◇SH0045◇最二小決 平成26年4月7日 詐欺被告事件(鬼丸かおる裁判長)

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 本件は、暴力団員である被告人が、約款で暴力団員からの貯金の新規預入申込みを拒絶する旨定めている銀行の担当者に対し、自己が暴力団員でないことを表明、確約して口座開設等を申し込み、通帳等の交付を受けたことが詐欺罪に問われた事案である。

 本件銀行は、平成22年4月、約款を改定して前記取引拒絶規定を定めていたが、このような暴力団員等の反社会的勢力との取引拒絶規定は、平成19年6月に「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」(平成19年6月19日犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)が示され、これに基づき平成20年3月に金融庁の「主要行等向けの総合的な監督指針」等に反社会的勢力による被害の防止に関する条項を追加する改正が行われ、全国銀行協会等の金融機関の業界団体が銀行取引約定書等に盛り込む場合の暴力団排除条項の参考例を制定するなどしたことから、多くの金融機関で設けられるようになっていた。

 暴力団員であることを秘して、預金口座の開設等を申込み、通帳等を取得したことが詐欺罪に問われた下級審裁判例としては、大阪高判平成25年7月2日・高刑66巻3号8頁(確定)があるが、上告審において、このような場合においても、被告人が「人を欺い」たとして詐欺罪が成立するか否かが直接問題となったのは、本件が初めての事例であった。

 これまで、銀行の通帳等の交付を受けることが詐欺罪に当たるとした最高裁判例は2つある。1つ目は、申込者が他人に成り済ました最二小決平成14年10月21日・刑集56巻8号670頁、2つ目は、申込者が預金通帳等を第三者に譲渡する意図を隠していた最三小決平成19年7月17日・刑集61巻5号521頁である。平成14年判例は、通帳が詐欺罪にいう財物に当たることを肯定し、平成19年判例は、第三者に譲渡する意図を隠して口座開設等を申し込む行為が詐欺罪にいう人を欺く行為に当たるとしている。これらの判例は、いわゆる振り込め詐欺に預金口座が不正利用されている状況を背景に、口座の利用主体が偽られた事案であった。これに対し、本件は、被告人が郷里の母親から保険の満期払戻金を受領する便宜のために口座開設等を申し込んだのであって、その時点では申込者自身が当該口座を利用するつもりであり、口座利用主体には偽りがなく、ただ、自己が暴力団員であるか否かという点のみを偽った事案であり、本件は、平成14年及び平成19年判例の射程外といえる。 

 判例は、詐欺罪にいう「人を欺いて」とは、人を錯誤に陥らせることであって、相手方が財産的処分行為をするための判断の基礎となる重要な事項を偽ることと解している。これは、他の者を搭乗させる意図を秘し、航空会社の搭乗業務を担当する係員に外国行きの自己に対する搭乗券の交付を請求してその交付を受けた行為が詐欺罪に当たるとした最一決平成22年7月29日・刑集64巻5号829頁や入会の際に暴力団関係者を同伴しない旨誓約したゴルフ倶楽部会員において、同伴者が暴力団員であることを申告せずに同人に関するゴルフ場の施設利用を申し込み、施設を利用させた行為が詐欺罪に当たるとした最二小決平成26年3月28日・刑集68巻3号登載予定などの近時の判例でも確認されている。

 本決定も同様の前提に立ち、本件について、次のとおり判断した。すなわち、①銀行が企業の社会的責任等の観点から暴力団排除の方針を採り、反社会的勢力による被害を防止するための政府指針を踏まえて、暴力団員からの貯金の新規預入申込みを拒絶する旨の約款を定め、②申込書に自己が暴力団員でない旨を表明・確約する旨の記載を設け、窓口担当者において、その申込書を用いて申込者が暴力団員でないことを確認し、その時点で、申込者が暴力団員であると分かっていれば、口座開設等に応じなかったなどという事実関係の下では、口座の開設並びにこれに伴う通帳及びキャッシュカードの交付を申し込む者が暴力団員を含む反社会的勢力であるかどうかは、銀行担当者らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから、暴力団員である者が、自己が暴力団員でないことを表明、確約して上記申込みを行う行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為に当たり、これにより通帳及びキャッシュカードの交付を受けた行為が詐欺罪を構成することは明らかであるとした。

 本件は、具体的な事実関係を前提としたものではあるが、同伴者が暴力団員であることを秘してゴルフ場の施設を利用した事案に関する前記平成26年判例に続き、前記の重要事項性に関する新たな一事例を加える点で、参考価値が高く、また、前記のとおり、金融機関が取引約款へ暴力団排除条項を導入しており、同種事案の増加も予想されることから、実務上の重要性も高いと思われる。

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