企業法務フロンティア
感染症危機に対する集客ビジネスの対応
日比谷パーク法律事務所
弁護士 中 川 直 政
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行は、健康への重大な脅威をもたらすとともに、不安の中で感染拡大防止のための対応を迫られている社会・経済にも、極めて甚大な影響を与えている。
感染の急速な拡大を受けて、政府も国民生活への影響の大きい対応を行っている。2020年2月1日に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に基づく「指定感染症」に新型コロナウイルス感染症を指定し、3月13日には「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の適用対象とした。また、2月26日、内閣総理大臣から、「多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等」について「中止、延期又は規模縮小等の対応」をとるよう要請がなされた。
こういった状況の中、テーマパークなどの集客ビジネス、観光ビジネス、イベントなどにおいても、集客への悪影響が極めて深刻となっており、事業運営に未曾有の緊急対応が求められている。多くの施設が営業を中断し、多くのイベントが中止・延期となっている。その中で、運営事業者や経営陣は、そもそもどういう法的義務を負っているか、事業継続・再開の可否の判断をどのような考え方に基づいて行うべきか。
本稿では、新型コロナウイルス感染症の拡大により、集客ビジネスが直面する事業遂行上の法的問題と実務対応について、整理しておきたい。
全世界が力を合わせてこの難局に立ち向かわなければならず、そのためには果敢な対応が必要だ。企業は社会的存在であることを自覚し、思考停止しないことだ。筆者は、そのような企業が、安全確保に配慮し、正しい情報収集のもとで自ら合理的と考えて下した判断なら、その判断は法的に保護され得るものと考える。筆者は改めてそのことを知っていただきたいという想いで、本稿を執筆するものである。
1 安全配慮義務
テーマパーク、イベントなどの集客ビジネスでは、その場でしか体験できないアトラクションやショーによる体験価値が、顧客に提供される主な価値といえる。それゆえ、集客ビジネスでは、多くの来場者が集まることが本質的に不可欠である。このような性質を有する集客ビジネスだが、ウイルス感染が拡大している状況において、施設運営事業者は、集客施設の顧客に対してどのような義務を負っているのか。
集客施設の事業者が顧客に対して負う法的義務には、「安全配慮義務」というものがある。安全配慮義務とは、生命や健康を危険から保護するよう配慮すべき義務である。これは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者間において、その法律関係の付随義務として相手方に対して信義則上負う義務として、一般に認められているものだ。
しかし、事業者において、顧客のウイルス感染を阻止すべき安全配慮義務が一般にあると解することは難しいだろう。ウイルスの感染可能性の高まり自体は、事業者が管理・支配できる事象ではない。感染経路が刻一刻と変化しており、特に、新型コロナウイルスの場合、無症状の感染者の存在が指摘されている。そのため、具体的な感染経路の特定が困難で、感染の可能性はどの場所においてもあり得る状況であって、特定の場所において特に感染しやすいというものでもなさそうだ。そうであれば、ウイルスへの感染を回避する措置は、基本的には顧客が自己の責任で行うべきものということにならざるを得ないと考えられるからだ。
野外コンサートでの落雷事故における興行主の安全配慮義務違反が問われた事案(大阪地判平成28・5・16裁判所HP)を参考にすると、事業者が、顧客に対して安全配慮義務を負うものと認められるのは、施設についての利用・管理等の状況、先行行為を含む両者の関係、予見可能性の有無・その具体性、結果回避措置の容易性・可能性、期待可能性、被侵害利益の重大性等の諸般の事情を総合考慮して、事業者に対し、顧客を感染の危険から保護する義務を負わせることが相当といえる客観的状況が存在する場合に限られると解される。
集客施設内又は近隣においてウイルスへの感染への危険が切迫している具体的状況が認められる状況の中で、来場者がウイルスに感染したという状況であれば格別、そのような状況にないならば、原則としては、事業者が来場者に対して集客施設内でウイルスに感染させたと評価できるケースは少ないと思われる(ただし、次項で述べる来場客に対する注意喚起の内容を事業者自身も相応に実践していることが前提となる)。したがって、事業者が来場者の感染それ自体について法的責任まで認められる可能性は低いだろう。集客施設内におけるウイルス感染を回避する措置は顧客が自ら行うべきものであって、顧客は、感染の危険性を認識した上で危険を引き受けていると言わざるを得ないのである。
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