使いやすい資産形成サービス
千葉大学大学院専門法務研究科教授
青 木 浩 子
最近、投資信託を用いた資産形成サービスについての報道が目を引く。これらの報道によると、分散投資・長期保有を前提とし、組成が単純で、手数料が低く、加えて非課税制度対象となるものが増えているらしい[1]。これは非常にありがたいことだと思う。公的年金に頼った老後生活設計は、国民年金のみの場合、とくに難しそうだからである。
民宿経営者(10年来のなじみ)、美容師や鍼灸師、非常勤の司書(20年来お世話になっている)、毛皮職人(30年近い知り合い)といった自営業やそれに準じる立場にある知人・友人らが、老後にどのように経済的に備えればよいか、不安をもらすことが時々ある。「一番お金が頼りとなる終末期に枯渇するのでは?[2]」という恐怖は、読者の多くにも無縁のものではあるまい。
自分の親の関係で調べた限りでも、年金だけで入所可能な施設と、私費を追加した場合とでは、歴然とした差があった。預貯金が、必要額に平均余命を乗じた額を十分にカバーしていれば、とりあえず問題ない。しかし「92歳時点で1000万円足りない!」、「82歳で枯渇!」といった判断結果が出た場合、どうすればよいか。
2016年の金融庁・金融レポートのシミュレーションは、長期分散投資で資産形成すれば、単に預金しておく場合にくらべ倍ほどになるという結果を示している[3]。預金を前提とすれば不足の家計でも、資産をうまく形成・保有するならば、相当長生きしても何とかなるという希望がもてるかもしれない。もちろん「国にはさんざんダマされた、投資信託などとんでもない」、「シミュレーションは過去のデータに基づくものであり、将来はどうなるかわからない」と考える向きも多くあろうが、そういう人は「支出を減らす」、「もっと稼ぐ」方向に注力するであろう。
振り返ってみると、規制緩和や金融機関の過剰を背景に、リテール商品販売に問題が多かったことは否定できない。説明義務を中心とする規制を通じて投資被害を完全になくすことは不可能であろう。とはいえ、合理的な資産形成サービスがほとんど提供されていない状態(5年ほど前に、親族のため老後資産の形成維持に向いた証券ないし保険サービスを検討したが、個別銘柄の分散保有よりもよいと思えるものはほとんどなかった。そして個別銘柄分散保有を大過なくできる人は案外にいないようである)は改められてしかるべきことと思う。
米国ではディスカウントブローカー等によって個人が合理的に資産形成できる機会が30年近くにわたって提供されてきた。それを知る者は、上の金融庁シミュレーションを素直に受け止められるだろう。米国には右肩上がりの資本市場という日本にはない好条件があったが、国際投資を通じることにより部分的に享受することは可能と思われる。
現在の動きは、「仕事に励みしっかり蓄財すれば、お金にびくびくしながらの末路とならずに済みそうだ」と多くの国民が信じられる環境確保を、多くの関係者の関与の下(商品設計する人、シミュレーション資料を作成する人、ロボアド導入を指揮する人、といった知り合いが思い浮かぶ)、目指すものと思う。首尾良く成功しても世間はその意義をよく理解できず、あまり評価しないかもしれない。変革に伴う事故・不都合を過度に責める向きもあるかもしれない。「見ている者もいます。ありがとうございます」と一言述べたく、寄稿させていただいた次第である。
[1] 例、日経電子版「投信、年1回分配型が堅調 残高最高の12兆円」2017年4月4日、「積み立てNISA、手数料ゼロ投信など対象」2017年3月30日。個人型確定拠出年金についても共通する点が多い。
[2] 金融庁ライフプランシミュレーション(http://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/lifeplan_sim/index.html)では92歳までの間について代入した条件(支出や収入、家族構成等)に応じた貯蓄残高概算が示される。
[3] 金融庁・平成27事務年度金融レポート53頁 図表II-2-(1)-20 「長期・積立・分散投資の効果」は、1995年から2015年までの20年間、毎年同額投資したと仮定した場合、A定期預金(年利0.1%)、B国内の株・債券に半分ずつ(代表的指数を加重平均する形で分散投資すると仮定)、C国内・国外の株・債券に6分の1ずつ投資した場合、累積リターンがAは1.32%、Bは38% 、Cは79.9%となる(かつ、どの時点においてもCはAを上回る)ことを示す。