タイ:贈収賄規制の厳格化(外国公務員等に対する贈賄も処罰の対象に)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 箕 輪 俊 介
近年東南アジア各国は贈収賄に対する規制を強化する傾向にあるが、タイもその例外ではない。タイにおけるその動きの一つとして、汚職行為防止に関する法令の一つである、汚職行為防止基本法が本年7月12日付で改正・施行された。本改正により今まで処罰の対象とされていなかった外国公務員等に対する贈賄行為も処罰の対象となり、法人の責任が厳格化される。以下、本改正について考察する。
(1) 外国公務員等に対する贈賄
まず、本改正により今まで処罰の対象とされていなかった外国公務員や国際機関の職員に対する贈賄行為も処罰の対象となる。同行為の法定刑は、収賄側は100,000バーツ~400,000バーツ(約350,000円~1,400,000円(2015年8月19日付けレート))の罰金、5~20年の懲役刑、終身刑又は死刑であり、贈賄側は100,000バーツ(約350,000円(2015年8月19日付けレート))の罰金、5年以下の懲役又はその併科である。したがって、収賄側に理論上は極刑が科される可能性もある(但し、タイにおいて現在に至るまで収賄を理由に死刑を執行された例はない。)。
(2) 法人の責任の厳格化
改正法の施行により、法人の責任も厳格化される。改正法が施行されるまでは、賄賂の供与が法人の代表者により、その権限の範囲内で、かつ、法人のために行われた場合にのみ、法人は贈賄により刑事罰を科されるとされていた。これが、改正法の施行により、行為者が、法人の従業員、代理人、関連会社又はその他法人代表者等である場合、かかる者が何らの権限を有していない場合も、その贈賄行為が法人の利益のために行われた場合は、適切な汚職防止の内部統制手続があることを証明しない限り(但し、この適切な汚職防止の内部統制手続についてどのようなものが想定されているかは現段階では立法上明らかになっていない。)、法人も処罰の対象となる。法人に対する法定刑は罰金刑であり、その額は贈賄額の2倍を限度とする。また、本改正にて贈賄行為者に5年以下の懲役を科すことができることが規定されている。したがって、法人の処罰とは別に贈賄行為者に身体刑が科される可能性がある。
(3) その他(公訴時効の停止)
外国公務員や国際機関の職員に対する贈賄行為も処罰の対象となったことに伴い、公訴時効の停止事由として、行為者がタイ国の管轄外にいる場合は公訴時効が停止すること、行為者がタイ国の管轄内に戻ってきた時点でかかる公訴時効の停止が解除されることが明確化された。
(4) 総括
昨年のクーデターより政権を握る軍事政権は、汚職の撲滅を重要政策のひとつに掲げており、今回の改正もその一環と思料される。タイでは法制度に実務の運用がついていかず、法律上は厳格な義務が課されているものの、実務上はそのような義務を課されることがないということが少なからずあるが、これまでの実績を見る限り軍事政権は汚職撲滅について「本気」を示しているため、今回の法改正が今後の実務の運用に大きく影響を与える可能性もある。(注:軍事政権の政権掌握後、汚職状況を示す一つの指標となるタイの汚職指数は劇的に改善している。また、2010~2013年の賄賂の平均額は事業調達総額の25~35%だったといわれているが、昨年6月は15~25%、昨年12月は5~15%と減少し、今年6月は1~15%になったとされている。)。一方、タイ国外にいる外国公務員や国際機関の従業員に対する贈賄につきどのように刑罰を執行するか等、本改正を実際にどのように運用するのかについて疑問がないわけではない。したがって、今後の法制度の変更や運用実務の強化の状況については引き続き注視していきたい。