◇SH0104◇最一小判平成26年9月25日(賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力)について 唐澤 新(2014/10/09)

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最一小判平成26年9月25日(賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力)について

岩田合同法律事務所

弁護士 唐 澤   新

 

 民事訴訟においては、審判の対象となる権利は原告が設定し、被告がこれを争い、最終的には裁判所によって当該権利の存否の判断がなされる。そして、このようにして下された判決には「既判力」という強力な効力がある。既判力とは、ある権利関係について当事者が裁判で争い、一旦判決が下されこれが確定した場合には、その後、両当事者間で同一の権利関係が訴訟上問題となっても、当事者は前の裁判で下された判決に反する主張をすることができず、また、裁判所もそれに抵触する内容の裁判ができないという拘束力のことをいう。既判力という制度があるからこそ、一度裁判で敗訴した当事者は再度裁判で同一の権利についての主張を蒸し返すことができなくなるので、紛争を終局的に解決することができるのである。

 もっとも、判決にこのような強力な効力が認められる理由は、当事者には裁判において権利について主張・立証をする機会が与えられていたということにあるから、既判力が生じる範囲は、裁判で争いの対象となった権利関係(これを一般に「訴訟物」という。)に限られる。当事者は、それとは他の権利を後の裁判で争うことは自由である。よって、裁判においては、訴訟物の範囲、換言すれば、既判力の生じる範囲を画定することが重要である。

 本件最高裁判決は、賃料増減額訴訟における既判力の範囲について新たな判断を提供したものである。

 賃料増減額訴訟は、通常、賃貸借契約の一方当事者が賃料減額の請求(ここでは「賃借人」から賃料が200万円であることの確認を求めるものとして以下話を進める。)をした後(以下、同日の時点を「A時点」とする。)、賃貸人を被告として、「賃料がA時点から月額200万円であること」の確認を求める調停を提起し、これが不調に終わった後、同様の訴訟を裁判所に提訴することで開始する。これに対し、賃貸人の方からも賃料増額の請求がなされることもあるが(以下、同日の時点を「B時点」とする。)、賃貸人が賃借人を相手に同様の訴訟を提起するかどうかは賃貸人の自由であり、賃貸人が訴えを提起することなく、かつ、賃借人との間の訴訟に敗訴することが考えられる。この場合、賃貸人は、前訴判決の既判力にもかかわらず、実はB時点に賃料は月額300万円になっていたと主張して後訴の提起をすることができるであろうか。前訴において審理判断された事項が、A時点から口頭弁論終結時までの賃料であると解すると(「期間説」)、同期間の賃料額が200万円であったことについて既判力が生じ、賃貸人が、後訴において、B時点の賃料が300万円であったと主張することは前訴の既判力に反し許されない。しかし、前訴において、賃借人は、あくまで賃料減額請求時点での賃料額の確認を求めているとも解され、このように考えれば、既判力が生じるのはA時点での賃料額のみであり(「時点説」)、A時点から前訴口頭弁論終結時までの権利関係についてまで既判力は及ばないことから、賃貸人が、後訴において、B時点の賃料が300万円であったと主張することができる。

 本件最高裁判決は、概要上記のような事案において、原審が「期間説」を採用し、賃貸人の後訴を認めなかったのに対し、①賃料増減額請求の当否及び正当な賃料額の判断は増減請求がなされた時点までの事情によって判断されること、②増減請求行使時点での賃料が法的に確定されれば、当該賃料の支払いにつき任意の履行が期待できるのが通常で、賃料に係る紛争の解決が図られることから、賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力は、原告が特定の期間の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り、前提である賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額に係る判断について生ずる(「時点説」)と判断し、XがB時点における賃料の増額を主張することは、前訴判決の既判力に抵触するものではないとして、事件を原審に差戻した。

 原審の説示する期間説にたつと、本件のように減額確認請求訴訟中に増額請求がなされた場合(その逆も然りであるが)、被告は後訴において前訴期間中になされた増額の主張をできないことから、前訴の被告が既判力の影響を避けるためには反訴を提起するしか選択肢がなく、結果として審理が長期化することは避けられない。他方で時点説によれば、被告は前訴において反訴を提起することも、前訴で反訴を提起することなく後訴を提起することもでき、被告に紛争解決の選択肢を与えるという意味で本件最高裁判決は評価できる。また、賃料増減額請求の当否は増減請求がなされた時点までの事情によって判断され、訴訟係属中に増減を相当とする事情が生じても原則として審理の対象にはならないことからすると、理論面からも時点説が素直な帰結であると考えられる。

以上

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