◇SH0421◇中国:従業員の退職に伴う経済補償金 川合正倫(2015/09/11)

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中国:従業員の退職に伴う経済補償金

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 川 合 正 倫

 

 中国の実態経済の悪化にともない、従業員のリストラ、事業再編、撤退に関する相談が増加傾向にある。これらを実施する際には、従業員の退職に伴う経済補償金の取扱いを必ず検討することになる。日本においては、いわゆる退職金制度が存在するが、中国における経済補償金は「一定の事由に基づき退職する場合に使用者側に支払義務が発生する」ことが法定されている点において、使用者が任意に採用する日本の退職金制度と異なる。本稿においては、退職に伴う経済補償金の基本的事項について、改めて確認しておきたい。

 

経済補償金とは

 経済補償金とは、一定の事由に基づき、使用者と労働者との間で労働契約を終了する場合に、使用者が労働者に対して支払う法定の義務を負う補償金をいう。

 

経済補償金の支払いが必要となる場合

 経済補償金は労働契約が終了するあらゆる場合において支払いが必要となるわけではなく、労働契約法において支払いが必要となる場合が明確に規定されており、概ね以下の場合には支払いが必要となる。

  1. 1. 使用者による労働契約解除の申し出に基づき、労働契約を合意解除する場合。
  2. 2. 労働契約期間が満了する場合。但し、使用者の労働条件の維持又は引き上げによる更新の提案に労働者が同意しない場合を除く。
  3. 3. 使用者が破産宣告を受けた場合、営業許可証を取消された場合、繰上解散を決定した場合等。
  4. 4. 使用者側の事由に基づき労働契約を解除する場合(リストラを含む。)

 他方で、定年退職した場合、従業員が死亡した場合、労働者が自ら契約解除をする場合、労働者の申し出に基づき合意解除する場合、労働者側の事由に基づき労働契約を解除する場合等には経済補償金の支払いは不要となる。

 上記のとおり、労働契約の終了事由により支払いの要否が決せられることもあり、原則として会計上の引当てがなされていない点に注意する必要がある。

 

経済補償金の算定方法

 経済補償金の額は、労働者の当該使用者における勤続年数に月平均賃金を乗じた金額とされている。ここにいう月平均賃金とは、当該労働者の労働契約終了前12ヶ月間の平均賃金をいう。なお、勤続年数が6ヶ月以上1年未満である場合には1年として計算し、6ヶ月未満である場合には月賃金の半額相当の経済補償金を支払うこととなる。

 また、企業の過度な負担を軽減する見地から、会社所在地の前年度の労働者平均賃金の3倍を上回る労働者については、上限が定められており、算定における月平均賃金は会社所在地の前年度の労働者平均賃金の3倍の額、勤続年数は12年が上限とされる。

 例Ⅰ:勤続年数3年8ヶ月、月平均賃金5,000元(所在地の平均賃金4,000元)の従業員の場合

    4×5,000元=20,000元

 例Ⅱ:勤続年数15年[1]、月平均賃金20,000元(所在地の平均賃金4,000元)の従業員の場合

    12×12,000元=144,000元

 

実務上のポイント

 支払のタイミング
 従業員が退職する場合、継続的関係が終了することに伴い、従業員が態度を一変して会社との関係で誠実に対応しなくなる事例がある。労働契約法は、このような事態に備えて労働者に業務引継義務を課しており、使用者は「業務引継終了時」に経済補償金を支払うこととしている。実務においても、従業員による引継作業の完了をしっかり確認してから経済補償金の支払いに応じることが望ましい。

 事業再編との関係
 中国における事業再編の一環として、会社の資産の一部とともに労働者との間の労働関係を他の会社に移管する事例が増えている。この場合、原則として各従業員から労働関係を移管することについて個別に同意を取得する必要があるが、経済補償金の取扱いについては二通りの選択が可能となる。

 A案:元の会社において経済補償金を払い出し、新会社への転籍にあたっては勤続年数を引き継がない

 B案:元の会社において経済補償金の払い出しをせず、新会社への転籍にあたって勤続年数を引き継ぐ

 法的には、原則として上記いずれの方法を採用することも可能である(もっとも、B案については、経済補償金の取扱いについても個別の従業員の同意が必要となる)。実務上は、転籍後の退職事由によっては経済補償金が受領できなくなる可能性があることに加え、前倒しで現金を受領することを望むこと等を理由に、一般に、労働者側はA案を要求することが多い。この場合、再編時に多額のキャッシュアウトが生じうることになるため注意が必要である。他方で、新会社における生産規模の縮小を予定しているなど、再編を機に転籍従業員数が減少することを望む場合等、あえてB案を採用する事例もある。いずれの案を採用するかについては、会社側の意向、従業員との関係、労働組合の意見、従業員の勤続年数等の事情により案件ごとに異なる。

 

まとめ

 以上、近時ご質問いただく機会が多い従業員の退職に伴う経済補償金に関する基本的事項を説明した。労働問題は、中国で事業を行う経営者の最大関心事の一つであり、退職は従業員と使用者との利害関係が衝突し、従来の法的問題が顕在化する典型的な場面であるとともに、退職する従業員にとって経済補償金は最大の関心事項となる。また、大規模なリストラや会社清算を行う場合には、いかに円滑に従業員の整理を行うかという点について中国政府も強い関心を抱いており、法律の正確な理解とともに事案に応じた適切なプランニングが不可欠である。



[1] 労働契約法施行前の期間の経済補償金については当時の法令が適用されるが、上記の例では全期間について支払いが必要となるものと仮定して記載している。

 

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