SH3052 使用者責任に関し、被用者が使用者に対し逆求償することを認めた最高裁令和2年2月28日第二小法廷判決(平成30(受)1429号) 平井裕人(2020/03/12)

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使用者責任に関し、被用者が使用者に対し逆求償することを認めた
最高裁令和2年2月28日第二小法廷判決(平成30(受)1429号)

岩田合同法律事務所

弁護士 平 井 裕 人

 

1 はじめに

 最高裁判所は、令和2年2月28日、被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合、被用者は相当と認められる額を使用者に求償することができる旨判示した。

 詳細は後述するが、被用者から使用者に対する求償(以下「逆求償」という。)を認めた判例は見当たらず、同判例は早速新聞にて報道されるなど耳目を集めている[1]

 ここでは同判例について簡単に解説を加え、読者の理解の一助としたい。

 

2 判決の概要

⑴ 事案

 貨物運送を業とするYの従業員であるXは、トラック運転手として荷物の運送業務に従事していたところ、Aの運転する自転車にトラックを接触させ、Aを転倒させる事故を起こした(以下「本件事故」という。)。Aは同日に死亡し、Aの相続人B及びCは、Xに対し本件事故による損害の賠償を求める訴訟を起こし、Xは、Bに対しては訴訟上の和解に従い金銭を支払い、Cに対しては判決に従い弁済供託を行った。

 そこで、Xは、Yに対し、本件事故による損害を賠償したことにより求償権を取得したなどと主張し、求償金等の支払いを求めた。

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⑵ 判示

 判例は、①民法715条1項の趣旨は、「使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものであ」って、「使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべき」であること、及び②使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合、「諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべき」ところ、「上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない」という2点を理由に、「被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」と判示した。

 

上告審及び控訴審の判断[2]

  逆求償の可否 理由
上告審

  1. ・ 民法715条1項の趣旨からすれば、使用者が損害の全部または一部を負担すべき場合があると解すべき。
  2. ・ 使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において、使用者の被用者に対する求償が制限されることはあることとの均衡。
控訴審

×

(不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し、負担すべき)

  1. ・ 民法715条1項の規定は、損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え、使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず、被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。
  2. ・ 使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において、使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが、これは、信義則上、権利の行使が制限されるものにすぎない。

 

3 逆求償に関する従前の判例、裁判例及び学説

⑴ 判例・裁判例

 逆求償について判断した判例は見当たらない。裁判例としては、逆求償を肯定した佐賀地判平成27・9・11労判1172号81頁[3]があるが、その他裁判例は不見当である。

⑵ 学説

 通説は、逆求償を認める[4]。使用者が被用者に対する求償を行うことは認められていることとの不均衡が理由であるが、その法的根拠については見解の一致を見ていない[5]。逆求償を認めない見解の理由としては、使用者は負担部分を有しないことが挙げられている[6]

 

4 今後の対応

 逆求償を認めるとしても、①使用者がどのような場合に被害第三者に対し行使できる時効などの権利を被用者に主張できるのか、②被用者が被害第三者に賠償義務を履行する場合、事前に使用者の関与は不要かなどの問題は直ちには解決されず[7]、今後の議論を注視する必要がある。

 また、本件で使用者は損害賠償責任保険に加入していなかった。かかる事実が、使用者と被用者が負担すべき額を検討する際、被用者側の負担の額を小さくする方向に働くと本判例の補足意見では示唆されている。企業は、保険加入の是非につき今一度検討する必要がある。

以 上

 



[2] なお、脚注[1]日本経済新聞の報道によれば、第一審は、使用者も相応の責任を負うべきとして逆求償を認めた。

[3] 被用者の責任と使用者の責任とは不真正連帯責任の関係にあることを前提に、使用者は被用者の活動によって自己の活動領域を拡張しているという関係に立つから、使用者にも負担部分が存在することが理由として挙げられている。

[4] 神田孝夫『使用者責任〔新版〕』(一粒社、1998)285頁

[5] 山田卓生他編『新・現代損害賠償法講座 第4巻 使用者責任ほか』(日本評論社、1997)135頁等

[6] 潮見佳男『不法行為法Ⅱ〔第2版〕』(信山社、2011)53頁

[7] 星野英一編代『民法講座 第6巻』(有斐閣、1985)509~510頁

 

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