◇SH3054◇楽天株式会社に対する緊急停止命令の申立て 山名淳一(2020/03/13)

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楽天株式会社に対する緊急停止命令の申立て

岩田合同法律事務所

弁護士 山 名 淳 一

 

1 はじめに

 公正取引委員会(以下「公取委」という。)は、令和2年2月28日、楽天株式会社(以下「楽天」という。)が同社運営のオンラインモール「楽天市場」において「共通の送料込みライン」と称する施策(以下「本施策」という。)を導入することについて、楽天市場の出店事業者に対する優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号ハ)に該当する疑いがあるとして、楽天に対する緊急停止命令の申立てを東京地方裁判所に対して行ったことを公表した(以下「本公表」という。)[1]

 本稿では、本件で問題となる独占禁止法上の論点及び緊急停止命令について解説する。

 

2 独占禁止法上の論点について

⑴ 本施策の概要

 楽天が導入しようとする本施策は、概要、「単品、又は1つの店舗に対する1回の合計の注文金額が3,980円(税込み)以上の注文」(以下「対象注文」という。)の場合には、サイト上に商品の販売価格と共に「送料無料」と表示される、というものである。また、本施策には、「適用対象となる注文について、追加送料を徴収すること及び地域別に異なる送料を徴収する目的で、価格を変えて同一商品を複数登録することはできない。」という条件が付されている[2]

 楽天は、本施策を令和2年3月18日から導入しようとし、その旨出店事業者に通知したところ、楽天市場の出店事業者の一部により構成される任意団体「楽天ユニオン」が、本施策は出店事業者に対する一方的な負担増になるとして、同年1月22日、公取委に対し調査を要請した[3]

⑵ 「優越的地位の濫用」の該当性の判断

 公取委は、本公表において、本施策が、楽天市場の出店事業者に対する優越的地位の濫用に該当する疑いがあるとしている。

 優越的地位の濫用は、①優越的地位にある事業者がその取引先に対し、②正常な商慣習に照らして不当に、③濫用行為に及んだ場合に認められる(独占禁止法2条9項5号)。公取委は、本件における濫用行為について、本施策が「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を変更している」(同号ハ)と指摘している。

(公正取引委員会「優越的地位の濫用~知っておきたい取引ルール~」2頁より引用)

 本件では③の要件について特に争いがあり、本施策の導入が、出店事業者に対し送料の負担という不利益を強いるものか、仮に送料の負担を強いるとして、本施策の導入による売上増が見込めることで出店事業者にとって不利益変更に当たらないといえるのか、といった点が争点になるものと考えられる。

 

3 緊急停止命令の申立てについて

⑴ 排除措置命令に至るまでの一般的な流れについて

 公取委は、優越的地位の濫用等の独占禁止法に違反する行為が認められる場合、違反行為を行った事業者に対し、当該違反行為を止めるよう命ずる排除措置命令(独占禁止法20条)を出すことができる。

 通常、公取委が排除措置命令を出すまでには、次の手続を踏むことになる。まず、公取委は、違反行為が疑われる事業者に対し、立入検査等の行政調査(独占禁止法47条1項等)を行う。行政調査の結果、違反行為が認められると判断される事案について、意見聴取手続(同法49条)により対象事業者から意見を聴取する。そして、意見聴取手続の結果を参酌した上で、なお違反行為が認められると判断した場合に、公取委は排除措置命令を出す。これに対し、排除措置命令に対し不服がある事業者は、裁判所に対する抗告訴訟により争うことができる(行政事件訴訟法3条1項)。

⑵ 緊急停止命令について

 公取委が排除措置命令を出すためには、前記⑴のとおり一定の手続を踏む必要があり、ある程度の期間が必要となるから、その間に違反の疑いがある行為が開始又は継続された場合には取引先が不利益を被る可能性がある。そのため、独占禁止法は、公取委の申立てにより、裁判所は、①緊急の必要性と②違反行為の疑いが認められる場合に、事業者に対して当該行為を一時停止することを命じることができるとしている(緊急停止命令。独占禁止法70条の4)。ここでの「緊急の必要性」とは、「公取委の排除措置命令まで待つと、競争秩序が侵害され回復し難い状況に陥る」ことを指す[4]

 なお、これまで緊急停止命令を申し立てられて、認められなかった例はない[5]

⑶ 本件において緊急停止命令が申し立てられた経緯

 本件では、令和2年2月10日、公取委の楽天に対する立入検査が実施された。

 公取委による立入検査が行われるということは、公取委が違反行為の存在に疑いを持っており、今後、排除措置命令(及び課徴金納付命令)を出すか否かの検討作業を進めるということであり、そのため、立入検査を受けた事業者は、対象行為の独占禁止法違反の有無について公取委の判断が出るまでは、当該行為について一時的に取りやめることが一般的である。

 しかし、楽天は、公取委の立入検査を受けた後も同年3月18日からの本施策の実施方針を変更しなかった。そのため、仮に本施策が優越的地位の濫用に該当する場合、楽天が本施策を予定通り実施することで出店事業者に不利益が生じることになることから、公取委は、東京地裁に対し緊急停止命令を申し立てたものと考えられる。

 

4 今後の展望

 楽天は、令和2年3月6日、本施策を同月18日から一律で導入する方針を延期すると発表した[6]。これを受け、公取委は、同月10日、「当面は、一時停止を求める緊急性が薄れるものと判断し」たとして、東京地裁に対する緊急停止命令の申立てを取り下げた[7]。しかし、公取委は、本件に係る審査を継続することも併せて発表しており、今後、公取委による本施策に対する排除措置命令が出された場合には、本施策の優越的地位の濫用の該当性は、司法の場において争われることになると思われる。

以 上



[1]  令和2年2月28日付け公取委「楽天株式会社に対する緊急停止命令の申立てについて」(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/feb/200228.html)。

[2] 本施策の内容は前掲注[1]の公取委による発表内容から特定した。

[3] 2020年1月23日付日本経済新聞朝刊13面参照:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54701920S0A120C2X30000/

[4] 白石忠志『独占禁止法〔第3版〕』(有斐閣、2016年)649頁。

[5] 白石・前掲注[4]649頁注222。

[6] 2020年3月7日付日本経済新聞朝刊2面:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56513040W0A300C2EA1000/

[7] 令和2年3月10日付け公取委「楽天株式会社に対する緊急停止命令の申立ての取下げについて」(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/mar/200310.html

 

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