産の所有権はYからAに移転しないものとし、本件動産につき、譲渡担保権者であるXは、Yに対して本件譲渡担保権を主張できないとし、上告を棄却した。
3 学説及び判例
売買契約において、売主と買主との間で代金が完済されるまで目的物の所有権を売主に留保する旨の合意がされた場合の法的構成については、学説において、主に次の2が議論されてきた。1つは、①目的物の所有権は代金完済まで売主に留保され、代金完済の時点で買主に目的物の所有権が移転するという構成(以下「留保構成」という。)であり、もう1つは、②売買契約締結によって売主から買主に目的物の所有権は移転され、買主から売主に留保所有権が設定されるという構成(以下「移転・設定構成」という。)である。
そのような議論状況の下で、最二小判平成22・6・4民集64巻4号1107頁(以下「平成22年最判」という。)をきっかけに、所有権留保に関し法的構成をどのように考えるのかが注目を浴びることになった。平成22年最判は、自動車の売買代金の立替払をした信販会社が、販売会社が留保していた自動車の所有権の移転を受けたが、購入者に再生手続が開始した時点で上記自動車の登録を受けていない事案について、信販会社は留保した所有権を別除権として行使することはできないとしたものである。
なお、平成22年最判及びその後の最一小判平成29・12・7民集71巻10号1925頁(以下「平成29年最判」という。)とも、信販会社が有する自動車の留保所有権について、留保構成を採るのか、移転・設定構成を採るかは判文からは明らかではない。
4 本件の問題点(留保所有権者と集合動産譲渡担保権者との優劣)
本件のように、売買契約に代金完済まで売主が目的物の所有権を留保するという特約がされた場合で、買主が、引渡しを受けた目的物が含まれる在庫製品等について集合動産譲渡担保権を設定したときには、所有権留保について留保構成を採るか、移転・設定構成を採るかによって、代金完済未了の目的物に関して売主と譲渡担保権者との優先関係に違いが生ずることになる。
すなわち、留保構成を採った場合には、代金完済までは売主から買主に目的物の所有権は移転しないことから、代金完済未了の目的物には譲渡担保権の効力は及ばず、売主は留保所有権を譲渡担保権者に主張できることになると考えられる。
これに対し、移転・設定構成を採った場合には、目的物について、買主を起点として、売主への留保所有権の設定という物権変動と譲渡担保権者への集合動産譲渡担保権の設定という2つの物権変動があると捉えることになる。そして、本件のように集合動産譲渡担保権について特例法上の登記がされている場合には、登記後に集合物に加入した物についても登記がされた年月日に対抗要件が具備されたものと扱われると一般的には解されている。したがって、集合動産譲渡担保権について上記登記がされた後に、売買契約の目的物が引き渡された場合には、譲渡担保権者が常に優先することになると考えられる。
5 説明
本判決は、本件の事情の下では、代金完済まで目的物の所有権は売主から買主に移転しないとして、所有権留保について留保構成を採るものとした。そして、代金完済未了の目的物には譲渡担保権の効力は及ばず、X主張の不法行為は成立しないとした。
まず、本件において、留保所有権者であるYを譲渡担保権者であるXに優先させるとの判断がされた根拠としては次の2つの点を挙げることができるように思われる。まず、留保構成は、移転・設定構成に比べて、代金の完済をもって買主に所有権が移転する旨の本件条項と整合的であることである。次に、留保所有権の目的物は、留保所有権者が売買契約によって買主に引き渡した物であって、留保所有権者の売買代金債権との間には具体的な牽連性が認められるのに対して、譲渡担保権者は買主に対して有する債権の担保として、買主の責任財産の中で、当該目的物を含み得る集合物に譲渡担保権を設定したにとどまり、譲渡担保権者の債権と目的物との牽連性は留保所有権者に比べて具体的とはいえないことである。
次に、本判決が事例判断として示されたことについては、売買契約において所有権留保を定める条項は、所有権留保の目的物の範囲や完済を確保する売買代金債権の範囲について様々なものが想定されるところ、その内容を問わず一般的に留保構成を採ると考えるのは相当ではないことなどが考慮されたものと思われる。したがって、この点については、今後の事例の集積及び議論の進展を見守ってゆくことになると思われる。
ただし、本判決では、1つの期間に納品された金属スクラップ等の所有権は当該期間の売買代金の完済まで売主に留保され、これと異なる期間の売買代金の支払を確保するものではないことが事例判断の事情として挙げられている。これは、所有権留保の目的物が金属スクラップ等という種類物であるところ、売買代金が目的物の引渡しごとではなく一定の納品期間をまとめて計算され、このように計算される売買代金の支払を確保するために、当該期間の納品に係る目的物の所有権が留保されるという関係(これは「一納品期間内での売買代金と目的物との対応関係」ともいえる。)があり、その限度を超えて支払を確保する売買代金債権の範囲や留保所有権の目的物を拡大するものでないことが、考慮されたものといえる。したがって、売主と買主との間の売買代金債権が全て完済されるまで売買契約に基づいて売主が買主に引き渡した全ての目的物の所有権が留保されるとの定め(いわゆる根所有権留保の合意)がされた場合についてまで、留保構成をそのまま採るとはいえないように思われる。
さらに、本判決は、転売の点も事例判断の事情に挙げている。これは、売主が買主に対して転売を承諾していれば、所有権留保の構成について移転・設定の構成を採るべきとのXからの主張に対応する形で、あくまで転売の承諾は売買代金の資金を確保するためのものであり、これをもって移転・設定構成を採ったと解することはできない旨を判示したものと思われる。
6 残された問題
本判決は、Aに倒産手続が開始されていない事案において、留保所有権者と集合動産譲渡担保権者との間の優劣関係について判示したものである。この点についての判断が、自動車を所有権留保特約付きの売買契約によって購入した買主について倒産手続が開始した場合の当該自動車の取扱いについて何らかの解釈上の影響を与えるかといった点は問題となり得るところである。もっとも、平成22年最判や平成29年最判をはじめとする過去の判例を見る限り、留保構成か移転・設定構成という所有権留保の法的構成から結論を導き出しているのではなく、問題となる法的局面において考慮すべき種々の事項を踏まえつつ、局面ごとに判断しているようにも見えるところであって、それらの問題について本判決の判示内容から直ちに何らかの帰結が予想されることにはならないように思われる。
7 本判決の意義
本判決は、代金支払未了の売買目的物についての売主の有する留保所有権と買主が設定した集合動産譲渡担保権との優劣が問題となる事案について、代金支払までは売主から買主に目的物の所有権が移転しないとして所有権移転の時期を明らかにしつつ、結論を示したものであって、具体的な事実関係を前提とした事例判例であるとはいえ、実務等において重要な役割を果たすものと思われるので紹介する。