◇SH0148◇最一小判 平成26年9月25日 建物賃料増額請求事件(横田尤孝裁判長)

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 本件は、建物の賃貸人であるX(訴訟係属中にZがその地位を承継し、引受人として当事者となった。)が、賃借人であるYに対し、借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求をした上、増額された賃料額の確認等を求めた事案である。

 XとYとの間には、本件訴訟に先立つ訴訟(以下「前件訴訟」という。)があり、前件訴訟においては、Yが、当時月額300万円であった上記建物の賃料(以下「本件賃料」という。)につき、平成16年4月1日以降月額240万円に減額する旨の意思表示をした上、本訴として、同日以降の本件賃料が同額であることの確認等を求め、Xが、平成17年8月1日以降の本件賃料を月額320万2200円に増額する旨の意思表示をした上、反訴として、同日以降の本件賃料が同額であることの確認等を求めていた。そして、前件訴訟の第1審は、本訴につき、本件賃料が平成16年4月1日以降月額254万5400円である旨を確認する一方、反訴については請求を棄却する旨の判決をし、この判決に対するXの控訴が棄却され、上記判決は確定した(以下、この確定判決を「前訴判決」という。)。

 本件訴訟は、Xが、前件訴訟の第1審係属中に、平成19年7月1日以降の本件賃料を月額360万円に増額する旨の意思表示(以下「本件賃料増額請求」という。)をしていたことから、前訴判決確定後、改めて提訴し、同日以降の賃料が同額であることの確認等を求めたものである。

 第1審では、本件賃料増額請求と前訴判決の既判力との関係は特に問題とされることはなく、Xの請求が一部認容された。これに対し、Yが控訴し、控訴理由書において、本件訴訟で本件賃料増額請求に基づく主張をすることは前訴判決の既判力に抵触し許されない旨の主張をするようになった。原審は、このYの主張を容れ、賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟(以下「賃料増減額確認請求訴訟」という。)の訴訟物は、当事者が特に期間を限定しない限り、賃料が増減された日から事実審の口頭弁論終結時までの期間の賃料額であるとし(以下、この考え方を「期間説」という。)、本件訴訟においてXが本件賃料増額請求による賃料増額を主張することは、前訴判決の既判力に抵触し許されないとして、Xの請求を全部棄却した。

 これに対し、Xが上告受理の申立てをしたところ、第一小法廷は、賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力に係る論旨について上告を受理し、判決要旨のとおり判示して、原判決を破棄し、事件を原審に差し戻した。

 これまで、賃料増減額確認請求訴訟の訴訟物ないし既判力について判示した最高裁判例はない。下級審裁判例としては、大阪高判昭和49・12・16判時778号69頁が期間説を採用する一方(ただし、事案は国家賠償請求訴訟でかなり特殊である。)、東京地判平成11・3・26判タ1020号216頁は、上記訴訟物は賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額の相当性ないし相当賃料額と解していた(以下、この考え方を「時点説」という。)。

 学説としては、上記大阪高判の評釈である畑郁夫・民商74巻1号(1976)166頁が、訴訟当事者の意思は、賃料増額請求時から事実審口頭弁論終結時までの賃料額の確認を求めるのが通常であり、期間説のように考えることが継続的な法律関係(の一部)の確認を求めるという特殊性を有するこの種訴訟の実態に則するとして、期間説が相当である旨を述べるほか、この問題に言及するものは、独自の理由は特に示さず、結論として期間説を採っている(廣谷章雄編著『借地借家訴訟の実務』(2011、新日本法規)254頁〔森鍵一〕、藤田耕三ほか編『不動産訴訟の実務〔七訂版〕』(2010、新日本法規)725頁〔稲田龍樹〕等)。

 この問題を考えるに当たり、まず、賃料増減額確認請求訴訟(土地についてのもの及び借地法・借家法時代のものを含む。)に係る最高裁又は大審院の判例を整理すると、賃料増減請求権は形成権で、賃料増減請求の意思表示が相手方に到達した時点で直ちに実体的な効力が生じ、裁判所が後に相当賃料額を定めるのは、上記意思表示により客観的に定まった賃料増減の範囲を確認するものであるとされ(最三小判昭和32・9・3民集11巻9号1467頁等)、賃料額の相当性ないし相当賃料額については、借地借家法32条1項所定の事由のほか諸般の事情を総合的に考慮すべきであるとされている(最三小判平成15・10・21民集57巻9号1213頁、最一小判平成17・3・10裁判集民事216号389頁等)。しかし、賃料増減額確認請求訴訟の係属中に賃料増減を相当とする事由が生じたとしても、新たな賃料増減請求がされない限り、同事由による賃料の増減が生ずることはない(この点は、学説〔星野英一『借地・借家法』(1969、有斐閣)243頁等〕・下級審裁判例には反対説もあるが、判例は、大審院以来一貫して新たな増減請求が必要であるとしている。本判決が引用するもののほか、大判昭和17・4・30民集21巻472頁、最三小判昭和52・2・22裁判集民事120号107頁、最二小判平成3・11・29裁判集民事163号627頁等)。そして、賃料増減額確認請求訴訟における賃料額の相当性ないし相当賃料額の審理判断に当たっては、直近合意賃料を基に、合意時から賃料増減請求時までの経済事情の変動等を考慮すべきものとされる(最二小判平成20・2・29裁判集民事227号383頁)。

 これらの判例の考え方によれば、賃料増減額確認請求訴訟においては、賃料増減請求後に生じた事情については直接的な審理判断の対象とはならないといえ、その訴訟物を事実審口頭弁論終結時までの賃料額とする期間説は、審理の実態に沿わない面があるといえる。

 次に、確認の訴えという観点からみると、その訴訟物ないし確認の対象の適格性、許容性については、確認の利益(紛争解決の可能性)と密接に関係していると考えられている。そして、かつては過去の法律関係の確認は確認の対象とはならないとされていたが、最大判昭和32・7・20民集11巻7号1314頁及び最大判昭和45・47・15民集24巻7号861頁が従前の判例を変更して確認の利益を認める範囲を拡大したことを契機に、現在では、過去の法律関係の確認であっても、紛争の抜本的解決を図り得るのであれば、確認の対象となり得るとされている(最一小判昭和47・11・9民集26巻9号1513号等)。

 そして、一般に、賃料増減額確認請求訴訟の当事者間においては、訴訟終了後も賃貸借関係が継続することになることから、ある時点での賃料額が法的に確定されれば、通常は、それを前提にその後の賃貸借関係が規律され、上記当事者間において賃料に係る紛争は解決するものといえる。

 以上のような事情を考慮すれば、時点説は、審理の実態に沿うとともに、確認の利益の点でも問題はないと考えられる。また、これまで、賃料増減額確認請求訴訟においては、特定の日「から」ないし「以降」の賃料額についての確認を求めるという請求の趣旨が一般的で、認容判決も同様の主文とされていたが、一方で終期が明示されることはないのが通常であったことからすれば、従前の請求の趣旨等の表現が一定の期間の賃料額確認に係る趣旨と解すべき必然性があるとはいえず、「から」「以降」という語は、単にその特定の日が賃料増減の効果が生じた日である旨を示すに止まると解することもできるといえる。したがって、従前の請求の趣旨等の表現が時点説採用の妨げとなるものとはいえない。かえって、期間説を採用すると、例えば、賃料増額確認請求訴訟の終結間際に被告(賃借人)が賃料減額請求をした場合など、訴訟係属中に新たな賃料増減請求がされた場合に訴訟手続を遅滞させるという問題が生じ得る。この点、時点説であれば、新たな賃料増減請求に係る審理が訴訟手続を遅滞させるような場合には、そのような請求の追加、反訴の提起等を制限することが容易であるといえる。

 もとより、訴訟物の設定は原告の専権であり、原告があえて一定の期間の賃料額の確認を求めることも、確認の利益が認められる限りは許されるといえ、実務的にも、訴訟係属中に再度の賃料増減請求がされた場合には、当初の増減請求時から再度の増減請求時までの期間の賃料額と、再度の増減請求による賃料額の確認に訴えを変更することはしばしば行われているところである。

 いずれにせよ、今後も、請求の趣旨ないし判決主文の表現については原則として従前どおりのままでよく(むしろ、賃料増減額確認請求訴訟であることを明らかにする趣旨で、従前どおりとするのが相当といえる。)、あえて一定の期間の賃料額確認を求める場合に限って、終期を明示してその趣旨を明確にすべきものと考えられる。

 なお、賃料増減額確認請求訴訟の訴額については、これまで、期間説を採用した前掲昭和49年大阪高判等を根拠に、原則として、従前賃料との差額に第1審の平均審理期間(12か月)を乗じた額とするのが相当であるとされてきた。しかし、時点説であっても、原告について、その主張どおりの賃料増減が認められれば少なくとも1年程度はその利益を享受し得るとみて、従前の訴額算定の実務を変更しないことも十分可能であると考えられる。

 また、本件には、本件賃料増額請求に伴う賃料差額の支払請求も併合されていたものの、前件訴訟においては本件賃料増額請求の効果発生時点より前の期間の賃料差額に係る支払請求しかなく、前訴判決の支払請求に係る判断部分の既判力との関係は問題とならなかったが、仮に前件訴訟で上記効果発生時点以後の賃料差額支払請求がされており、これを(一部)棄却する旨の判断がされていた場合には、本件で既判力の抵触の問題が生じ得たところである。この点については、前件訴訟で棄却された部分と期間が重なる差額支払請求については、前訴判決の既判力と抵触する判断は許されないものと解されるが、本件賃料増額請求により賃料増額の効果が生じたとして賃料増額確認請求を認容することは、所有権に基づく登記請求を認容する確定判決は、前提となる所有権の存在の判断について既判力を有しないとされていることに照らし(最二小判昭和56・7・3裁判集民事133号241頁)、許され得るものと考えられる。

 本判決は、賃料増減額確認請求訴訟の訴訟物につき時点説を採用した上、その確定判決の既判力の範囲を明確に示した最高裁として初めての判断である。金築裁判官の補足意見からもうかがわれるとおり、本判決は、従前の実務を理論的に分析したもので、特に実務上の取扱いに変更を求めるものではないと理解するのが相当と考えられ、本コメントでその点につき敷衍して検討したところであるが、いずれにしろ、本判決の理論的、実務的意義は大きいといえ、紹介する次第である。

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