◇SH2461◇弁護士の就職と転職Q&A Q74「キャリアモデルを何期上の先輩に見出すべきか?」 西田 章(2019/04/08)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q74「『キャリアモデルを何期上の先輩に見出すべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 弁護士の就職活動において、大手法律事務所の人気が高い理由のひとつに「ジュニア・アソシエイトの採用担当」の存在があります。就活生にとってみれば、「この事務所を選べば、2〜3年後、自分も法律事務所でこういう風に働いているのだろう」という具体的イメージを与えてもらいやすいからです。しかし、現実には、ジュニア・アソシエイト段階では、所内における自己のキャリアパスすら定まっていません。就活生に対して現所属事務所の魅力を語って勧誘する一方で、自らは同時に別の事務所への転職活動を行っている採用担当者もいます。

 

1 問題の所在

 企業における採用ニーズは、「当面の業務を回すための作業要員」の確保だけでなく、「組織を維持・発展させていくための幹部候補生」にも存在します。

 例えば、グローバルな企業の法務部長であれば、「自分の最大のミッションは、自分の後継者を探すことである」「そのためのタレントプールが必要」と断言して、「明日、自分が車に轢かれて死んだら、誰が自分のポストを引き継ぐことになるかを常に意識している」と語ります(より現実的なシナリオとしては「交通事故に遭わなくとも、違うことをやりたくなって会社を辞める」という事態を想定される部長もいます)。そして、「不景気にはリストラもするが、後継者候補を切ることはない」と考えており、「後継者の年次」には、一つのイメージとして「7期くらい下」が想定されています。

 このようなサクセッション・プランは、本来、法律事務所にも存在するべきものですが、現実には、グローバル企業におけるほど緊急性がある課題として受け止められてはいません。法律事務所においては、「同一法分野を扱う7期下のパートナー」は競合者であり、クライアントを引き継ぐ先としては、もっと期の離れたパートナーであることが想定されています(「新人パートナー=まだクライアントがおらず、これから開拓をしなければならない立場」へのご祝儀として、65歳で定年するパートナーが、25期以上も若いパートナーにクライアントを引き継ぐこともあります)。

 ただ、司法試験受験生が「この先生のポストを引き継ぐために、この法律事務所に就職しよう」と思っても、四半世紀も先の話となると、あまりにも遠い未来であり、まったく具体的イメージが湧きません。また、共同事務所の大半は、「経費共同」に留まっており、「ひとつの財布」すら共有しない、同床異夢の共同体です。「ひとつのビジョンに向かってチームの一員として尽力する」というよりも、「他者に干渉されずに、自由を謳歌して仕事を営み生計を立てる」ことに力点が置かれている法律事務所において、どの程度、上の年次の先輩に、将来の自分のキャリア目標を設定するかは、なかなか悩ましい問題です。

 

2 対応指針

 弁護士として、「技術を受け継ぎたい先輩」と、「ポストの承継を目指すべき先輩」と、「志を受け継ぎたい先輩」は、同一ではありません。

 まず、日々の業務をこなすための技術を学ぶべき対象は、案件でチームを組む兄弁的な立場にあるシニア・アソシエイトが中心になります。しかし、期の近い兄弁からパートナーポジションやクライアントを引き継ぐことはないため、もしも、同じような専門分野を選んだならば、将来的には競合する事業主になってしまうことを想定しておかなければなりません。

 ポストの承継を目指すべき対象を敢えて設定するとなれば、自分がパートナーになる年次に、定年していくような、20期以上先輩ということになります。しかし、現実には、20年先のリーガルマーケットを具体的に想定できる人はいません。ならば、ポストを承継してくれそうな先輩に擦り寄って気に入られようと試みるよりも、「パートナーとなった段階では、このようなスキルセットと人脈を備えている必要がある」という手本として先輩弁護士の仕事振りを盗み見ることのほうがキャリア形成には有益です(「自分には何ができて何ができないか」を見極めた上で、「自分にないスキル(例えば、民暴対応等)が求められた場合にそれをどこからどのように補うべきか」という外部リソースの活用も主任パートナーとしての重要な能力のひとつです)。

 志、という面では、これを学ぶべき対象年次を限定する必要はありません。先輩ではなく、同期であっても、さらに言えば、後輩であっても、仕事への取組み姿勢を尊敬できるような他者からは、その年次に関係なく、吸収していくべきです。年長者に目を向ければ、一緒に仕事をすることがないような遙かに年長の弁護士の言葉からも学ぶべきものはあります(NBL1111号(2017年12月1日号))で特集された「古曳正夫先生を偲ぶ」が若手弁護士に広く読まれていたのもその実践のひとつだと思われます)。

 

3 解説

(1) 技術を受け継ぎたい先輩

 アソシエイトは、まずは、弁護士としての基礎的な技術(リサーチ力、分析力や起案力等)やクライアント担当者とのコミュニケーションに関するビジネスマナーを学ぶことになりますが、これについては、兄弁的なシニア・アソシエイトの仕事振りを真似ることから始まります。

 もう少し先を見据えると、クライアントとの間でも、法務部長や担当役員とコミュニケーションを取る機会が増えてきますし、交渉又は紛争の相手方弁護士との駆け引きも担当する業務を担うことになります。これについては、「向き/不向き」がありますので、数多くの先輩を見付けて、自分に合ったスタイルを身に付けていくことになります。数多くのサンプルを見ることができる、という点では、大手法律事務所の優位性がありますが、手本は、所内で探さなければならないわけではありません。もし、他事務所の先輩とも共同する機会を得られるならば、違う環境で育った先輩弁護士の仕事の進め方を学ぶことは(自己の所属事務所の仕事のスタイルを相対的に評価できる点でも)参考になります。

 ただ、ひとつの事務所において、「新人弁護士」にとっては、「2年生」や「3年生」は良きメンターですが、数年もすれば、競合する立場に置かれます(4年生が自分に振ってもらいたいと思っていた事件を3年生に奪われることもあれば、10年生が、先輩である11年生や12年生を差し置いてパートナーに昇進することもあります)。ポジショニング、という点で言えば、「直近に優秀な先輩がいたら、それと被る分野は避けたほうがいい」「先輩と被る分野に飛び込むならば、先輩を追い抜くぐらいの気概が必要」であるとは言えます。

(2) ポスト承継を目指すべき先輩

 東京のリーガルマーケットも成熟しつつあるため、企業法務系の法律事務所における若手パートナーの中には、その売上げを「新規クライアント獲得」に求めるのではなく、「引退するシニア・パートナーからの承継」や「営業力のあるパートナーからの売上げの分割」に期待する人が増えています。もちろん、「相続人」や「案件の共同受任先」に選ばれるというのは、目の肥えた先輩弁護士から、自己の業務処理能力を高く評価された証でもありますので、弁護士としては光栄なことです。しかし、それは結果論であって、目的として掲げることには違和感があります。若手の中には「自分がいなければ、あのパートナーは案件処理に困るはず」「自分は必要不可欠な存在である」という自信を持っている方も見かけますが、実際には、「パートナーにとって代替性がない下請け先」などは滅多にありません。一時的に下請け先に困ることがあっても、有能なパートナーほど、時間さえかければ、代わりになる弁護士を見付けることができます。先輩パートナーに尽くすことに意味はあるとしても、それに専従することなく、自らの顧客開拓も常に意識しておくことは、これからも変化していくリーガルマーケットで生き残っていくためには重要です。

 先輩パートナーからは(具体的なクライアントやポストの承継を狙うこと以上に)「彼・彼女は、どのようなスキルと人脈を駆使して、パートナーとしての仕事をこなしているのか?」という点を盗み取ることこそが重要です。特に、パートナーが、自らは対応するスキルがない問題について、どのように対応しているのか(例えば、反社会的勢力が関与する事案について、ヤメ警察の弁護士の知見を借りて警察を動員して対応する等)は、自己の業務範囲を広げていくためには(又は自分には業務範囲を広げる器がないと自覚するために)学びの機会となります。

(3) 志を受け継ぎたい先輩

 若手弁護士のうちに、「こういう弁護士になりたい」と思われる理想の弁護士像を持てるのは、とても幸せなことです。それは、具体的なスキルやポストではなく、「生き様」を通して、仕事を続けていこうという刺激を与えてくれる存在です(最近では、それを、起業家等の同世代のビジネスパーソンに見出す弁護士も増えています)。

 弁護士業界内に限れば、現役の弁護士の中に理想像を見出すことは難しい面があるかもしれません(優秀なパートナーであっても、実際に下で働くアソシエイトにとってみれば、ストレスフルな業務を振ってくる上司という側面を併有しています)。例えば、大手法律事務所のアソシエイトの中には、NBL1111号(2017年12月1日号)における「古曳正夫先生を偲ぶ」の特集記事において、森綜合法律事務所(現在の森・濱田松本法律事務所の前身)の創始者のひとりである、古曳正夫弁護士の仕事振りについて、伝聞形式でも、それを垣間見ることによって、日々の業務に明け暮れるだけの毎日を反省して、弁護士としての生き様を改めて考え直す契機を見出した若手もいます。

 今後は、社内弁護士や社外役員等も含めて、弁護士としてのあたらしい活動領域を築き上げた第一人者から、その志を受け継ぎ、弁護士の活動領域をさらに広げていくことに意欲を抱く若手弁護士が現れてきそうです。

以上

 

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