◇SH3045◇弁護士の就職と転職Q&A Q108「法律事務所の売上減少は誰に『痛み』を与えるのか?」 西田 章(2020/03/09)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q108「法律事務所の売上減少は誰に『痛み』を与えるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 テレビでは、新型コロナウイルス感染症対策により、飲食業や観光業で閑古鳥が鳴いている光景が報道されています。法律事務所では、ディールの延期や中止で仕事がスローになっても、アソシエイトがこの小休止を前向きに受け止める姿もまだ見られます。ただ、景気低迷が長期化すれば、法律事務所の構成員の経済的利益を損なうシナリオも懸念されます。本稿は、架空の教室事例(2019年に3億円の売上げを立てた弁護士10名チームが、2020年に売上げが3分の2に落ち込んだことを想定)を用いて簡単なシミュレーションをしてみたいと思います。

 

1 問題の所在

 本稿では、次のように単純化した事例を置いてみます。10名の弁護士チームは、2019年に、パートナーAが元請けとなり、常時3件のM&Aが動いており、これを、3つのラインで回している(カウンセルBが番頭役でアソシエイトCとDが稼働する第一ライン、カウンセルEが番頭役で、アソシエイトFとGが稼働する第二ライン、カウンセルHが番頭役で、アソシエイトIとJが稼働する第三ライン)。弁護士10名は、それぞれ、年間3,000万円の売上げを立て、2019年の売上げは合計3億円に達した(パートナーは単価5万円で600時間、カウンセルは単価4万円で750時間、アソシエイトは単価3万円で1,000時間を請求したものとする。)。

 アソシエイトの取り分は、自己の稼働部分の請求額(3,000万円)に対する3分の1で1,000万円、カウンセルの取り分は自己の稼働部分の請求額(3,000万円)に対する2分の1で1,500万円として、合計の人件費は1億500万円(アソシエイトとカウンセルは本チームに専従ではなく、全稼働の半分程度を本チームが占めているものする。)。

 他に、事務所の固定費(賃料、IT設備、事務員の人件費等)について、本チームに割り振られた金額が9,500万円であるとすれば、3億円の売上げに対する経費は合計2億円で、残り1億円がパートナーの報酬だったものとする。

売上げ:3億円

 内訳:

 パートナーA           :5万円×600時間=3,000万円
 カウンセルB、E、H       :4万円×750時間=3,000万円(3名で9,000万円)
 アソシエイトC、D、F、G、I、J:3万円×1,000時間=3,000万円(6名で1億8,000万円)

 

経費:2億円

 内訳:

 アソシエイトの人件費       :1,000万円×6名=6,000万円
 カウンセルの人件費        :1,500万円×3名=4,500万円
 固定費(家賃やスタッフ人件費等) :9,500万円

 

パートナーの取り分:1億円(売上げ3億円の3分の1)

 それでは、2020年には、案件数も売上金額も3分の2に落ち込み、M&Aの常時稼働数は2件となり、総売上げが2億円となった場合に、ラインの稼働、人件費及びパートナーの取り分がどのように減少するかについて、簡素なシミュレーションをしてみたいと思います。

 

2 対応指針

 常時稼働している案件数が3から2に減れば、稼働ラインは2つに減り、1つのラインには仕事を回すことができません。固定費の負担額が前年同様だとして、2つのラインの稼働による経費とパートナーの取り分は、以下のようになったものとします。

売上げ:2億円

 内訳:

 パートナーA          :5万円×400時間=2,000万円
 カウンセルB、E        :4万円×750時間=3,000万円(2名で6,000万円)
 アソシエイトC、D、F、G   :3万円×1,000時間=3,000万円(4名で1億2,000万円)

 

経費:1億6,500万円

 内訳:

 アソシエイトの人件費      :1,000万円×4名=4,000万円
 カウンセルの人件費       :1,500万円×2名=3,000万円
 固定費(家賃やスタッフ人件費等):9,500万円

 

パートナーの取り分:3,500万円(売上げ(2億円)の17.5%)

 算定式:

 売上げ(2億円)ー経費(1億6,500円)=3,500万円

 これでは、パートナーの取り分(3,500万円)は、売上げ2億円に対する17.5%にしか過ぎません。売上減少の経営責任を負うべきであるとしても、売上げが3分の2(3億円→2億円)に落ち込んだ際に、収入が3分の1(1億円→3,500万円)まで落ち込むのは痛すぎる、と考えるのは自然なことです。とすれば、来期におけるパートナーの取り分を確保するためにも、アソシエイトの人件費や固定費を圧縮するリストラ策が求められることになります。

 

3 解説

(1) パートナーの取り分

 法律事務所の売上減少に伴う経済的損失は、最終的には、所有者であるパートナーに帰することになります。ただ、設例のように「2億円を売り上げながら、取り分は3,500万円で、売上げの17.5%にしか過ぎない」というのは、少し負担が大きすぎる気もします(昨年度からの極端な収入の減少は、住民税の支払いも苦しくします)。

 翌年(2021年)、すぐに、2019年度水準まで売上げを回復することが期待できるならば(売上げ減少が単年度に留まるならば)、事務所経営者として収入減少を耐え忍ぶことも考えられます。しかし、翌年も不振が続く可能性があるならば、真剣に経費の節約方法を考えなければなりません(パートナーの取り分が減少することは、既存パートナーの経済的利益を損なうだけでなく、将来のパートナー候補に対しても「うちの事務所でパートナーになれば、経済的に報われる」という夢を見させることができなくなり、優秀な人材を流出させるリスクが生まれてしまいます。)。

 法律事務所の経費削減策としては、家賃の削減と人件費の削減が考えられます。ただ、オフィス賃料の値下げ交渉は、賃貸借契約の更新時でなければ難しいところがあります(坪単価の安い物件への引越しは、移転費用を生じさせるだけでなく、対外的な信用を毀損して売上げをさらに減少させるリスクを伴います)。

 人件費を削減する方法のうち、事務所職員に退職を促したり、給与を下げることには労働法上の制約が伴います。そのため、最も経費削減に着手しやすい項目として、(準)委任契約先の弁護士(カウンセルとアソシエイト)に対する報酬の引下げが検討の俎上に載せられます。ただ、報酬の引下げは、アソシエイトの流出を招くリスクが存在するため、「いかにして、事務所に必須とはいえないアソシエイトの退職を容認しながらも、将来のパートナー候補を事務所に引き留められるか?」が大きな課題になります。

(2) カウンセルの処遇

 好景気には、カウンセルポストの弁護士には、「自らは対外的な売上げを立てられなくとも、パートナーが引っ張ってきた案件を番頭役として切り盛りすれば、事務所に貢献できる」という期待が存在します。しかし、不況に陥ると、「先輩パートナーからの案件下請けに頼っているだけでは地位が不安定である」ことを認識させられることになります。設例においては、第三ラインの番頭役であるカウンセルHには、パートナーAからの案件が回らなくなりました(他ルートからの受任を増やせなければ、歩合給は激減します。固定給ならば、今年度の報酬を維持することはできますが、事務所にとってカウンセルHを維持することの経済合理性が失われてしまうため、リストラ候補に挙げられてしまいます。)。

 パートナー審査においても、不況期には「自ら案件を引っ張ってこられる候補者」が重用されるようになるため、昇進見込みが立たなければ、移籍を考えることになります。ただ、リーガルマーケット全体の景気が落ち込んでいる時期には、他の法律事務所においても、高額な給与を支払ってまで「番頭役のカウンセルクラス」を受け入れる余裕がありません。そのため、営業力の乏しいカウンセルクラスは、インハウスに転職先を求める事例が増えてきます(その結果、給与水準が比較的に高いインハウスポストの競争倍率が上がります)。

(3) アソシエイトの給与の制度設計

 アソシエイトの報酬形態は、大別すれば、歩合給と固定給に分かれます(一般に、案件をすべてタイムチャージベースで請求できている事務所が歩合給に馴染みやすく、旧弁護士会報酬規程(着手金・報酬金)形態や月額顧問料形態での案件受任も併有している事務所は、固定給を基本に据える傾向があります)。

 アソシエイトの請求稼働時間が増える好景気には、歩合給のほうがアソシエイト自身にもアップサイドが分配されるため、事務所経営上は、固定給のほうが財政が安定するという見方がありました。ただ、他事務所のアソシエイトとの給与水準に関する情報交換が行われると、固定給を採用する事務所のアソシエイトには「うちの事務所は給与が安い」という不満が募って、人材流出につながるリスクがあります。そこで、固定給を採用する事務所でも、長時間労働で事務所の売上げに貢献したアソシエイトに対して、ボーナスで還元する人事政策を行っています。

 他方、不況期に転じると、今度は、歩合給の下では、請求稼働時間の減少がそのままアソシエイト本人の取り分の減少という形で反映します。固定給の下では、稼働時間が減ったからといって固定給を切り下げるのはハードルが高いため、まずは、ボーナスの減免という形から経費削減が行われます。固定給が高いと、人件費の調整幅が限られてきてしまうために、最近では、年次が上がっても固定給が据え置かれて、定期昇給分も含めて、すべてボーナスで調整する人事政策が広まっています。かつては、「固定給=同期同額」という平等志向が強かった先でも、アソシエイトの給与におけるボーナスの比重が増えてくることで、所内における人事評価が報酬にも反映される結果となります。このことは、「所内評価の高いアソシエイト≒パートナー候補」を事務所に留める効果を持ちますが、同時に「所内評価が高い優等生に営業力があるか?」「所内的には優等生と言えなくとも、元気があって、クライアントを惹き付ける魅力がある若手を流出させてしまうことにはならないか?」という議論を巻き起こしています。

以上

タイトルとURLをコピーしました