厚労省、パワハラ防止措置に関する指針の素案を公表
岩田合同法律事務所
弁護士 冨 田 雄 介
本年6月、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律を改正する法律(以下「パワハラ防止法」という。)が公布された。パワハラ防止法では、事業者に対し、①優越的な関係を背景とした、②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、③就業環境を害すること、の防止のために雇用管理上必要な措置(以下「パワハラ防止措置」という。)を講じることを義務付けており、上記①から③を満たす事象をいわゆるパワーハラスメントとして防止措置の対象としている。なお、現時点では、パワハラ防止法は来年6月1日に施行されることが予定されているが、中小事業主については、令和4年3月31日(予定)まではパワハラ防止措置を講じる義務を努力義務にとどめる旨の経過措置が設けられている。
厚労省は、本年10月21日、パワハラ防止措置等に関する指針(以下「指針」という。)の素案(以下「素案」という。)を労働政策審議会に示した。
素案では、パワハラの定義の解釈や事例が示されるとともに、パワハラ防止措置の具体的内容が示されている。
まず、パワハラの定義に関しては、上記①について、「当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの」との解釈が示されている。
上記②については、「社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の必要性がない、又はその態様が相当でないもの」との解釈が示されるとともに、「個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係が重要な要素となる」との見解が示されている。
上記③については、「当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」との解釈が示されるととともに、その判断に当たっては「平均的な労働者の感じ方」を基準とすることが適当との見解が示されている。
さらに、素案では、パワハラの六つの行為類型を前提に、パワハラの該当例・非該当が示されている。
行為類型 | パワハラに該当しないとされた例 |
暴行・傷害 |
|
精神的な攻撃 |
|
人間関係からの切り離し |
|
過大な要求 |
|
過小な要求 |
|
個の侵害 |
|
しかし、素案については、労働者側から、(a)上記①の要件の解釈が限定的すぎる、(b)上記②の要件において労働者の問題行動の有無を重視すべきではない、(c)個別事情によってはパワハラに該当し得る例が「該当しない例」として挙げられているなどの批判がなされている。
また、素案では、パワハラ防止措置の具体的な内容として、事業主によるパワハラ防止の社内方針の明確化と周知・啓発、苦情等に対する相談体制の整備、被害を受けた労働者へのケアや再発防止等の措置を挙げている。これらの内容は、基本的に、男女雇用機会均等法に基づき事業主がセクシャルハラスメント防止のために雇用管理上講ずべき措置と同様の内容となっている。
さらに、素案では、事業主が行うことが望ましい取組みとして、自社の労働者による社外の者に対する言動についての対応、及び社外の取引先、顧客等による自社の労働者に対するパワーハラスメントや迷惑行為についての対応も挙げている。
厚労省は年内の指針の策定を目指しているが、指針においてパワハラの定義の解釈やパワハラの該当・非該当事例が示された場合、企業のパワハラ対応の実務や、パワハラに係る紛争についての裁判所の判断等に影響を及ぼす可能性がある。また、指針においてパワハラ防止措置の具体的な内容が定められた場合、中小事業主以外の事業主は来年6月の施行予定に向けて当該指針に沿ってその準備を進める必要がある。労働者側の批判が強いことから指針策定の議論は難航することも予想されており、今後の議論を注視する必要がある。