◇SH0550◇最一小判 平成27年11月30日 建物明渡請求事件(小池裕裁判長)

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第1 事案の概要

1 本件は、建物の所有者であるXが、本件貸室を占有するYに対し、所有権に基づき、本件貸室の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求めた事案である。本件の主要な論点は、和解による訴訟終了判決に対して、被告のみが控訴した場合に不利益変更禁止の原則(民訴法304条)がどのように作用するか、また、その場合の判決主文はどのようなものになるかの点にある。

2 事実関係等の概要及び原判決の概要は、次のとおりである。
 (1) Yは、本件建物の当時の所有者から、本件貸室を賃借していたところ、明渡しを拒んだので、Xは本件訴訟を提起した。
 (2) XとYとの間には、第1審の和解期日で、本件賃貸借契約を合意解除すること、Yは本件貸室を明け渡すこと、XがYに対して立退料として220万円を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解(本件和解)が成立した。
 (3) その後、Yが期日指定の申立てをしたため、第1審裁判所は口頭弁論期日を経た上で、本件訴訟は本件和解が成立したことにより終了した旨を宣言する訴訟終了判決を言い渡した(判例時報2272号48頁)。
 1審判決に対しては、Yのみが控訴し、Xは控訴も附帯控訴もしなかった。
 (4) 原判決(判例時報2272号42頁。同誌2275号144頁に訂正記事あり。)は、本件和解は無効であるといわざるを得ない等として、1審判決を取り消し、本件和解が無効であることを確認するとした上で、Yに対して、Xから40万円の支払を受けるのと引換えにXに本件貸室を明け渡すこと、賃料相当損害金を支払うことを命じ、Xのその余の請求をいずれも棄却した。

 

第2 本判決の概要

 本判決は、不利益変更禁止に関し、「和解による訴訟終了判決である第1審判決に対し、被告のみが控訴し原告が控訴も附帯控訴もしなかった場合において、控訴審が第1審判決を取り消した上原告の請求の一部を認容する本案判決をすることは、不利益変更禁止の原則に違反して許されない」とした上で、この場合の判決主文については、「控訴審が訴訟上の和解が無効であり、かつ、…請求の一部に理由があるとして自判をしようとするときには、控訴の全部を棄却するほかないというべきである。」とした。そして、本件では、Yのみが控訴し、Xは控訴も附帯控訴もしていないのであるから、原審としてはYの控訴の全部を棄却するほかなかったとして、原判決の処理には、法令の違反があるとして、原判決を破棄し、Yの控訴を棄却した。

 

第3 解説

1 訴訟上の和解の効力を争う方法の一つとして、受訴裁判所に従前の訴訟手続きの続行を求めて期日指定を申し立てる方法が認められている。この場合において、裁判所が訴訟上の和解が有効であると認めたときには、訴訟が終了した旨を宣言する訴訟終了判決がされることになる。
 このような和解による訴訟終了判決について控訴がされ、訴訟終了原因がないと判断された場合、原則的な形態は差戻し判決(民訴法307条本文準用)であると解されるが、事件について更に弁論する必要がないときには、本案判決をすることも許されると解される(同条ただし書準用)。
 控訴審においては、不服申立てがない限り第1審判決が取消し又は変更されないとの不利益変更禁止の原則(同法304条)があるところ、和解による訴訟終了判決に対して、被告のみが控訴した場合において、本案判決をするとしたとき、どのような判決であれば、不利益変更禁止の原則に違反しないのであろうか。

2 この点で参考になるのは、原判決が却下判決である場合の不利益変更である。
 最高裁判例は、大審院時代から、訴え却下の判決に対して原告が上訴し、上訴審での審理の結果、訴訟要件の存在は認められるものの請求を棄却すべきと認められた場合については、却下判決では訴訟要件の不存在のみが既判力で確定され、請求権の不存在については既判力が生じず、訴え却下の判決は請求棄却の判決よりも有利であるから、上訴審としては、上訴棄却の判決をすべきである旨を繰り返し判示している(最三小判昭和60・12・17民集39巻8号1821頁等)。これに対して、近時の学説はおおむね批判的で、請求棄却判決が可能であるとする(高橋宏志『重点講義民事訴訟法 下〔補訂第2版〕』(有斐閣、2014)634頁等)。

3 他方、訴訟終了判決については、最二小判昭和47・1・21集民105号13頁が、「(和解による訴訟終了判決は、)訴訟が終了したことを確定する訴訟判決であって、訴訟上の和解が有効であるとの点について既判力を有すると解することはできない」としており、判例は、訴訟終了判決の既判力については、訴訟が終了したことについて生ずるものであって、訴訟終了を導いた訴訟行為の有効・無効までは及ばないものと解している。
 訴訟終了判決に対する控訴審の構造については、和解又は取下げ等の有効・無効のみが移審するとの理解も存在するが(秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅵ』(日本評論社、2014)236頁等)、最大判昭和45・7・15民集24巻7号804頁は、原告の死亡により訴訟終了を宣言した原判決を取り消すに当たって、事件を原々審に差し戻している。これは、先の説を否定し、訴訟終了判決に対する控訴がされれば、事件が一体として移審し、訴え却下判決に準じて、原則として差戻しをすべきであるとする見解を採用したものであると理解されている(宇野栄一郎「判解」最判解民昭和45年度(上)259頁)。

4 以上を前提に、和解による訴訟終了判決の不利益変更について検討すると、おおよそ次の3つの説があり得るところと思われる。

  1. ① 判決比較説 一般に有利か不利かは判決の効力を基準に決められるのであるから、和解による訴訟終了判決の不利益変更は、1審判決の既判力と審理の結果されることとなる判決の既判力を比較して決するべきであるとの見解
  2. ② 和解比較説 訴訟終了判決は訴訟の終了のみを宣言するのであるから、和解による訴訟終了判決との有利不利を比べることは無意味で、有利不利は前提となる和解の既判力と審理の結果されることとなる判決の既判力を比較するとの見解
  3. ③ 本案判決可能説 却下判決についての近時の学説に倣い、訴訟終了判決は訴訟終了についてのみ判断しており何ら本案について判断するものではないから、審理の結果に従って本案判決をしたとしても不利益変更禁止の原則とは無関係であるとの見解

 原判決は特段の理由を述べることなく本案判決をしているから、恐らく③の説を採用したものと思われる。これに対して、本判決は、①の説を採用するものである。③の説に対しては、訴え却下判決についても不利益変更禁止の原則による制限が及ぶとの大審院以来の最高裁判例との整合性が問題となろう。②の説に対しては、和解を審理の結果されることになる判決内容と比較することは困難である等の問題があろう。

5 ①の説からは、訴訟終了判決に対し被告のみが控訴し原告が控訴も附帯控訴もしなかった場合において、控訴審が審理の結果、原告の請求の一部に理由があると認めたとしても、不利益変更禁止原則の作用する結果、請求の一部を認容する判決をすることはできず、当該部分については、被告の控訴は容れられなかったという意味で、一部控訴棄却判決をするほかないことになる。
 もっとも、訴訟上の和解については、訴訟上の請求とは無関係の内容の合意を含み得ること等からすると、全体としての訴訟上の和解が、和解の対象となった請求全体について訴訟終了効を有すると考えられるところである。このように解すると、訴訟上の和解の訴訟終了効の一部のみが発生し、訴訟上の和解が対象とした請求のある部分については訴訟終了効があり、他の部分については訴訟終了効がないという事態は想定できない。和解による訴訟終了判決に対する控訴において控訴の一部のみを棄却するときには、本来和解の対象となった請求の一部分については発生しないはずの訴訟上の和解による訴訟終了効をその一部について発生させることになる。このような事態は、訴訟上の和解による訴訟終了判決の性質に反し、許されないと解される。
 また、実務上も、訴訟終了判決に対して一部の控訴棄却がされると、1審の和解調書のどの部分について執行力があると解するべきかの処理に窮する事態が考えられ、実務上の観点からも好ましくない。
 本判決は、以上のような理論上・実務上の観点から、和解による訴訟終了判決に対する控訴の一部を棄却することは相当でなく、自判する限りにおいては、控訴の全部を棄却するほかないとするものである。

6 和解による訴訟終了判決がされることは必ずしも多くないから、本判決の直接の影響は大きくないものと思われるが、本判決は訴訟終了判決の性質や控訴審の構造など理論上興味深い点を多く含むもので、今後の訴訟実務の参考になると思われる。

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